この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

 ロックダル様の話からやって来たお貴族様は、上位伯爵様らしく、大臣まで登り詰めた人のようだ。

 やっと子供にその地位を譲れたとかで、長年の疲れを癒しに夫婦揃ってやって来たそうだ。

 ……コンミンド伯爵様ってかなり強い伝手を持ってそうだ……。

「君は、かなり賢そうだね。度胸もある」

「そうですか? 無知なだけですよ」

「本当に無知な者は自分を無知など言ったりはしない」

 なるほど。言われてみれば確かにそうね。こりゃ一本取られたわ。

「キャロ」

 後ろにいたティナがわたしの前に出た。どうしたの?

「森に隠れているのはロックダル様の配下ですか?」

 相変わらず気配を感じるのが凄いわよね。何でわかるのかしら? 何か不思議感覚でも搭載されてんのかしらね?

「ハァー。こんな少女に見抜かれるとは困ったものだ」

「ティナは特別だから気にしないでください」

 固有魔法とは違う超感覚? 生まれ持った才能と張り合うなんて無駄だと思うわ。ティナはその感覚を愚直に鍛えているからね。勝てる人はそうはいないでしょうよ。

「森に潜むなら注意してくださいね。いろいろ罠を仕掛けてますから」

 安心して夜を過ごせるように家の周りには罠を仕掛けた。ルルの結界もあるから無用に近付くと危険である。

「正面から入って来るのなら問題ありません。他の方にもお伝えください」

「罠を解くことは可能か?」

「五日もあれば。解きますか?」

「いや、そのままで構わない。わたしたちは敷地内に集中するとしよう」

「わかりました。森に入るときは声をかけてください。わたしかティナが案内しますので」

 森に入る理由が何なのかは知らないけど、わたしかティナがいるなら問題はないわ。

「何と言うか、用意周到だな」

「子供が山で暮らすんです。用意周到にしなければ安心して暮らせませんよ」

「君らはなぜここに住んでいるのだ?」

「将来、冒険者になるための修行のためです。と言っても周りからは冒険者らしい修行をしているようには見えてないようですけどね」

 わたしも冒険者になる修行してんの? って思うときはあるけどさ。

「そうか。小さい頃から将来を見据えるのは大切なことだが、無理するなよ。バイバナル商会は君を大切にしているようだからな」

「はい。ご忠告ありがとうございます」

 バイバナル商会との繋がりもありそうだし、印象をよくしておかないとね。

 ロックダル様とは家の前で別れた。

「ふー。貴族を迎えるって大変ね」

 護衛騎士の人であれなら民宿はどうなっているのかしらね? レンラさんやマーシャさんは大変そうよね。お貴族様、それも上位伯爵様だった人を世話しなくちゃならないんだから。

「まあ、わたしたちはいつものとおりに過ごしますか」

 何てことが出来るわけもなく、マーシャさんから応援をお願いされてしまった。

「マレイスカ様が民宿の周りを見たいそうなので案内して欲しいの」

「わたしが、ですか?」

 ロックダル様には周辺の見取り図を渡してあるし、そう広い敷地でもない。案内なんていらないでしょう。

「ええ。お貴族様の相手を経験しているのはキャロルさんとティナさんしかいませんからね」

 何か他の理由もありそうな感じはするけど、嫌だとは断れないのだから引き受けるしかない。

「わかりました。服はどうしますか?」

「そのままで構わないわ。マレイスカ様も堅苦しいことを嫌う方のようだから」

 大臣まで登り詰めた人が堅苦しいことを嫌うものなんだ。破天荒な人なんだろうか?

「わたし一人ですか?」

「そうね。まずはキャロルさんでお願いします」

 まあ、案内に二人もいらないか。どうせ護衛騎士も付くでしょうからね。

 明日の朝、散歩をしたいと言うので、敷地内の掃除でもしておきましょうか。

 歩く場所の枝を切ったり石を退けておいたりと、やれることはやっておき、朝を迎えた。

 まだ陽が上がらないうちに起き出し、朝食の用意をしたら民宿に向かった。

 民宿も民宿で朝が早い。料理人は五時くらいから動き出している。

「おはようございます。何か手伝いますか?」

「こっちは大丈夫だよ。マーシャさんのほうを頼む」

 民宿は二十四時間体制なので、マーシャさんは朝を受け持っており、食堂で朝食の用意をしていた。

「おはようございます。側仕えの人はまだ起きてこないんですか?」

 レンラさんの話では四人連れて来ているそうだ。

「ご夫婦が起きるちょっと前に起きるわ。民宿のことはわたしたちでやるからね」

 確かにそうね。起きても仕事はないか。

 食堂は夫婦しか使わないので手伝いすることもなし。掃除は朝食が終わってからなので、時間まで休憩室で待ち、ロックダル様が入って来た。

「おはようございます。何か飲みますか?」

「ああ、紅茶を頼む」

 休憩室にはお茶の道具が揃っているので紅茶を淹れてあげた。

「ロックダル様も朝が早いのですね」

「いや、これでもゆっくり起きたほうだ。旅の間は朝も昼も関係なかったからな。少し気が抜けて困っているところだ」

 まあ、護衛しなくちゃならないしね。気を抜くことは出来なかったでしょうよ。

「護衛も大変なんですね」

「なに、役得なときもある。今回は特にな。食事も美味く、風呂にも入れる。護衛を引き受けてよかったよ」

 まだ一日も過ぎてないのに表情が柔らかくなっている。確かに気が抜けてるっぽいわ。
 マレイスカ様は六十過ぎの白髪のおじいちゃんだった。

 第一印象は柔和なおじいちゃん。けど、目が鋭さが一瞬で印象を変えさせた。この人、バケモノだ……。

「この子がウワサの神童か」

 神童? わたしが? なんじゃそりゃ?

「はい。本人は至って普通の子供だと思っておりますが」

 とはレンラさん。レンラさんもわたしのこと神童とか思ってたの!?

「なるほど。そのようだな」

 どうやら顔に出たようだ。マレイスカ様が可笑しそうに表情を緩めていた。

 身分の高い人がいるので反論はせず、やり取りはすべてレンラさんに任せている。

「サーシャ嬢の異才はこの子が原因か」

「正しくは、キャロルさんに感化された、でしょう。キャロルさんは、人と考えることが一段、いえ、二段くらい違っておりますから」

 レンラさん、貴族と話すの慣れてない? 昔、貴族でも相手してたのかしら? マレイスカ様も自然に相手してるし。

「それにしては場を弁えておるな」

「見極めているのです。キャロルさんは、観察眼もありますから」

 ヤダ。わたしのこと理解しすぎです。

「ふふ。それは下手なことを言えんな」

「キャロルさんは、それも考慮しております。しゃべらないことが雄弁に語っていると言われたことがありますから」

 え? わたし、そんなこと言ったっけ? まったく記憶にないんですけど。

「ほー。それは恐ろしいな」

「はい。キャロルさんにはウソはつけません」

 別に必要ならウソをついてもいいとわたしは思いますよ。正直がいいってこともないんだしさ。

「今さらだが、わたしはマレイスカ・ルズ・ロクラックだ。隠居した身だ。そう畏まらなくともよいぞ」

 漫画で読んだ。無礼講と言いつつ無礼にしたら怒られるヤツだ。

「キャロルと申します。よろしくお願い致します」

 上位に対する礼を忘れず名を告げた。

「では、案内を頼む」

 どうすんじゃ、これ? とは思ったけど、とりあえず外に出ることにした。

「マレイスカ様は、日頃から歩いておりますか?」

「いや、内務が多かったので碌に運動はしておらんよ」

 痩せてはいるけど、そこまで病的な細さではない。でも、何か姿勢が悪いな。

「少し失礼します」

 地面に足で一本線を五メートルくらい描いた。

「マレイスカ様。この線を目を閉じて歩いてもらえますか?」

「これは?」

「体幹を見るものです」

「たいかん?」

「年齢による衰えや姿勢が悪かったりすると、体の感覚や筋肉が劣るんです」

 カカシ立ちしてみせた。

「マレイスカ様、これで立っていられますか?」

「ど、どうだろうな?」

 そう言ってやってみると、二秒も姿勢を保っていられなかった。

「やっぱり体幹が弱っていますね。悪くなると体の臓器も衰えてくるので無理しない程度に体を動かすのがよろしいかと」

 一本線を目を閉じて歩いてみたけど、やはり一メートルとしてまっすぐ歩けなかった。

「……これほどだとは……」

「これから運動をすれば問題ないかと思います」

 この時代で五十歳を越えるのは大変だけど、貴族ならいいものを食べ、医療も受けられるはず。あとは運動すれば長生きは出来るでしょうよ。

「そ、そうか。これから運動するとしよう」

「では、歩きながら敷地内を案内します」

 ロックダル様を案内した道順でマレイスカ様を案内して行った。

「山の中もいいものだな」

「王都に緑はないのですか?」

 まったく相手しないのも失礼なので軽い質問をしてみた。

「多少はあるが、これぼと緑の臭いが充満するところは初めてだ」

 都会暮らしだったのか。それでいきなり田舎に来るってのも極端よね。何かあったのかしら?

「ここは?」

「わたしの訓練場です。わたし、体も小さく体力もないのでここで鍛えているんです」

 作業場ではないのであしからず。

「ん? これは?」

 道具を入れていた作り掛けのゴルフクラブを発見したマレイスカ様が不思議そうに手に取った。

「玉飛ばしの道具です」

 松ぼっくりを置いて、ゴルフクラブで打ってみせた。

「おー」

 ナイスショットにマレイスカ様が感嘆の声を上げた。

「おもしろそうだな。やらせてくれ」

 やっぱり男の人にはおもしろいものに見えるんだ。世のおじさんがゴルフに夢中になるのもこんな理由からなんだろうか?

 松ぼっくりを置き、もう一度手本を見せた。

「うーん。上手く飛ばんな」

「マレイスカ様の利き手はどちらですか?」

「左だ」

 だからか。わたしは右手だから左手の人が使ったら上手くもいかないか。握り方も違ってくるよ。

 急いで左手用のを削り、握り方を変えさせた──ら、上手く飛んでくれた。

「おもしろい!」

 ただ、松ぼっくりを打って飛ばしているだけなんだけどね。

「もうお仕舞いか?」

 さすがに何十個も集めてないのであっと言う間になくなってしまった。

「申し訳ありません。明日までに松ぼっくりを集めておきます」

「そうか。これ、借りてよいか? 朝食後に練習したい」

「はい。もっとよいものも用意しておきます」

 急造のゴルフクラブだしね。もうちょっとマシなものを作るとしましょう。

「これに名前はあるのか?」

「特にありません。よろしかったらマレイスカ様が名付けてください」

 ゴルフと言っても意味は? とか問われても答えられないしね。名付けてもらったほうが他から文句も言われないでしょう。

「わたしが名付けるのか。よし。マラッカと名付けよう。マレイスカは空と言う意味がある。ライカの実を合わせてマラッカだ」

 あ、この松ぼっくり、ライカっていうんだ。知らんかったわ。
 マレイスカ様、すっかりマラッカ(ゴルフ)に夢中だ。朝食を食べたらまたマラッカに誘われてしまった。

「ライカの実に代わるものはないのか?」

「んー。ちょっと待ってくださいね」

 木片を削り、糸を巻いて糊で固めて乾燥させる。

 それ一個では意味がないので穴を掘ってそこに入れてもらうことにした。これ、何て言ったっけ? パ、パン? バター? あ、パターだ。

「飛ばした玉を穴に入れてみてください。遠くに飛ばした玉を穴に入れる遊戯なんておもしろいかな~って」

「おー。それはよいな」

 玉を取ると、地面に置いてクラブで打った。

「くっ。外した!」

 子供のように悔しがるマレイスカ様。どうします? とロックダル様を見た。

 そう言われても……って顔を返された。そりゃそうだ。

 付き合わされるほうの身にもなって欲しいけど、文句も言えない立場としては黙って従うしかない。

「ロックダル様。お茶を持って来ますので場を離れますね」

 そんな! とか気配で感じたけど、スルーして民宿に戻った。

「キャロル。ただいま~」

 山を下りていたマリカルが帰って来た。

「お帰り~。お客さん来てるから会ったら挨拶してね。偉い人だから」

「わたしはパス。家を出ないようにするよ。偉い人に何か言われたら嫌だし」

 そそくさと家に逃げてしまった。

 偉い人に無理矢理国を出されたトラウマなんでしょう。大変だこと。

 民宿に入ると、側仕えの方がいたのでマイレスカ様にお茶を出すようお願いした。

「旦那様は、何をしているのです?」

「広場で運動しています。お茶の他に軽く食べるものを付けるとよろしいかと思いますよ」

「旦那様が運動だなんて珍しいこともあること」

 側仕えの方もかなり年配の方で、言葉から長く仕えていることがわかった。

「道がよくないので荷物はわたしが運びますね」

 台車で行くには厳しいのでバスケットに入れて訓練場に向かった。

 マレイスカ様はまだパターに夢中で、冬だと言うのに汗をかいていた。どんだけ集中してんだか。

「マレイスカ様。一度休憩してください。喉も渇いたでしょう」

 丸太に厚めの革を敷いて竈に薪を入れて火を付けた。汗が引いたら寒くなるからね。

「これで汗を拭いてください」

 バイバナル商会で売り出したタオルをマレイスカ様に渡した。

「うむ。このタオルは本当によいな」

「もう王都まで広まっているんですか。バイバナル商会はそこまで流通させる力があったんですね」

 今年のことよ? 生産から流通までしっかりとしたものを持っているんだ。

「賢いとは聞いていたが、ここまで賢いとはな」

「わたしは普通だと思いますよ」

 たぶん、わたしは話し相手として付かされているんでしょう。ただのイエスマンとして相手するのではなく、ほどよく相手することを求められている。否定することは否定しておきましょう。

「ふふ。場を読んで気負うこともしないか。きっとサーシャ嬢としてはおもしろかっただろうな」

 そうだろうか? お茶の席では笑顔を見せていたけどさ。

「わたしは世間知らずなのでおもしろい話はしてなかったと思います」

「ふふ。キャロルの話はおもしろいぞ。見た目からは想像できないくらい思考が速くて成熟しておる。世に天才はおるのだな」

「十で神童、十五で天才。二十歳過ぎればタダの人。きっとそうなりますよ」

「アハハ! なかなかおもしろいことを言う。至言だ」

 この世界にはなかった言葉みたい。しくじったかな?

「マレイスカ様。お茶を飲んだら一度民宿に戻りましょうか。汗を流しましましょう」

「む? そうだな。さすがに夢中になりすぎた。だが、午後からまたやりたいな」

「畏まりました。それまで職人に玉を作らせますね。あと、地面も少し均しておきますね。石が多いのでなかなか入らないですからね」

 まさかこれほど嵌まるとは思わなかった。午後まで最低限の整備はしておきましょう。

 側仕えの方に視線を飛ばした。

「そうか。では頼むとしよう」

 お茶を飲んだら立ち上がり、あとは側仕えの方とロックダル様に任せた。

「ルル。いる?」

「いるわよ」

 わたしの護衛をしてくれているルルを呼んだらすぐに現れた。

「火を見てて。職人さんたちを呼んでくるから」

 職人さんたちには申し訳ないけど、お貴族様の望みが優先される。文句はあるでしょうが、断ることはできない。説明したら仕事を中断して訓練場に集まってくれた。

「玉を作る人とここを均す人、あと、ここに休憩小屋を作る人に分かれましょう。昼食後まで完成させます」

 集まった職人さんたちは一流揃い。三時間もあれば完成させられるでしょうよ。

「終わったら美味しいものを差し入れしますね」

「それは張り切らんといかんな」

「任せておけ」

 頼もしい職人さんでよかった。てか、職人さんがいてくれて本当によかった。何が幸いとなるかわからないわね。

 職人さんたちががんばってくれたお陰で昼前には完了。せっかくなのでソーセージパーティーをすることにした。

 串にソーセージを刺して火で炙る。八人もいるので結構な量を消費しちゃったけど、喜んでもらえたので問題なしだ。

「これ、美味いな」

「猪肉と鹿肉を混ぜたものです。今度、燻製にしたものを食堂に持って行きますね」

 この冬は燻製作りに挑戦しようとしてたのよね。

 ソーセージパーティーが終われば片付け。そして解散。わたしは焚き火でお湯を沸かしてお茶を飲みながらマレイスカ様が来るのを待った。
 マレイスカ様はすっかりマラッカに魅了されてしまった。

「うーん。一人でやるのもつまらんな」

 もうその言葉が出てしまったか。まさかその日に出るとは思わなかったわ。

「では、競いますか?」

 ロックダル様にやれと言っても無理だろうし、マラッカをやれるのはわたしだけ。自然とわたしにお鉢が回ってくることが目に見えてたわ。

「ほう。競いか。どうするのだ?」

「ロックダル様に玉を適当に置いてもらい、先に入れたほうが勝ちです」

「なるほど。それはよいな」

「市井の者ならお金を賭けるのでしょうが、さすがにそれも出来ないので純粋に──」

「賭けか。それはおもしろいな。わたしはやったことないが、一度やってみたかったなだ」

 あ、いや、やらなければそれにこしたことはないのでは……。

「ロックダル。金は持っているか?」

「え、あ、はい。少額ではありますが」

「よし。お前はどちらに勝つか賭けろ。勝ったほうに賭け金が渡る。それでよいだろう」

 それだとロックダル様が損するだけでは?

「わかりました。それでは、キャロル嬢の腕を見せてもらいましょう。でないと賭けれませんからね」

 あれ? もしかして賭け事が好きな方でした? 

「わかりました。玉を適当な場所に置いてください」

 パターはやったことないけど、まあ、そう難しくないでしょう。あれ? 意外と難しいわね。一発で入ると思ったのに。

 それでも二回で入れられた。ふー。

「なかなか上手いではないか」

「一回で入れるつもりだったんですけどね。見誤りました」

「ふふ。難しいだろう」

 何でドヤるんだ? あなたも今日始めたばかりなのに。

「キャロル嬢の腕もなかなかですな。これは、玉の置いた場所で勝負が決まりますな」

「それならこの箒で地面を変換させてください。少しの凹凸で軌道はズレますからね」

「なるほど。それは勝負に変化を与えられるな。マレイスカ様、よろしいでしょうか?」

「構わんぞ」

 マレイスカ様もノリノリだわ。

「キャロル。手加減は無用だぞ」

「畏まりました。本気で挑ませてもらいます」

 本気だからこそおもしろいと感じる人なんでしょう。てか、パターで本気出せとかどうすりゃいいのよ?

 まあ、やるからには真面目に勝つようにやるとしましょうか。

「まずは玉をここに置きます。次は先攻後攻を決めましょうか」

 どうやらこの世界にもコイントスがあるようだ。

「キャロル嬢から決めてくだい」

「裏でお願いします」

 コインを投げて表が出た。ってことで先攻はマレイスカ様か。

「一回目はマレイスカ様に賭けさせてもらいます。では、勝負開始」

 マレイスカ様は本気のようで玉筋? 道筋? を読んで玉を打った。

 残念ながら穴をカスってしまい入ることはなかった。

「クッ。外れたか」

 悔しがっていても二回で穴に入れた。

「次はキャロル嬢だ」

 玉を違う場所に置いてわたしも道筋(こっちにします)を読んだ。

 歩いたことにより小さな凹凸が生まれているけど、強く打てば問題はない。ほらよっと。

「よし」

 一発ホールイン。あ、ホールインって言うんだったわ。案外、覚えているものね。

「キャロル嬢の勝利。賭け金はドロック」

 ドロック? 引き分けとかドローって意味か? それとも流れたって意味か? 

「ドロックってどういう意味ですか?」

「勝負無効って意味だ。この場合は、キャロル嬢には入らないが、胴元に取られることになる。まあ、今回は次に足すようにしよう」

 本当に賭け事が好きなようだ。でも、ロックダル様には何の得にもならないのでは?

「ロックダルは無類の賭け好きでな。これがなければ騎士として出世したんだがな」

「借金で身を滅ぼしてないのが自慢です」

 何だろう。この人、絶対結婚してないわ。

「それでは平等ではないのでわたしも銅貨を出します。ロックダル様も参加してください。護衛はティナにやらせますので」

 これではわたしが得でしかない。勝負と言うならわたしもリスクを負わないと。

「マレイスカ様やロックダル様には少額で申し訳ありませんが、大金を賭けるほどでもありません。大金を賭けるときは大金を持っている方々とやってください」

「そうだな。勝負ではあるが、お遊びだ。少額で構わんだろう」

「わたしも構いません。賭けは儲けるより勝負を楽しむものですから」

 借金しないのはそんな考えがあるからみたいね。

「では、ティナを呼んで参ります。ロックダル様、練習しててください」

「子供でも容赦はせんぞ」

「それが勝負です」

 にっこり笑って答える。勝負は本気でやるのが楽しいってわかるからね。

 ティナを呼びに行き、マリカルにレンラさんを呼んで来るようにお願いする。レンラさんにも見せておきたいからね。あ、あと、側仕えの方も。

 ティナを連れて戻ったら勝負開始。それぞれが相手の玉を地面に置き、勝負毎に地面を箒で履いた。

 しばらくしてレンラさんや側仕えの方がやって来て、ティナから説明を聞いていた。

 勝負は夕方まで続き、わたしが六回。マレイスカ様は四回。ロックダル様は八回勝利した。

「うむ。楽しかった。次は勝つぞ」

 一番勝てなかったマレイスカ様だけど、一番楽しんでいたのはマレイスカ様だった。

「マレイスカ様。汗を。すぐに風呂を用意します」

「頼む。喉も乾いた。冷えた麦酒を用意してくれ。では、また明日だ」

 ふー。また明日もやるのか。心の中でため息をつきながらマレイスカ様を見送った。
 これまで運動してこなかったから、次の日、マレイスカ様が筋肉痛に襲われた。

「まさかこの歳で筋肉痛を経験するとはな」

 この世界に湿布がないので側仕えの方に脚を揉んでもらっていた。

「お風呂で温まるといいですよ」

 貴族だからって毎日お風呂に入る人はいないようで、マレイスカ様も体を拭いただけでお風呂に入らなかったそうだ。

「そうか。なら、入るとするか」

 なぜかわたしが呼ばれたけど、お風呂に入るのは側仕えの方がやってくれるので、家に戻ろうとしたら奥様に声を掛けられてしまった。

 奥様はミリヤナ様と言い、穏やかな感じの人で、いい感じに歳を取った人でもあった。

「少しお話しましょうか」

 否とも言えるわけもないので、民宿のサロンに移り、わたしが淹れたお茶を飲みながら話をすることにした。

「ごめんなさいね。主人に言われて来たものの時間をどう使っていいかわからなくて」

 言われてみれば確かに、って感じよね。こんな知り合いもいない山奥に連れて来られても何するんだって話だ。

「お気になさらず。ここは日頃の疲れを癒す場所。のんびりするところですからね。満足した日々を送っている方には暇な場所でしょうから」

「いい場所なのはわかるんだけど、何をしていいかわからないのよね」

「奥様、趣味はおありですか?」

 コンミンド伯爵夫人は……趣味らしい趣味をやっているところは見なかったわね。わたしたちはお嬢様のお友達で、ご夫妻を見るなんて一日一回あるかないかだったしね。

「趣味、ね~。これと言ってないわね。強いて言うなら読書かしらね?」

 貴族の女性って暇を持て余しているのね。ボケるの早いんじゃない?

「読書ですか。それはいいですね。お嬢様のお友達として本を読ませてもらいましたが、なかなか難しくて苦労しました。奥様はどんな本を読むのですか?」

「恋愛小説をよく読んでいたわ。王都は本屋がたくさんあるから毎日読めたわ」

 この時代で恋愛小説とかあるんだ。しかも本屋がたくさんあるとか印刷技術があるってこと? いや、転生者がいるっぽいし、印刷技術が発展してても不思議じゃないか。

 奥様は、読書が好きなみたいだけど、しゃべるのも好きなようで止まることがない。まるでこれまでのうっぷんを晴らすかのようだった。

 いろいろしゃべると奥様がどんな人か、貴族の暮らしがどんなものかわかってきた。

 奥様には女二人、男一人のお子様がいて、長女と長男は結婚しており、次女は騎士をしているそうだ。

 女騎士か。ファンタジーな世界なだけに女性でも騎士になれるんだね。どんなか見てみたいものだわ。

 長男はマレイスカ様の後を継いで政務大臣としてお城で働いていて、長女は公爵家に嫁いだそうだ。

 その話を聞くだけでマレイスカ様がどれだけ偉い人かわかるものだ。けど、そんな偉い人でも老後はやることがないってのも悲しいものね。無駄にお金があるとやりたいことも見つからないとか、何が幸せかわからなくなるわね……。

 お昼までおしゃべりは続き、なぜかお昼も一緒に食べることに。なんだか奥様に気に入られてしまったようだわ。

「マレイスカ様。筋肉痛はどうですか?」

「ああ。少しは楽になったよ」

「それは何よりです。今日は無理しないでくださいね。無理しても体に悪いですから」

「それは残念だ。今日は玉を飛ばしたかったんだがな」

「それなら部屋で出来るものを用意しますか?」

 職人さんなら三十分もしないで作ってくれるでしょうよ。

「そんなことが出来るのか?」

「はい。昼食が終われば用意しますね」

 まだ食べている最中なので終わったら職人さんたちのところに向かった。

 絨毯を細く切り、坂を作って穴を開ける。ハイ、完成っと。

 職人さんに設置してもらってマレイスカ様に試してもらう。

「うん。いいではないか」

「変化が欲しいときは絨毯の下に紙を入れるとよろしいかと」

 聞いちゃいないようなので側仕えの方に言っておく。

「キャロルは本当に賢いのね」

「畏れ入ります」

 貴族相手には「畏れ入ります」が一番。下手に謙虚になるのも失礼になるときがあるからね。

「そうだ。わたしにジェドを教えてくれないかしら? 女性でも始める方が多くてどうしようかと思っていたの」

 一大ブームが来ているのかしら? 貴族、やることないの?

「はい。わかりました」

 マーシャさんに用意してもらい、駒の並べ方から教えた。

 元々頭のいい人で、頭を使うのが得意なんでしょう。

「奥様は、文化系のことに才能があるみたいですね」

「文化系?」

「読書だったり遊戯だったりです。これなら絵や文章をやってもいいかもしれませんね。物語を書いて本にするのもいい余暇を過ごせると思います」

「……物語を書く……」

「はい。奥様は知識も多く、造詣も深い。物語もたくさん読んでいるみたいですし、書いてみてもおもしろいと思いますよ」

 ついでに読み終わった本を貸していただけたら幸いです。

「……そう、ね。ちょっと書いてみようかしら……」

「書いたら読ませてください。奥様がどんなものを書くか興味があります」

 気持ちがそちらに傾いているようなのでもう一押ししておく。何だかこのままだとご夫妻がいる間、ずっと相手しなくちゃならない感じだからね。
 うん。暇になることはなかった。

 てか、わたしがお二人の側仕えになってしまったわ。

「すみません。旦那様も奥様もキャロルさんをお気に召したようで」

 お二人の側仕えの方々に謝られたが、側仕えの方々も貴族。男爵家の出とか。文句など癒えようがない。

「大丈夫ですよ。お二人のお話を聞くのは勉強になりますから」

 笑顔でそう答えるしかないじゃない。

 まあ、そんなこと言っちゃったからよけいわたしの仕事量が増えちゃったんだけど、さすがにお二人の相手をするのは難しくなってきた。

「ティナはマレイスカ様の相手を。マリカルは奥様の相手をして」

「えー! やだよ!」

 真っ先に反発するマリカル。まあ、あまり貴族にいいイメージを持ってないから無理はないか。

「奥様は無理難題を言う貴族じゃないから大丈夫よ」

「そ、そうみたいだけど、何をしろって言うのよ?」

「旅の話やプランガル王国のことを教えてあげて。あと、貴族社会のことを聞き出して。わたしたちの身分では貴族の情報なんてなかなか手に入れられないからね。それに、聖女のウワサがないかそれとなく聞くといいわよ」

 マリカル、すっかりここの暮らしを堪能し過ぎて本来の目的を忘れているっぽい。

「あ、聖女ね! そうだったわ!」

 本当に忘れていたみたいだわ。

「国に報告しなくちゃならないんだから高位貴族から聞いたって書けばプランガル王国としても貴重な情報を得たと思うし、マリカルの成績にもなるわ。さらにここにいられる理由ともなるわ。ここは高位貴族も来る地。情報が集まるってね」

 理由があればプランガル王国としても文句は言えないでしょうよ。

「わたしとしてはこのまま忘れ去られてくれるのを望むんだけどな~」

「そんなの無理でしょう。プランガル王国には星詠みって凄い人がいるんだから。万が一、マリカルが聖女と接触した場合、星詠みさんが見つけないとも限らないわ。そのときは見つけられちゃうかもしれないんだから最初から情報を渡していたほうがいいわよ」

 マリカルが聖女と接触しなければ忘れ去られるかもだけど、それは望み薄だとわたしは思う。絶対、探索者の動向は把握しているはずだわ。

「そ、そうかな~?」

「そうよ」

「うーん。わかった。やってみるよ」

「わたしも支えるから大丈夫よ」

 すべてを任せるわけじゃない。ただ、余裕が欲しいだけよ。

「ティナはマレイスカ様とマラッカをして。わたしじゃ相手ならなくなっいるからさ」  

 好きこそ物の上手なれを体現していて、段々と負けてきているのよね。ここは運転神経抜群のティナとバトンタッチだわ。

「わかったけど、ボクだと話し相手にならないよ」

「大丈夫よ。マレイスカ様もそんなにおしゃべりな方じゃないから。純粋にマラッカを楽しみたいと思っているからね」

 ティナは無口だけど、人見知りではない。必要なときはちゃんとしゃべるタイプだ。たまに辛辣な突っ込みもするけど。

「まあ、わかった」

 二人の了承を得たのでレンラさんと側仕えの方々、ロックダル様に話を通した。
 
 朝になり、ティナを連れて訓練場に向かった。

 ここに何しに来たんだ? って思うくらいマラッカに魅了されたマレイスカ様は、朝から訓練場に来ては打ちっぱなしを行っているのよね。

「マレイスカ様。少しティナが付き添いますのでマラッカを楽しんでください」

「何かあったのか?」

「マレイスカ様がもっと楽しめるよう準備を行いますので一日二日、離れます」

「ほぉう。それは楽しみだ」

 それを行うバイバナル商会は大変でしょうけどね。ほんと、ごめんなさいです。

 その場はティナに任せて次は奥様だ。

 奥様の朝は遅い。と言うか遅くなった。ハイ、わたしが原因ですね。すみません。

 側仕えの方々は六時には起きて来るので、マリカルのことを紹介して、奥様の相手をさせることを説明した。

 獣人であることに驚かれたものの、プランガル王国は近隣諸国。一応、国交は結ばれているようで、王都にも獣人はいるんだってさ。

「それは助かるわ。わたしたちでは話に付いていけなかったから」

 側仕えの方々も貴族とは言え、創作活動をした経験はなし。どうするか問われてもわからないでしょうよ。

 朝食の時間までは起きてくれたので、五人で朝食をいただくことにした。

「こんな賑やかな食事もいいものね」

 貴族の食事ってどんなものかと思うけど、礼儀だ作法だとかあるんでしょうね。そんなんじゃ食べた気しないわね。

「暖かい日があったら外で食事でもしてみましょうか。外で食べるのも楽しいですよ」

「まあ、外で食べるの?」

「はい。楽しいですよ。陽の光を浴びるのも体にいいですからね。浴びすぎると染みが出来ちゃいますけど」

 この世界の貴族はピクニックとかしないのかしら? やってそうな時代と情勢なんだけどな~?

「一度、経験としてどうですか? 話のネタにもなりますよ」

 民宿のことは必ず話に出る。なら、キャンプ? グランピング? も広めてもらいましょう。

「そうね。経験は大事だわ」

 それもバイバナル商会と相談しなくちゃね。

 朝食を終えたらすぐに馬車を出してもらって山を下りた。
 もう定期便みたくなっている馬車は、上りと下りが出来ていた。

 朝にバイバナル商会を発ち、昼前に到着。着いたくらいにまたバイバナル商会を発つ馬車がある。夕方に着いた馬車は一泊して民宿を発つ、って感じだ。

 それで採算があるのかな? と思うけど、金持ち相手の商売だから余裕で採算が取れるそうだ。

「じゃあ、人も通えるか」

 定期便になっているなら定期馬車にしても問題ないってことだ。

 バイバナル商会から民宿まで四、五時間くらい。そうなると、途中で休憩したりする場所が必要か。と言うか、この通りがメイン通りになれば発展するんじゃない? 

 まあ、発展するかはわからないから一応、マルケルさんに伝えておこう。やるやらないはバイバナル商会が決めることだからね。

 そんなことをぼんやり考えていたらロンドカ村に入っていた。

「何か、空気が張り詰めてません?」

 歩いている人たちも何だかピリピリしているような?

「ああ。前にゴブリンが現れたことがあったろう。その討伐に冒険者や商人が集まってんのさ」

 あー。あったわね、そんなこと。魔力切れを起こして、もう関わるなって言われたから忘れてたわ。

「コンミンド伯爵領にゴブリンの巣があったんですか?」

「そうみたいだな。伯爵様も戻ってきたそうだ」

 へー。うちの領主、案外まともだったんだね。

 厳しそうな感じはしたけど、領民思いだった……いや、違う理由か。今、マレイスカ様が来ているし。ご夫妻になにかあれば伯爵様の責任になっちゃうものね。自ら指揮をしないと何を言われるかわかったものじゃないわ。

「お嬢ちゃんはダメだぞ。商会からお嬢ちゃんたちを参加させるなって通達されてんだから」

 さすがバイバナル商会。そつがないんだから。

「わかっていますよ。わたしじゃゴブリンの一匹も倒せませんからね」

「お嬢ちゃんの場合は別のことで無茶するからだろう」

 ハイ、まったくもってそのとおり。大人しくしております。

 バイバナル商会に到着すると、ここも何だか空気が張り詰めている。何か協力しているのかな?

 店全体がいそがしそうで、マルケルさんも何かやっているみたい。声もかけるのも何なので隣のルクゼック商会に行ってみた。

 こちらは静かなもので、奥様方が店内を見て回っていた。

「おや、キャロルさん。いらっしゃい」

 支部長のハガリアさんがわたしを素早く見つけて声を掛けてきた。

「お久しぶりです。バイバナル商会に来たんですが、何だか忙しいのでこちらに来ました」

 わたしの後ろ盾はバイバナル商会だからね。優先する義理はあるのよ。

「そうですか。まあ、ゴブリン討伐で大変みたいですからね」

「ルクゼック商会は忙しくないんですか?」

「うちは布が売れるくらいですね」

 ん? 包帯とかなかったっけ? あ、なかったわ。ランザカ村では綺麗な布を使っていたっけ。

「その布ってまだあります?」

 せっかくだから包帯を作って常備しておきましょうかね。

「どうするのです?」

「怪我をしたときにすぐ使えるように細くして丸めておこうかと思いまして。いざってとき裂く必要もないですからね」

「ほぉう。ちなみにどうやるか見せてもらってよろしいですか? 布は提供しますので」

 包帯なんて利益になるのかな? とは思いながらもサービスしてくれるってんだからありがたくいただいておきましょう。

 白い布を四、五センチに短冊切りをしつ丸め、安全ピンで止めた。ちなみに安全ピンは発売されてよく売れているそうよ。

「まあ、こんな感じですね。軟膏を塗って油紙で押さえて包帯で巻けば素早く治療出来ます」

「……なるほど……」

 そんなに感心することか? これまでも布を裂いてやってたんじゃないの?

「どうするかはハガリアさんにお任せします。突然で申し訳ないのですが、ロコルさんをお借り出来ますかね? ちょっとお願いしたいことがあるんですよ」

 包帯なんてどうでもいいのよ。本題はロコルさんだ。

「ロコルをですか? まあ、キャロルさんのお声とあればお貸しするのもやぶさかではありませんが、何かありましたか?」

「民宿にお貴族様が来ていることはご存知で?」

 情報規制や個人情報筒抜け万歳な時代。ルクゼック商会ともなれば知っているでしょう。ただ、口にしないだけで。

「はい。まあ」

「その方の服を作って欲しいんですよ」

「服、ですか?」

「まあ、服と言っても運動するときに着る服です。ただ、お貴族様が着るもの。簡素なものは憚れるので、質のよいもので質素ながらみすぼらしくないものを作る必要があります。わたしでは無理なのでロコルさんのお力をお借りできたらな~と思いまして」

「……わたしどもでよれしいので……?」

 バイバナル商会を無視していいのかと訊いているんでしょう。

「そう時間も掛けてられないのでルクゼック商会にお願いしたいんです」

 バイバナル商会では無理なこと。無理を通しても迷惑なだけでしょうよ。

「わかりました。すぐに用意致しましょう」

「あ、明日の朝に出発しますから。バイバナル商会にもお願いしたいことがあるので」

 ちょっとタイミングが悪かった。どうなるかわからないから今日はバイバナル商会に泊めてもらうことにしましょう。
 ルクゼック商会をあとにしてバイバナル商会に行くと、馬車が何台も出て行った。

「物資かな?」

 あの量となるとゴブリンも大量に現れたっぽいわね。大丈夫なんだろうか?

 非力なわたしにはどうすることも出来ない。ただ、無事討伐されることを願うしかない。どうか無事に帰って来てください。

「……そう言えば、宗教の話、全然聞いたことないわね……?」

 パルセカ村でもロンドカ村でも教会っぽい建物を見たことないわ。神様とかいない世界なの? まあ、生まれてこのかた祈ったこともないし、いなけりゃいないで不都合はないか。

「キャロルさん」

 出て行く馬車を見送っていたらマルケルさんに声を掛けられた。

「あ、こんにちは。忙しそうですね」

「はい。王都から騎士団も来てくれたので伯爵様からその物資をお願いされたんですよ」

「マレイスカ様が来ているからですか?」

「相変わらず事の本質を見極めるのに長けてますね」

 やっぱりそうなんだ。マレイスカ様、わたしが考えるより地位が高い人なのかもしれないわね。

「そのマレイスカ様のことで相談があるのですがよろしいですか?」

「嫌とは言えない案件で?」

「そこまで深刻なことではないですが、まあ、マレイスカ様を守れ、喜ばすることが出来、結果、バイバナル商会の利益にはなるんじゃないですかね?」

 たぶん、だけどね。

「それはもう嫌とは言えない案件ですね」

「そこまで深刻になることもないかと。ダメなときの場合を考えてルクゼック商会にロコルさんを借りるお願いをしてきましまから」

 ゴルフウェアやゴルフバッグを作ってあげるだけで喜ばれるでしょうよ。

「ハァー。深刻になる案件です。わたしどもは何をしたらよいのですか?」

 何だかわたしが無理難題言ってるような? ダメならダメで断ってくれても構わないのに。

「人足さんを三十人から四十人。可能なら五十人は用意してくれませんか? ちょっと作りたいものがあるので」

「五十人ですか。それは大事ですね」

「数がいるならゴブリンも進んで集まって来ることもないでしょう。仮に集まったとしてもマレイスカ様たちを逃す時間稼ぎは出来ます」

 護衛騎士のロックダル様と配下の騎士様が三人いる。ティナやルルもいるんだからロンドカ村のお城まで逃がすことが出来るわ。

「人足に何をさせるので?」

「なだらかな山を整備してマラッカ場を作ります」

「マラッカ、ですか?」

 手頃な棒を借り、ライカの実(松ぼっくり)を出して打ってみせた。

「こんな感じの遊戯ですね。マレイスカ様が気に入ってしまったので、その場を作ろうかと思いまして。高位貴族のマレイスカ様が気に入ったのなら他のお貴族様もやるようになるでしょう。道具、服、場所、宿泊所、食事、お酒、お風呂と一大収容施設が必要となります。最初はたくさんお金は掛かりますが、民宿が儲けているなら損はしないと思いますよ」

「…………」

 どうイメージしていいかわからず沈黙してしまうマルケルさん。説明がダメだったかな?

「絵にしてみますか?」

 視覚的のほうがイメージ出来るでしょうよ。

「お願いします」

 紙を用意してもらい、一大収容施設を描いてみた。

「わかりやすくしているだけで、こうしろってわけじゃないですからね。土地が違えば配置も変わってきますからね」

 上下水道があるわけでも電気があるわけでもない。この時代に合わせるとなるといろいろ違ってくるでしょうからね。

「まずは民宿周辺をちょっと変えるくらいですね」

 なだらかな斜面のところをマラッカ場とする。この辺は太い木もない。たぶん、薪用にするために伐ったんでしょうね。それとも畑にしようとしたのかな?

 頭をフル回転させているんでしょう。マルケルさんの額に汗が浮かんでいるわ。ハゲなきゃいいけど。

 わたしのことなど見えなくなったようなのでお茶の用意でもする。あ、クッキーでも出してあげますか。

「マルケルさん、いますか?」

 お茶を飲みながらマルケルさんが復活するのを待っていると、ルーグさんがやって来た。

「また無理難題ですか?」

「わたし、無理難題なんて言ったことないですよ」

 失礼な。出来ないなら出来ないで構わないことしか言ってないわ。やると決めたのはバイバナル商会側よ。

「冗談ですよ。次は何をしようとしているんです?」

 マルケルさんにした説明をルーグさんにもした。

「それはまた大仕事ですね」

「やれないのなら別の商会に回せばいいのでは? 誰もやったことがないもの。苦労も失敗も大きい商会でやってもらうのも手ですよ」

 別に二番煎じが悪いってんならこの世は一つしか商売が出来ない。特許がある世界でもないんだしね。誰かがやったあとで上手くやればいいだけだわ。

「みすみす儲けられる商売を捨てれる商人はいませんよ。キャロルさんがやることに失敗はなく、しっかりと利益を出してますからね」

「わたしも失敗することもありますよ」

「キャロルさんは、失敗するくらいならやらないでしょう。勝算があるから動いていました」

 周りからはそう見えたんだ。別に勝算とか失敗とか考えてなかったんだけどな~。
「ハァー」

 もう何度目のため息だろうか? もう癖になっているのではと思えてくるよ。

「お茶です」

 天井を仰いでいたらルーグがお茶を出してくれた。

 あのクルスが目を掛けるだけの男は気配りも出来る男だよ。

「ありがとう」

 感謝してお茶を飲んで気持ちを落ち着かせた。

「あの子はいつでもどこでも嵐の目ですね」

 嵐の目か。上手いことを言う。

「そうだな。嵐の目であり商売の風でもあるところが厄介だよ」

 キャロルさんが私利私欲に走っているならまだいい。私利私欲なんでしょうが、九割以上はバイバナル商会の利となりわたしの利となっている。

 バイバナル商会は大手ではあるが、バイバナル商会以上の商会は二つもあり、三大商会の最弱と影口を叩かれたりもする。

 コンミンドでは伯爵様に取り入ることは出来たものの、他のところではダメだった。必ず二つの商会が上にいた。

 それがキャロルさんの出現で変わった。

 コンミンド伯爵様との関係はレンラさんのお陰でよき関係を築けていたが、キャロルさんのお陰でさらに関係は太くなり、王都でもよくお声を掛けてもらえるようになったそうだ。

 好転、と言うのだろう。すべでがいい方向に転がっているのだ。

 バイバナル商会として好転しているならまだ冷静になれたが、その好転はわたしにも起こっている。

 レンラさんはバイバナル商会でも特別なお方。あのお方の下に付けたということは将来約束されたようなもの。同期で一番になれたようなものだ。

 だが、レンラさんがいる限りその上には行けない。行けるとしたら四十を過ぎたくらいからだろう。

 それでも王都の支店を任せられる。平民出身のわたしにしたら大出世と言っていいだろう。

 そんな未来予想図もキャロルさんに破かれた。コンミンド伯爵領の支部長になってしまったのだ。さらに、お城の側使えの方と婚姻話まで出て来た。

 側仕えは下級貴族しかなれないものだが、平民からしたら下位でも貴族は貴族。上の身分だ。頭を下げなければならない存在である。

 そんな存在と婚姻話とか、普通だったらあり得ない。キャロルさんがお嬢様と仲良くなったからその繋がりをよく太くするためにレンラさんが動いたのだろう。

 これで意味がわらないと言うようでは商人失格だ。わたしは選ばれたのだ。キャロルさん担当に。

 バイバナル商会としてもキャロルさんは引き込んでおきたい存在だ。キャロルさんも自分の立ち位置を理解しているからこそバイバナル商会の顔を立てている。

 ……立てすぎて仕事が増えるばかりだからな……。

「ルーグから見て、キャロルさんの話はどう思った?」

「まだ下っぱでよかったと思いました。事が大きすぎてわたしなら怖じ気付いて腰を抜かしているところです」

「ふふ。クルスがそんな腰抜けを目を掛けるか。商人にとって野望は活動源だ。ないヤツは出世などせん」

 わたしも野望で動いている。動いているからキャロルさんの言葉を無視できないのだ。

「キャロルさんは本当に商人を動かすのが上手いよ」

「そうですね。断れないところが悪辣です」

 決定権をこちらに渡しているのがさらに悪辣だ。断れないとわかっているからバイバナル商会に言って来ているのだ。

「キャロルさんの頭の中はどうなっているのやら」

「そうですね。心根がいいのが救いです」

 そうだな。冒険者になるための私利私欲。地位や名誉はまったく求めていない。それはバイバナル商会で受け持ってくださいとばかりにこちらに放り投げて来ている。

「さすがに王都から応援を呼んではどうです? キャロルさんの頭の中にはさらに進んだ考えがあるはずです」

「そう思うか?」

「キャロルさんはこちらの能力を完全に把握しています。こちらが出来ないことは言って来ませんしね」

 そうなのだ。無理難題は絶対に言ってこないのだ。しかも、こちらの断れないギリギリを攻めて来る。

「そうだな。応援を呼ぶか。なんなら、ルーグが責任者になってもいいぞ」

「よしてくださいよ。若い芽を摘む気ですか?」

「フフ。はっきり言うヤツだ」

 クルスが気に掛けるのもよくわかるよ。と言うか、よく手放したものだ。配下としてはかなり優秀なのにな。そういうところがクルスのイヤらしいところなんだよな。

「この歳になって出世するのがこんなに大変なことだとは思わなかったよ」

 大変だが、辞められないのが業の深さを語っているな。

「わたしは出世する前に知れてよかったです」

「気楽に言いよって。お前も出世するんだから覚悟しておけ」

 バイバナル商会は大きくなる。そうすれば仕事は増え、役職も増える。ルーグは必ずその一つに座らされるだろう。そのとき仕事の多さ、大変さに泣くといい。

「それは戦々恐々です」

 クソ。必ず出世させてやるからな。そのときを震えて待っていろ。

 ハァー。まずはわたしが戦わねばならんか。 

「さて。どこから手を付けていいものか……」

「あ、わたしは宿屋に戻りますので──」

 ったく。そそくさと逃げ出しおって。わたしにだって優秀な部下はいるんだ。お前などに頼らんわ。

この世界で真の仲間と出会えたからハッピーエンドを目指します!

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