き、緊張で吐きそうだわ。
お城なんて一生縁がないと思っていたのに、領主様の命により足を踏み入れることになってしまった。
わたしは農家の娘として生まれ、針子見習いとして日々を過ごし、針師という高みまで登れた。
その道では高みに登れたけど、所詮、わたしは平民だ。貴族と関わり合うなんてことはないと思っていた。貴族には貴族専用の針師がいるからね。
そんなわたしがお城に上がるばかりか侯爵夫人なんて雲の上にいるお方の採寸をしている。緊張するなと言うほうが間違っている。吐かないだけ褒めて欲しいくらいだわ。
「変わった採寸をするのね?」
「はい。キャロルが考えた方法です。数字にして記録すれば奥様の針師も同じものを作れますので」
「それでは針師として仕事を捨てるようなものではないの?」
「どんなに技術を極めても一人でこなせる仕事は決まっております。なにより、針師は着てくださる方を満足させるのが仕事でございます」
針師は名を示すより技術を示すもの。名ばかりの針師は見かけ倒しだ。技術で勝たなければ針師の名が泣くというものだ。
「ふふ。立派ね」
「ありがとうございます」
なるべく冷静に感謝を述べた。
「あら、これは何の絵かしら?」
採寸が終わり、ルクゼック商会で売り出している厚手の外衣を着た奥様が胸に付けた商号《ロゴ》を不思議そうに見ていた。
「それはルクゼック商会を示す商号《ロゴ》と申します。」
「ロゴ?」
「はい。これもキャロルが考えたものです。これからは個人の技量ではなく商会の名を高めて商品を売る。この商号《ロゴ》の社会的地位を上げれば高貴な方も無視出来なくなると言っておりました」
正直、わたしにはその理屈はわからないけど、商会としては納得出来たようで、これからはそれを目指して行くそうだ。
「天才っているものなのね」
天才と言ってしまえば確かに発想は天才だ。人とは違うものを見ている。でも、あの子は努力の子だ。何か飛び抜けた才を持っているわけじゃない。出来ないからこそ出来るように何度も何度も繰り返し、少しずつ技を高めているのだ。
「そうですね。あの子は自分の才能に驕ることなくただ技を極めようとしているところが職人として尊敬出来ます」
遥か年下だけど、先達者にはちゃんと敬意を示し、職人の地位を高め、作品には職人の名前を刻まさせるようにしたのもあの子だ。あの子がいなければ職人はずっと地位が低かったでしょうね。
「バイバナル商会があの子を大切にするのがよくわかるわ」
ルクゼック商会もあの子を守るために全力で動いている。あの子は守らねばならない子だわ。
「マレイスカ様がお戻りになられました」
お城の側仕えの方が連絡に来てので、奥様に着替えてもらい、部屋から見送った。
「ふー」
安堵の息が出てしまった。
「緊張した~」
「ね~」
さすがにわたし一人では対処出来ないので針子たちを三人連れて来ている。
わたしですら緊張して吐きそうだったのだから若い子には身が削られる思いだったでしょうよ。人目がなければわたしも床に崩れていたわ。
扉が叩かれ、ハガリアさんたちが入って来た。
奥様の採寸だったので、男性陣には出てもらっていたのよ。
「ご苦労様。奥様のご機嫌はどうだった?」
「悪くなかったと思います。商号《ロゴ》にも興味が引いていたようです」
「そうか。商号《ロゴ》を覚えていただいたら御の字だな」
ルクゼック商会はそこそこ大きな商会だけど、侯爵夫人から見たらたくさんある商会の一つ。よほど興味がなければ覚えることはないでしょうね。
「キャロルはこれを見越して商号《ロゴ》を作らせたんですかね?」
「だろうな。あのお嬢ちゃんは、先の先を見て動いている。ルクゼック商会を大きくしてバイバナル商会を支えられるようにしているのだろう」
バイバナル商会の下に付くのはルクゼック商会として思うところはあるでしょうが、侯爵様と繋がれたのはバイバナル商会が大きかったから。ルクゼック商会単独では不可能だったでしょうよ。
「問題は、あのお嬢ちゃんがルクゼック商会をどこまで大きくするかだな」
本来なら喜ばしいことだけど、商売相手が大きすぎる。下手したら大手と張り合わなくちゃならないようになる。ハガリアさんとしてはバイバナル商会とルクゼック商会で相手出来るか心配なんでしょうね。
「王国で名の通る商会までにすると思いますよ。規格を作ったのだから」
規格さえわかれば針子でもそのとおりに作れる。と言うことは大量生産を考えていることだ。
「……商売をしていて怖いと感じたのは初めてだよ……」
見ている世界が何なのかわからないのに、莫大な利益を生むってことだけはわかる。なのに、こちらは理屈がわからないのだから怖くなるのも仕方がないわ。
わたしだって仕事は増えるとわかっているのに何を準備したらいいかわからないでいる。このあと、侯爵様がやって来る。
これを用意しててくださいとキャロルに言われているのに不安でしかないわ。
「革職人は来ているんですか?」
「ああ。緊張しているのを宥めているよ」
わかるわ、その気持ち。わたしだって正直、逃げられるなら逃げたいわ。
「マレイスカ様が来ます。ご用意を」
側仕えの方の言葉に気合いを入れた。勝負はこれからだ!
お城なんて一生縁がないと思っていたのに、領主様の命により足を踏み入れることになってしまった。
わたしは農家の娘として生まれ、針子見習いとして日々を過ごし、針師という高みまで登れた。
その道では高みに登れたけど、所詮、わたしは平民だ。貴族と関わり合うなんてことはないと思っていた。貴族には貴族専用の針師がいるからね。
そんなわたしがお城に上がるばかりか侯爵夫人なんて雲の上にいるお方の採寸をしている。緊張するなと言うほうが間違っている。吐かないだけ褒めて欲しいくらいだわ。
「変わった採寸をするのね?」
「はい。キャロルが考えた方法です。数字にして記録すれば奥様の針師も同じものを作れますので」
「それでは針師として仕事を捨てるようなものではないの?」
「どんなに技術を極めても一人でこなせる仕事は決まっております。なにより、針師は着てくださる方を満足させるのが仕事でございます」
針師は名を示すより技術を示すもの。名ばかりの針師は見かけ倒しだ。技術で勝たなければ針師の名が泣くというものだ。
「ふふ。立派ね」
「ありがとうございます」
なるべく冷静に感謝を述べた。
「あら、これは何の絵かしら?」
採寸が終わり、ルクゼック商会で売り出している厚手の外衣を着た奥様が胸に付けた商号《ロゴ》を不思議そうに見ていた。
「それはルクゼック商会を示す商号《ロゴ》と申します。」
「ロゴ?」
「はい。これもキャロルが考えたものです。これからは個人の技量ではなく商会の名を高めて商品を売る。この商号《ロゴ》の社会的地位を上げれば高貴な方も無視出来なくなると言っておりました」
正直、わたしにはその理屈はわからないけど、商会としては納得出来たようで、これからはそれを目指して行くそうだ。
「天才っているものなのね」
天才と言ってしまえば確かに発想は天才だ。人とは違うものを見ている。でも、あの子は努力の子だ。何か飛び抜けた才を持っているわけじゃない。出来ないからこそ出来るように何度も何度も繰り返し、少しずつ技を高めているのだ。
「そうですね。あの子は自分の才能に驕ることなくただ技を極めようとしているところが職人として尊敬出来ます」
遥か年下だけど、先達者にはちゃんと敬意を示し、職人の地位を高め、作品には職人の名前を刻まさせるようにしたのもあの子だ。あの子がいなければ職人はずっと地位が低かったでしょうね。
「バイバナル商会があの子を大切にするのがよくわかるわ」
ルクゼック商会もあの子を守るために全力で動いている。あの子は守らねばならない子だわ。
「マレイスカ様がお戻りになられました」
お城の側仕えの方が連絡に来てので、奥様に着替えてもらい、部屋から見送った。
「ふー」
安堵の息が出てしまった。
「緊張した~」
「ね~」
さすがにわたし一人では対処出来ないので針子たちを三人連れて来ている。
わたしですら緊張して吐きそうだったのだから若い子には身が削られる思いだったでしょうよ。人目がなければわたしも床に崩れていたわ。
扉が叩かれ、ハガリアさんたちが入って来た。
奥様の採寸だったので、男性陣には出てもらっていたのよ。
「ご苦労様。奥様のご機嫌はどうだった?」
「悪くなかったと思います。商号《ロゴ》にも興味が引いていたようです」
「そうか。商号《ロゴ》を覚えていただいたら御の字だな」
ルクゼック商会はそこそこ大きな商会だけど、侯爵夫人から見たらたくさんある商会の一つ。よほど興味がなければ覚えることはないでしょうね。
「キャロルはこれを見越して商号《ロゴ》を作らせたんですかね?」
「だろうな。あのお嬢ちゃんは、先の先を見て動いている。ルクゼック商会を大きくしてバイバナル商会を支えられるようにしているのだろう」
バイバナル商会の下に付くのはルクゼック商会として思うところはあるでしょうが、侯爵様と繋がれたのはバイバナル商会が大きかったから。ルクゼック商会単独では不可能だったでしょうよ。
「問題は、あのお嬢ちゃんがルクゼック商会をどこまで大きくするかだな」
本来なら喜ばしいことだけど、商売相手が大きすぎる。下手したら大手と張り合わなくちゃならないようになる。ハガリアさんとしてはバイバナル商会とルクゼック商会で相手出来るか心配なんでしょうね。
「王国で名の通る商会までにすると思いますよ。規格を作ったのだから」
規格さえわかれば針子でもそのとおりに作れる。と言うことは大量生産を考えていることだ。
「……商売をしていて怖いと感じたのは初めてだよ……」
見ている世界が何なのかわからないのに、莫大な利益を生むってことだけはわかる。なのに、こちらは理屈がわからないのだから怖くなるのも仕方がないわ。
わたしだって仕事は増えるとわかっているのに何を準備したらいいかわからないでいる。このあと、侯爵様がやって来る。
これを用意しててくださいとキャロルに言われているのに不安でしかないわ。
「革職人は来ているんですか?」
「ああ。緊張しているのを宥めているよ」
わかるわ、その気持ち。わたしだって正直、逃げられるなら逃げたいわ。
「マレイスカ様が来ます。ご用意を」
側仕えの方の言葉に気合いを入れた。勝負はこれからだ!