「ハァー」
もう何度目のため息だろうか? もう癖になっているのではと思えてくるよ。
「お茶です」
天井を仰いでいたらルーグがお茶を出してくれた。
あのクルスが目を掛けるだけの男は気配りも出来る男だよ。
「ありがとう」
感謝してお茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。
「あの子はいつでもどこでも嵐の目ですね」
嵐の目か。上手いことを言う。
「そうだな。嵐の目であり商売の風でもあるところが厄介だよ」
キャロルさんが私利私欲に走っているならまだいい。私利私欲なんでしょうが、九割以上はバイバナル商会の利となりわたしの利となっている。
バイバナル商会は大手ではあるが、バイバナル商会以上の商会は二つもあり、三大商会の最弱と影口を叩かれたりもする。
コンミンドでは伯爵様に取り入ることは出来たものの、他のところではダメだった。必ず二つの商会が上にいた。
それがキャロルさんの出現で変わった。
コンミンド伯爵様との関係はレンラさんのお陰でよき関係を築けていたが、キャロルさんのお陰でさらに関係は太くなり、王都でもよくお声を掛けてもらえるようになったそうだ。
好転、と言うのだろう。すべでがいい方向に転がっているのだ。
バイバナル商会として好転しているならまだ冷静になれたが、その好転はわたしにも起こっている。
レンラさんはバイバナル商会でも特別なお方。あのお方の下に付けたということは将来約束されたようなもの。同期で一番になれたようなものだ。
だが、レンラさんがいる限りその上には行けない。行けるとしたら四十を過ぎたくらいからだろう。
それでも王都の支店を任せられる。平民出身のわたしにしたら大出世と言っていいだろう。
そんな未来予想図もキャロルさんに破かれた。コンミンド伯爵領の支部長になってしまったのだ。さらに、お城の側使えの方と婚姻話まで出て来た。
側仕えは下級貴族しかなれないものだが、平民からしたら下位でも貴族は貴族。上の身分だ。頭を下げなければならない存在である。
そんな存在と婚姻話とか、普通だったらあり得ない。キャロルさんがお嬢様と仲良くなったからその繋がりをよく太くするためにレンラさんが動いたのだろう。
これで意味がわらないと言うようでは商人失格だ。わたしは選ばれたのだ。キャロルさん担当に。
バイバナル商会としてもキャロルさんは引き込んでおきたい存在だ。キャロルさんも自分の立ち位置を理解しているからこそバイバナル商会の顔を立てている。
……立てすぎて仕事が増えるばかりだからな……。
「ルーグから見て、キャロルさんの話はどう思った?」
「まだ下っぱでよかったと思いました。事が大きすぎてわたしなら怖じ気付いて腰を抜かしているところです」
「ふふ。クルスがそんな腰抜けを目を掛けるか。商人にとって野望は活動源だ。ないヤツは出世などせん」
わたしも野望で動いている。動いているからキャロルさんの言葉を無視できないのだ。
「キャロルさんは本当に商人を動かすのが上手いよ」
「そうですね。断れないところが悪辣です」
決定権をこちらに渡しているのがさらに悪辣だ。断れないとわかっているからバイバナル商会に言って来ているのだ。
「キャロルさんの頭の中はどうなっているのやら」
「そうですね。心根がいいのが救いです」
そうだな。冒険者になるための私利私欲。地位や名誉はまったく求めていない。それはバイバナル商会で受け持ってくださいとばかりにこちらに放り投げて来ている。
「さすがに王都から応援を呼んではどうです? キャロルさんの頭の中にはさらに進んだ考えがあるはずです」
「そう思うか?」
「キャロルさんはこちらの能力を完全に把握しています。こちらが出来ないことは言って来ませんしね」
そうなのだ。無理難題は絶対に言ってこないのだ。しかも、こちらの断れないギリギリを攻めて来る。
「そうだな。応援を呼ぶか。なんなら、ルーグが責任者になってもいいぞ」
「よしてくださいよ。若い芽を摘む気ですか?」
「フフ。はっきり言うヤツだ」
クルスが気に掛けるのもよくわかるよ。と言うか、よく手放したものだ。配下としてはかなり優秀なのにな。そういうところがクルスのイヤらしいところなんだよな。
「この歳になって出世するのがこんなに大変なことだとは思わなかったよ」
大変だが、辞められないのが業の深さを語っているな。
「わたしは出世する前に知れてよかったです」
「気楽に言いよって。お前も出世するんだから覚悟しておけ」
バイバナル商会は大きくなる。そうすれば仕事は増え、役職も増える。ルーグは必ずその一つに座らされるだろう。そのとき仕事の多さ、大変さに泣くといい。
「それは戦々恐々です」
クソ。必ず出世させてやるからな。そのときを震えて待っていろ。
ハァー。まずはわたしが戦わねばならんか。
「さて。どこから手を付けていいものか……」
「あ、わたしは宿屋に戻りますので──」
ったく。そそくさと逃げ出しおって。わたしにだって優秀な部下はいるんだ。お前などに頼らんわ。
もう何度目のため息だろうか? もう癖になっているのではと思えてくるよ。
「お茶です」
天井を仰いでいたらルーグがお茶を出してくれた。
あのクルスが目を掛けるだけの男は気配りも出来る男だよ。
「ありがとう」
感謝してお茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。
「あの子はいつでもどこでも嵐の目ですね」
嵐の目か。上手いことを言う。
「そうだな。嵐の目であり商売の風でもあるところが厄介だよ」
キャロルさんが私利私欲に走っているならまだいい。私利私欲なんでしょうが、九割以上はバイバナル商会の利となりわたしの利となっている。
バイバナル商会は大手ではあるが、バイバナル商会以上の商会は二つもあり、三大商会の最弱と影口を叩かれたりもする。
コンミンドでは伯爵様に取り入ることは出来たものの、他のところではダメだった。必ず二つの商会が上にいた。
それがキャロルさんの出現で変わった。
コンミンド伯爵様との関係はレンラさんのお陰でよき関係を築けていたが、キャロルさんのお陰でさらに関係は太くなり、王都でもよくお声を掛けてもらえるようになったそうだ。
好転、と言うのだろう。すべでがいい方向に転がっているのだ。
バイバナル商会として好転しているならまだ冷静になれたが、その好転はわたしにも起こっている。
レンラさんはバイバナル商会でも特別なお方。あのお方の下に付けたということは将来約束されたようなもの。同期で一番になれたようなものだ。
だが、レンラさんがいる限りその上には行けない。行けるとしたら四十を過ぎたくらいからだろう。
それでも王都の支店を任せられる。平民出身のわたしにしたら大出世と言っていいだろう。
そんな未来予想図もキャロルさんに破かれた。コンミンド伯爵領の支部長になってしまったのだ。さらに、お城の側使えの方と婚姻話まで出て来た。
側仕えは下級貴族しかなれないものだが、平民からしたら下位でも貴族は貴族。上の身分だ。頭を下げなければならない存在である。
そんな存在と婚姻話とか、普通だったらあり得ない。キャロルさんがお嬢様と仲良くなったからその繋がりをよく太くするためにレンラさんが動いたのだろう。
これで意味がわらないと言うようでは商人失格だ。わたしは選ばれたのだ。キャロルさん担当に。
バイバナル商会としてもキャロルさんは引き込んでおきたい存在だ。キャロルさんも自分の立ち位置を理解しているからこそバイバナル商会の顔を立てている。
……立てすぎて仕事が増えるばかりだからな……。
「ルーグから見て、キャロルさんの話はどう思った?」
「まだ下っぱでよかったと思いました。事が大きすぎてわたしなら怖じ気付いて腰を抜かしているところです」
「ふふ。クルスがそんな腰抜けを目を掛けるか。商人にとって野望は活動源だ。ないヤツは出世などせん」
わたしも野望で動いている。動いているからキャロルさんの言葉を無視できないのだ。
「キャロルさんは本当に商人を動かすのが上手いよ」
「そうですね。断れないところが悪辣です」
決定権をこちらに渡しているのがさらに悪辣だ。断れないとわかっているからバイバナル商会に言って来ているのだ。
「キャロルさんの頭の中はどうなっているのやら」
「そうですね。心根がいいのが救いです」
そうだな。冒険者になるための私利私欲。地位や名誉はまったく求めていない。それはバイバナル商会で受け持ってくださいとばかりにこちらに放り投げて来ている。
「さすがに王都から応援を呼んではどうです? キャロルさんの頭の中にはさらに進んだ考えがあるはずです」
「そう思うか?」
「キャロルさんはこちらの能力を完全に把握しています。こちらが出来ないことは言って来ませんしね」
そうなのだ。無理難題は絶対に言ってこないのだ。しかも、こちらの断れないギリギリを攻めて来る。
「そうだな。応援を呼ぶか。なんなら、ルーグが責任者になってもいいぞ」
「よしてくださいよ。若い芽を摘む気ですか?」
「フフ。はっきり言うヤツだ」
クルスが気に掛けるのもよくわかるよ。と言うか、よく手放したものだ。配下としてはかなり優秀なのにな。そういうところがクルスのイヤらしいところなんだよな。
「この歳になって出世するのがこんなに大変なことだとは思わなかったよ」
大変だが、辞められないのが業の深さを語っているな。
「わたしは出世する前に知れてよかったです」
「気楽に言いよって。お前も出世するんだから覚悟しておけ」
バイバナル商会は大きくなる。そうすれば仕事は増え、役職も増える。ルーグは必ずその一つに座らされるだろう。そのとき仕事の多さ、大変さに泣くといい。
「それは戦々恐々です」
クソ。必ず出世させてやるからな。そのときを震えて待っていろ。
ハァー。まずはわたしが戦わねばならんか。
「さて。どこから手を付けていいものか……」
「あ、わたしは宿屋に戻りますので──」
ったく。そそくさと逃げ出しおって。わたしにだって優秀な部下はいるんだ。お前などに頼らんわ。