起きたら早朝だった。
今、山から太陽が出た感じで、わたしはタープの下で目覚めたようだ。
「気分はどう?」
ルルの声がして辺りを探すと、リュックサックの上で香箱座りをしていた。あなた、リュックサックの上好きね……。
「うん。いいよ。魔力が切れちゃったみたいね」
ステータス画面があるわけじゃないから自分の魔力がどれだけあるか感覚でしかわからない。見極めながらやらないと電池切れを起こしてしまうのよね。
「あまり無茶しないのよ。魔力枯渇で死ぬことだってあるんだから」
「気を付けるわ。まだ死にたくないしね」
この若さで死んだら何のために転生したかわかったもんじゃないわ。命大事に生きていかないと。
「そうだといいわね。あなたは夢中になると周りが見えなくなるから」
は、はい。ご忠告ありがとうございます。
「わたしが眠ってからどうなった?」
「別にどうもなってないわよ。好転もしてないし暗転もしてないわ。まあ、運ばれて来た者が死んだってことはないわ。苦しんでいる者はたくさんいるけど」
そっか。まあ、死んでないのなら現状維持ってことにしておきましょう。
「お腹空いたわね。ルルも食べる?」
「食べる」
鞄からハンバーガーと山葡萄ジュースを出して食べた。
「それ以上は出さないようにしなさい。魔法の鞄だってバレるわよ」
はぁ~。便利のようで不便よね。もっと魔法の鞄を普及したほうがいいかしら? でも、わたしの魔力じゃ一日一つが限界だし、なんともかんともよね……。
二個も食べればお腹一杯なので、わたしの魔力は燃費はいいよね。あ、魔力回復強化とかすればいいんじゃない? 家に帰ったら試してみましょうっと。
「お風呂に入ってさっぱりしたいわね」
「我慢しなさい」
そうね。一日二日お風呂に入れないで泣いてたら冒険者なんてやってらんないか。服に清浄の付与を施して実験してみましょう。
まずはリストバンドの効果を確かめるとしましょうかね。
「呻き声は聞こえないわね?」
テントやタープは張られておらず、野ざらしで寝かされていた。
まだどの人も眠っているので起こさないよう怪我人を見て回った。
一とおり見て回ったら重傷者さんのところに向かって状態を確認した。
火傷は軽めのものになっているけど、完治したってのにはほど遠い。元の世界なら今すぐ救急車を呼べ! ってレベルだわ。
「……厳しい時代よね……」
医療が発達した世界でもわたしの病気は治せなかったけど、お医者さんにも診てもらえないってのも酷いものよね。
まあ、だからと言ってお医者さんを目指す気持ちは湧いてこないのだから時代を呪うのは筋違い。失っていく命を受け入れるしかないわね。
リストバンドを外し、回復した魔力を籠めた。
魔力を満タンにしたら別の人の腕につけ、魔力切れを起こしたリストバンドを集めた。
「やっぱり十個が精々か」
もっと出来そうなものなのに、なにが制限をかけているのかしら? アイテムバッグ化させるより魔力はかからないと思うんだけどな~?
「また無茶する」
ぺしっとティナに頭を叩かれてしまった。
「昨日のことを忘れたのか? 魔力切れ起こしたの? 何でいつも全力なんだよ」
襟首をつかまれて、先ほど寝ていた場所に戻されてしまった。
「ルル。ちゃんと見張っておいて」
「はいはい」
結界を纏わせられ、強制的に寝かせられてしまった。
あれほど眠ったのに魔力枯渇は体に負担を掛けるようですぐに眠りに付いてしまった。
で、起きたら真夜中でした~。
「……わたし、何しにここに来たんだ……?」
「無茶しにじゃない?」
眠りにつく前からリュックサックの上で香箱座りをするルル。その隙間に指突っ込んだろうか?
「ハァー。誰か死んだ人はいる?」
「薬を運んで来たから死んだ者はいないわ。あと、サナリクスのアルセクスが来たわ」
「アルセクスが?」
アイテムバッグを広めは終わったのかしら?
「ええ。夕方にね。今はティナと見張りに就いているわ。あなたは寝てなさい」
起きようとしたらルルの結界で閉じ込めれていた。牢獄か。
「食事して眠りなさい」
説得は無理そうなのでサンドイッチを出して食べ、お腹が落ち着いてから横になった。
「魔力は使っちゃダメよ」
はいはい。大人しく眠りますよ。
まったく眠くないと思ったけど、気が付いたら眠っており、起きたらお昼になっていた。疲れてた、わたし?
「起きたか」
アルセクスさんの声がして顔を上げると、ルーグさんがいた。
「え、えーと、あれ?」
わたし、夢でも見てた? カルブラから帰る途中だった?
「君たちを迎えに来ました。あとは、鉄星の冒険者たちに任せなさい」
「そうするといい。君たちがいてもやることはないだろうからな」
どうも有無を言わせないような感じがあった。
まあ、今のわたしたちに何が出来るって話だけど、もうちょっと実験をしたかったわ~。
「ティナ。リストバンドを集めて」
一日で重傷が中傷まで回復した。なら、それより程度が低い人はそこそこ回復したでしょうよ。
「また実験ですか?」
「実験しないと成否がわからないですからね。必要なことです」
「帰ったら説明してくださいね」
「もちろんです。わたしが持っていると危険ですからね」
危ないものはバイバナル商会にお任せ。わたしはその結果だけをいただきます。
バルバナル商会の馬車に乗せられ村にドナドナ。わたし、何しにランザカ村に行ったんだ?
そのままお店に連れて行かれて事情を説明することに。
「ハァー。どんでもないものを作りましたね」
「回復魔法の下位互換、って感じですけどね」
「それでもです。どうしたものか?」
「売ったらいいんじゃないですか? あ、献上でもいいのでは? コンミンド伯爵様に五つ。残り五つは各支部に渡して権力者にでも売ればいいと思いますよ」
「それでは欲しがる人が増えるのでは?」
「いきなり世間に広がるわけでもないんですし、さらに下位互換のものを用意して売り出せばいいんじゃないですか?」
「どんなものですか?」
ミサンガを出してマルケルさんに渡した。
「治癒力上昇する付与を施しました。さすがに回復魔法を転写したらわたしの魔力がぶっ飛びましたので」
ティナが集めたリストバンドもマルケルさんに渡した。
「ミサンガはマッチと同じです。魔力さえあれば治癒力上昇は付与されます」
付与できる箱も出して渡した。ハイ、これで打ち止めです。
「やはり病気や怪我は薬を使ったほうが費用も手間もいいですね。今度、薬師さんを紹介してください」
薬ならわたしでも作れそうな気がする。付与魔法はどうした? とかは言わないでくださいね。
「キャロルさんは少し落ち着いたほうがいいですね」
「ボクもそう思う。無茶しすぎ」
「そ、そう?」
無茶はしてないと思うんだけどな~。
「キャロルは閉じ籠めておくのも自由にするのもダメな感じよね」
「なにかを極めさせるのも危険でしょう。何を生み出すかわかりませんからね」
え? わたしってそんな感じで見られてたの?
「マリ。キャロが問題を起こさない方向ってわかる?」
「うーん。キャロルはどこにいても問題を起こすと思うよ。これはもう天命みたいなものだと思うから」
ヤダ。わたしの評価最悪なんだけど。
「山にでも籠れって言うの?」
「籠った結果が今じゃない」
うぐっ。辛辣なティナさんだこと。
「じゃあ、しばらく魔力を籠めることに徹するよ」
何もするなはさすがに窮屈だ。それなら魔力を籠めることをやるわ。わたしの付与魔法は魔力次第。魔力がなければどうにもならないんだからね。
「可能なのですか?」
「前にライターを見せてもらったから出来ると思います。あれにも魔力を溜める魔法が施されているはずだから転写出来ると思います」
この世界にはわたしと同じ固有魔法を持った人がいる。その人が頭がいいのはライターを見てわかったし、その人が出来ることはおそらくわたしにも出来るはずだ。
「そうですね。魔力が足りなくて困っていたところです。そうしていただけると助かります」
「はい。しばらくは魔力籠めに徹します」
魔力がなくてもやりたいことはたくさんある。もしかすると、魔力を鍛えたら増えるかもしれない。それならやる価値はあるってものだ。
この日はバルバナル商会にお世話になり、馬車で山の家まで送ってもらった。
家に到着すると、レンラさんたちが迎えてくれた。
「ゴブリンが出たそうですね」
「はい。わたしたちは怪我人の世話くらいしか出来ませんでした」
「ティナさんはともかくキャロルさんは戦闘は不向きでしょうからそれでいいんですよ」
レンラさんから見たらわたしなんて孫みたいに見えるんでしょうね。見た目も幼いしね……。
「しばらくわたしは魔力籠めで家にいますね」
「ティナさんやマリカルさんは?」
どうするんだろうと二人を見た。
「ボクは狩りかな?」
「わたしは薬草や山菜を採るかな?」
いつものとおりか。
パーティーを組んでいるとは言え、何でも皆でやるってことはない。まだわたしたちは未熟であり修行中。出来ることを増やしていく時期なのだ、と思う。
…
「こんな感じですね」
「平和で何よりです」
まあ、平和と言えばそうだけど、冒険者を目指す身としてはどうなんだ?
「剣の稽古でもするかな?」
戦いのセンスも狩りのセンスもないけど、だからって練習しない言いわけにははらない。最低限、剣を使えるくらいにはなっておかないとね。
「ほどほどに」
「はい。ほどほどにします」
帰って来たばかりなので家の空気換えをして掃除してと、何だかやることいっぱいね。わたし、スローライフとか目指しているわけじゃないのに、日々がスローライフになってないか?
何かこう、転生者なら厄介事とかトラブルとか押し寄せて来るようなもんだけど(イメージ)、わたしの今生平和よね。
「キャロル。今日は凝ったものが食べたいわ」
いや、平和は平和でも毎日が飽きない日々を送っているわね。しゃべる猫がいたりボクっ娘がいたり、猫耳少女がいるんだから。
「じゃあ、ティナ。手頃な鳥を狩ってきてよ。野菜を入れてオーブンで焼くとさしましょうか」
「わかった。マリ、どっちにいるか調べてよ」
「任せて。わたしも味の濃いものを食べたいし」
何だかんだとわたしたちっていいパーティーだよね。さて。オーブンに火を入れるとしましょうかね。
エプロンをかけて台所に向かった。
「……うん。わたしに戦う才能ないわ」
出来たばかりのトンファーを投げ捨てた。
「また? キャロル、運動神経ないんじゃない?」
運動神経ないと思っていたマリカルがトンファーを拾って器用に振り出した。
「……そうかもしれない……」
剣もダメ。棒もダメ。釵もダメ。弓もダメ。投げナイフもダメ。トンファーならと思ったけど、自分の脛にぶつけてダメだと悟ったわ。
「キャロルは後ろで大人しくしているほうがいいよ。ティナとルルがいれば問題ないんだしさ」
わたし、戦闘では足手まといのようです。ハァー。
「戦えない冒険者ってのもどうなんだろう?」
「キャロルは楽器はどうなの? 吟遊詩人も冒険者としてやってるんじゃない?」
「楽器、ね~」
リコーダーなら吹いた記憶はあるけど、今さら吹けと言われても出来ない自信しかないわ。
「木琴なら作れるかな?」
どんな構造してたかはわからないけど、木の長さを変えて並べればいいはず。そう難しいものでもないし作ってみるか。
木は何個並べたらいいかわからないので十三個くらい並べてみて、叩くのは何て言ったっけ? バチ? バッチ? まあ、ボンボンでいいや。
「あんまりいい音しないわね」
木の材質が違うのかな?
「へー。おもしろいじゃない。わたしにもやらしてよ」
興味を持ったマリカルにボンボンを渡した。
ギターみたいなのはカルブラ伯爵領で見た。音楽に付与とか出来るのかな?
「マリカルって、何をやらしても上手よね」
ドジっ子な割に何でも器用にこなすのよね。
「今度は何をやらかしたんです?」
マリカルにドレミの歌を教えていたらレンラさんがやって来た。いや、やらしてって何ですか? 何もやらかしてないですよ!
「楽器を作っただけですよ」
「何て楽器です?」
「木琴です。見たことありませんか?」
さすがに木琴くらい誰かが生み出しているでしょう。
「見たことはありませんが、あると聞いたことはあります。こんな音色が出るんですね」
「たぶん、木材がよければもっといい音が出せると思いますよ。これは適当に作ったものですから」
前世で聴いたときはもっといい音が出ていた。極めたらいい木琴が出来るでしょうよね。
「バイバナル商会で楽器って売ってますか?」
「んー。売ってないと思いますよ。楽士は自分で作ると聞いたことがあるので」
まあ、音楽一本で食べていくのは大変なんでしょうね。楽器を作る人もそう売れるもんじゃないしさ。
「じゃあ、作りますか」
「作れるんですか?」
「形は本で見たので何となく作れるでしょう。あとは試行錯誤です」
武器も何となくで作ったしね。わたしなら作れるでしょうよ。
それから三日掛けてギターっぽいものを作った。
弦は馬の尻尾を使ったわ。何かそんな話を漫画で読んだような記憶があったので。
ボローンボローンといまいちな音。まあ、最初としてはまあまあでしょう。
「張りがいまいちなのよ」
すっかり楽器が気に入ってしまったマリカルさん。細々と注文してくるのよね。
「張りか」
そう言えば、先のほうに何かネジみたいなのが付いていたわね。あれが弦を張るヤツだったのかな?
金属がいいかなと職人さんと相談して作ってもらい、なかなかいい音が出るようになった。
「音の幅が広くていいわね」
占い師から音楽家にでもクラスチェンジしたかのようにギター(仮)を引いているわ。
わたしは音楽にはそれほど興味がないので楽譜を書いたり読み方も知らない。ただ、ふんわりとしたアニソンは頭の中に入っている。鼻歌でマリカルに聴かせ、それを音にしているわ。
耳がいいのか音楽センスがあるのかちゃんと曲になっているから凄いわよね。
「本当に楽器を作ってしまうとは」
呆れるレンラさん。
「まだまだですよ。楽器モドキってところですね。まだ改良するところは多々ありますね」
これで完成と言ったら楽器作りの職人さんに申し訳ない。夏休みの工作レベルだわ。
「あと五、六個は作りたいですね」
それだけ作れば少しはマシなものが出来るでしょうよ。
「一つ、いただいてもよろしいですか?」
「いいですよ。どうせ不要なものはバイバナル商会にあげますから」
楽器なんて一つか二つあれば充分でしょう。付与を施せば長い間使えるでしょうからね。
戦闘訓練はどうした? ってことが頭の隅に浮かんだけど、次の瞬間には消えておりました。
「うん。いい出来だわ」
八個作って納得出来るものが完成。マリカルに奪われてしまいました。
まあ、わたし自信に作ったわけでもなし。次は太鼓でも作ってみようかしら? 太鼓の達人、やってみたかったのを思い出したわ。
何てことを考えていたらルーグさんが旅芸人一座を連れて来た。
「旅芸人一座っていたんですね」
吟遊詩人らしき存在は見たことはある。けど、旅芸人一座がいるなんて一度も聞いたことがなかったわ。
「楽器を作っていると聞いて、旅芸人一座を連れて来ました。楽器を見せてやってください」
「構いませんよ」
旅芸人一座には楽士さんもいるそうで、作ったギター(仮)を出した。
「変わった形のマルビールだな」
ここではマルビールって言うんだ。
「旅芸人一座って、どんな芸をしたりするんです?」
旅芸人一座の団長さんらしき人に尋ねた。
「うちは歌ったり踊ったりだな。芝居となると荷物が増えるんでな」
旅芸人一座と言ってもいろいろあるみたいだわ。
旅芸人一座はラッカルと言うそうだ。
コンミンド伯爵領にも何度も来て、バイバナル商会主催のお祭りに参加したこともあるそうよ。
お祭りは各商会が受け持ち、去年はお嬢様のおじいちゃんが死んだことでやらなかったみたい。
今回、たまたま寄ったラッカル一座が挨拶しに行ったら壊れた楽器の話が出て、わたしのところにやって来たそうだ。
「歌って、どんな歌を歌うんです?」
「陽気なものがほとんどだな」
団長さんも昔は楽器を鳴らしていた人で、今も楽士が足りないときは参加しているそうだ。
どんなもんかと聴かせてもらうと、確かに陽気な音楽だった。ただ、曲は単調だ。強弱はあるけど深みはない。そんな感じだ。音楽家ではなく芸の一つ、ってことなんでしょうね。
「歌姫的な感じの人はいないんですか?」
「昔はいたんだが、村の男と結ばれて今はいないな」
「新しい人を加入させたりしないので?」
「歌を歌うのが好きってヤツはなかなかいないものさ」
そうなんだ。気軽に歌うってことが出来ない時代なんだね。よく畑で歌う歌があるって聞くけど、この時代ではないし。
「歌うことが出来る人は欲しいですね。興行的には儲けられると思うので」
「儲けられるのか?」
「やり方次第じゃないですか? 人を魅了出来る歌なら人を集められますからね」
歌の文化は低いみたいだけど、商売敵は少ない状態なら盛り上げられると思うな。
「キャロルさんならどんなことをしますか?」
横で団長さんとの話を聞いていたルーグさんが入ってきた。
「そうですね。わたしならまず娯楽宿屋で芸を見せますかね。歌を聴かせたりお芝居を見せたりしますね。人気が出たら大きな町に芝居小屋を造って芸を披露する。認知されたらさらに大きな町に。そうやっ王都に大きな劇場を造る。人を集められる歌姫が生まれたら貴族もきっとやって来るでしょうよ」
まあ、前世の記憶からだからどこまで受け入れられるかはわかんないけど。
「そうしたら芸人一座も旅をすることもなくなり、町で暮らせると思いますよ。まあ、人気が出たら我が町に来てくれとかになっちゃうかもですけど」
「……それが出来たらどんなにいいか。旅芸人なんて身分が低いからな……」
「低いなら高めてやればいいだけですよ。芸は根付きやすいんですからね」
「……な、なんか、お嬢ちゃんは凄いな……」
「そうですか? 別に凄いことは言ってないですよ」
やるかやらないかの問題だけ。特段、凄いことなんて何一つ言ってないわ。
「キャロルさんは、自分の何が凄いかをわかってないのが問題です」
問題だと言われても何が問題なのかさっぱりだわ。本当に凄いことなんて何一つ言ってないんだからさ。
「楽器、マルビールは好きにしていいですよ。試しに作ったものですからね」
今出来る最高のギターは出来た(マリカルのものになっちゃってるけど)のであとのはいらないわ。
「そうだ。今日の夜にでもラッカル一座の芸を見せてくださいよ。民宿のお客さんも呼んで夕食観覧芸をやりましょう。わたしも歌うんで」
知っている歌はそんなにないけど、二、三曲ならそれっぽく歌える。マリカルにも歌ってみせたから曲は大丈夫でしょうよ。
「夕食観覧芸、ですか?」
「まあ、夕食を食べながら芸を観覧する、ってことですよ。そこで受け入れられるなら民宿の出し物の一つとしたらいいかもですね」
さすがにわたしが毎回やることは出来ないから歌姫を探さなくちゃならないけどね。
「レンラさんと相談しますね」
民宿に行って夕食観覧芸のことを説明し、どうするかを語った。
「わかりました。お客様にお知らせしましょう」
「外の用意はわたしたちがやりますね。卓と椅子は出しててください」
民宿のお客さんは今も来ており、四組ほど宿泊している。
宿泊費とか聞いてないけど、お金持ちを呼んでいるから儲けは出ているっぽいわ。
「マリカル。手伝って」
占い師業、どうした? ってくらいギターに夢中なマリカルさん。本当に転職しそうな勢いよね。
「何するの?」
レンラさんに説明したことをマリカルにも説明した。
「人前で引くの!?」
「ちょっとした余興よ。別に失敗しても構わないわ」
レンラさんにはちょっとした試みがあるから協力して欲しいと説明してもらうようにした。失敗込みの夕食観覧芸よ。
「キャロルって、ほんと度胸あるわよね」
「別に度胸なんていらないでしょう。失敗しても構わないものなんだからさ」
「そ、そうだけど、そう思えないのが普通なんだからね」
そんなものなの? わたしにはよくわからないわ。
職人さんたちにも手伝ってもらい、夕方までには席が用意できた。
「なかなかいい出来ですね」
「本当はもっと凝りたいんですけどね。今日はこのくらいにしておきます」
さすがに舞台は無理でも幕を張りたかったわ。ちょっと華やかさに欠けるわ。
「キャロルさんが凝るととんでもないものになるのでこれで充分ですよ」
まあ、確かに納得できるまでやったらいつになるかわかったもんじゃないわね。
「お客さんはどうです? 承諾してくれました?」
「はい。快く承諾してくれましたよ。初の試みに参加出来て光栄だそうです」
やはりお金持ちは品がいいわよね。
「じゃあ、ちょっと予行練習しますね。何か気になることがあったら言ってください」
「はい。わかりました」
ラッカル一座の人も集めて予行練習を開始した。
あれ? わたし、作詞の才能あったりする?
なんて勘違いしてしまいそうになるくらい替え歌(?)にして歌っていた。
さすがに元の世界の歌をそのまま歌うわけにはいかない。単語を変えたりリズムを変えたりしないと聴いている人たちに受け入れられないからね。
一曲終わると、お客さんたちが拍手してくれた。
「ありがとうございます。次は春の歌です」
この世界、桜はないので春に咲く野花の名前に替えて歌った。
わたしの歌にマリカルが合わせてくれ、ちょっとつたないながらもなんとか歌いきった。
次はラッカル一座の楽士と演奏する。ちなみにわたしは木琴担当。ギターは作れたけど、引けるようにはなれなかったわ。人間って不思議なものよね。
夕食観覧芸《ディナーショー》は三十分くらいで終了。レパートリーが少ないので三十分が限界なんです。
まあ、ここの人たちは食事に長時間かけることはないし、夕食観覧芸《ディナーショー》って文化もない。まだ確立もされてないのだから三十分くらいがちょうどいいでしょうよ。
お客さんたちが下がり、わたしたちも席で夕食兼反省会とする。
「素晴らしいものですた」
レンラさんは絶賛だ。そうか?
「まだまだですね。子供のお遊戯みたいなものですよ」
まあ、まだ十一歳のわたしがやるならお遊戯だけどさ。
「いえ、あんな催しをするなんて想像もできませんでした。お客様方も楽しんでいました」
「そうですね。キャロルさんの歌声もよかったです。あんな歌い方があるものなのですね」
ルーグさんも絶賛な感じだ。
「歌だけではあのくらいが限界ですね。歌と歌の間におしゃべりを挟むといいかもしれませんね」
Vチューバーの動画はあんまり視なかったけど、歌枠でトークが挟んであった。あれは歌だけでは間がもたなかったりダレないようにやっているものだったのね。
ディナーショーがどんなものかわからないけど、歌ばかり歌ってはいないでしょう。トークも挟んでお客さんを楽しませているんだわ。
「娯楽宿屋ではお芝居を主にしたほうがいいかもしれませんね。お芝居をみせる一座ってどのくらいいるものなんです?」
お芝居はあると言ってたけど、どのくらいの認知度なのかしら?
「そう多くはないな。芝居は場所や道具が必要だからな。酔狂な貴族の支援がなければやっていけんよ」
パトロンってヤツか。そういう文化は辛うじてあるみたいね。
「バイバナル商会で支援って出来ます?」
「断言は出来ませんが、どうするか話していただけますか?」
「うーん。これは思い付きなんで、わたしの戯れ言として聞いてくださいね」
やるやらないはバイバナル商会が決めること。わたしは思い付いたことを語るまで。強制はしないわ。
「まず、バイバナル商会に娯楽部門を作って、娯楽宿屋と民宿で芸を披露する。今ではどちらもそれなりの人たちには知られるようになりました。そこに娯楽を足すだけです。認知度が上がれば娯楽部門は離して王都に集約。貴族を招いて芸を披露する。文化として確立していく、って感じですね」
まだこの時代にエンターテイメント業は確立されていない。なら、先駆者として名を残すとしましょう。バイバナル商会が、だけど。
「……儲かるのですか……?」
「娯楽宿屋や民宿が儲けているのなら儲けられると思いますよ。誰もやってない商売なんですからね」
わたしは、娯楽宿屋や民宿がどれだけの売上を出しているかは知らない。けど、こうして続けているってことは採算が取れると踏んでやっているんでしょうよ。
「……話し合ってみます……」
「それがいいと思います。所詮、子供の戯れ言。どうするかは商売の玄人が判断すればいいと思います。やるんなら協力させていただきます」
バイバナル商会が大きくなるんならわたしたちの後ろ盾としての力も増す。ハラハラドキドキな冒険はしたいけど、胃がキューとなる危険は冒したくない。波乱万丈はゴメンだわ。
「そのときはお願いします」
今日はそれで解散とし、片付けは任せて家に戻った。
「キャロルって歌が上手だったのね」
「そう? 歌なんて好きに歌えばいいだけよ」
別に歌手を目指しているわけじゃない。思うがままに気持ちよく歌えばいいのよ。聴かせるためではなく自分の心を出しているだけなんだからね。
「わたしよりティナのほうが上手そうだけどね」
「ボク?」
「うん。綺麗な声だし、肺活量も凄そうだしね」
たまに鼻歌を歌っているから歌が嫌いってわけじゃなさそうだわ。
「人前で歌うなんてやだよ」
「別に人前で歌うことなんてないわよ。一人で歌えばいいのよ」
わたしたちはそれを聴くだけ。
「わたしも歌いたくなっちゃったな」
本当に占い師からミュージシャンにジョブチェンジしそうな勢いね。
「キャロル。また新しい歌を作ってよ」
「別にマリカルが作ってもいいのよ。空が青いとか風が気持ちいいとか、感じたことを詞にして音に合わせたらいいんだからね」
娯楽が少ない時代。楽しみは自分で作り出さないとね。
「自分でか~」
「まあ、わたしも作るから自分でもやっみなよ。芸は身を助けるよ」
何かそんな言葉があったはず。よくわかんないけど。
また冬がやってきた。
時が過ぎるのは早いものよね。
今年は雪が少ないので、ただただ寒いだけ。お風呂に入るのも大変だわ。
「室内に作るんだたわ」
お風呂は外だから服を脱ぐのも辛い。スウェーデントーチをいくつか置いて入らないと心臓麻痺を起こしそうよ。
「それなのに民宿は大繁盛よね」
この寒い中、馬車に揺られてやって来る。なんか、お金持ちの間では結構有名になっているみたいよ。
「お嬢ちゃん、早いな」
職人さんたちのところにパンを届けに行くと、職人さんたちが食堂に集まっていた。
「皆さんこそどうしたんです? こんなに早く?」
今はまだ六時前くらい。職人さんたちも朝は早いけど、朝食は七時くらいからだ。まだそれぞれの部屋にいる頃だ。
「今度、お貴族様が来るそうでな、その準備をしなくちゃならんのだよ」
「貴族が? 庶民向けのところに?」
お金持ちが来るようなところとして造ったけど、貴族を受け入れるようには造ってない。よく許したわね? いや、貴族から言われて断れないでしょうが、その貴族もよく来ようと思ったこと。
「何でもコンミンド伯爵様の紹介らしい」
伯爵様の?
「じゃあ、同じ伯爵様なんですか?」
身分社会で紹介するくらいなんだから同等かそれ以上の人ってことだ。
「爵位は息子に譲ったお方らしいな。隠居したから旅がしたいんじゃないか? 貴族は隠居すると暇になるって聞いたことがあるからな」
まあ、隠居ってことは引退したんでしょうから仕事はなくなるもの。元気なら暇で仕方がないでしょうよ。
「ってことは、貸し切りになっちゃうのかな?」
まさか他のお客さんと一緒に、ってことはできないでしょうよ。
「そうだな。ご高齢な方でもあるから防寒対策を今からやっておくのさ」
ほーん。確かにご高齢な方ならこの寒さはキツいわね。
「散歩道も作ってはどうです? 暖かい日には外に出るかもしれませんしね」
寒い日は続いているけど、たまに暖かい日もあるものだ。そのときには外に出るんじゃないかしら? ずっと室内にいるのもキツいものでしょうからね。
「そうか。レンラさんに話しておくよ」
「はい。では」
食堂を出て家に戻り、職人さんに聞いたことを皆に話した。
「ここも発展したものだ」
ここに住んでいたティナからしたら感慨深いものがあるでしょうよ。
「キャロル。今日、山を下りて冒険者ギルドに行ってくるね。また探し物依頼を受けてくるよ」
自分の食い扶持は自分で稼いでくると、たまに山を下りて探し物依頼を受けているのだ。
占い師じゃなく探し屋と認識されているのがおもしろいわよね。
「ボクも行く。肉がいっぱいだし」
今年の秋は鹿がたくさん出て、村にも被害が出るほどだったみたい。今年はゴブリンやら鹿やら散々な年みたいだわ。
鹿肉で作ったソーセージや塩漬け肉が結構あるのよね。さすがに毎日は飽きたわ。たまには魚が食べたいわ~。
「魚がいる川ってないものかしらね?」
いるのはいるんだけど、泥臭い魚ばかり。清流とかある山に行かないとダメなのかしらね?
朝食を終えたらティナとマリカルは家を出て、わたしは山の中に作った訓練場で木刀を振った。
ただ振るだけの訓練でも体力は付く、と思ってやっているけど、二十分もしたら飽きてくるもの。最後はいつも松ぼっくりを打って遊んでいるわ。ナイスショット!
「わたし、ゴルフの才能あったりして?」
木刀の先で松ぼっくりを当てられるんだから凄いことじゃない? これを活かしたら武器って作れないかしら?
何てこと考えながらゴルフクラブを作っていると、食堂のおばちゃんがやって来た。
「ここにいたかい。レンラさんが捜してたよ」
「レンラさんが? 何かあったのかしら?」
用があれば昼か夜にでも声をかけてきていた。誰かを使って捜すなんて珍しいことだ。
とりあえず家に戻ると、ルーグさんも一緒にいた。
「どうしました?」
「ちょっと見てもらいものがありまして」
ルーグさんが抱えていた箱を近くの作業台に置き、中から二つ折りにされた板を出した。
……え? チェス……?
チェスはやったことはないけど、盤はアニメで観たことはある。将棋ではないことくらいわかる知識はあります。
「これは?」
チェスでない可能性もあるので顔には出さず尋ねた。
「ジェドという遊戯盤です。この駒を使います」
うん。これ、チェスだわ。この世界ではジェドって呼ばれてんの?
「こういうのがあるんですね。お城では見ませんでした」
この作りからして職人が丹精籠めて作ったものだ。かなりの値段になるでしょう。なら、庶民にはなかなか買えるものじゃない。貴族の遊戯でしょうよ。
「海の向こうの国から流れて来たものです。貴族の間でも流行ってきたそうです」
バッテリーを作った人ではない? この世界、結構転生者がいたりする?
「で、なぜわたしに?」
「ジェドの遊び方を覚えて欲しいのです」
ルールが書かれた紙を渡された。結構細かいのね。
「わたしも説明を読んでみたのですが、何となくしか理解できませんでした」
頭のいいルーグさんが理解出来ないとは。チェスってそんなに難しいものだっけ?
まあ、プロがいたくらいだから奥が深いんでしょうけど、動かし方くらいわかるものじゃないの?
「今度泊まりになるお方が好きだそうで、対戦出来る者を用意する必要があるんですよ」
「わたしにやれと?」
「いえ、遊び方を覚えて教えてくれれば助かります」
まあ、それならいっか。どんなものか興味あるしね。
「わかりました。覚えてみます」
さっそく説明書を読み始めた。
うん。ルーグさんが理解出来ないのも頷ける。
概念と言うか、馴染みのない人には理解できないところもあるわな。
駒の配置や動かし方は、まあ、わかるでしょう。特殊ルールを説明されるとちんぷんかんぷんになる。キャスリングとかわかり難いわよ。何でそうなるんだって話よね。
「チェックとチェックメイトってそういう意味だったのね」
漫画にはよく出て来てたけど、意味まで知らなかったわ。ほーん。
「よく出来たゲームよね」
考えた人凄いよ。確かに全世界で流行るわけだ。納得の完成度だわ。
大体の動かし方、ルールは理解したので駒を動かしてみた。
ふんふん。なるほどなるほど。確かに奥が深いわ、このゲーム。
「キャロルさん。わかりましたか?」
四日ほど経った頃、レンラさんがやって来た。
「まあ、大体は。貴族の方がおもしろいと思うのもわかります」
暮らしに余裕がある貴族でないと普及はしないでしょうけどね。てか、これを広めた人、何でトランプを先に広めなかったのかしら? そっちのほうが需要があると思うんだけどな~?
「レンラさんも覚えてみますか? ルーグさんが理解出来なかったのは説明書を書いた人があまりわかってなかったからでしょう」
まずは盤の向き、駒の説明、配置を教えたらレンラさんはすぐに覚えた。
特殊ルールの説明はとりあえず省き、駒の動かし方を一つ一つ教えていった。
やはり頭のいい人は理解力も高い。そして、頭脳戦にのめり込みやすい。真剣になりすぎて動きがわかりやすくなっているわ。
「この遊戯は頭脳戦であり心理戦でもありますね。レンラさんが考えていることが筒抜けです」
「……わたし、わかりやすかったですか……?」
「いえ、悪いと言っているわけじゃないですよ。遊びとやっているなら喜怒哀楽は必要だと思いますから」
「……どういうことでしょうか……?」
「レンラさんは賭けをしたことがありますか?」
「ピンコロなら」
ピンコロ? そんなものがあるんだ。言葉からしてサイコロかな?
「今は遊戯として楽しんでますが、いずれこのジェドも賭けの対象になるでしょうね」
アニメでそんなシーンがあった。この世界でも必ず賭け事となるでしょうよ。
「それは、まあ、仕方がないことでしょうね」
「そうですね。お金が動くことですから」
止めろと言ったところで止めたりはしないでしょう。自然の流れは止められないわ。
「だから先に制していたほうがいいですよ。決まりを作り、場所を作り、流れを作る。今ならバイバナル商会が牛耳られますよ。幸い、場所は確保されてましからね」
貴族が来るような場所がある。次に流れを作ればルールも決められるわ。今度来る人は地位の高い人なんだからね。
「……恐ろしい子です……」
何かそんなセリフを言った漫画があったような? 何だったかしら?
「紳士クラブ」
「はい?」
「ジェドを愛する方々の集まりを称したものです。話が進んだら名称が必要でしょう? そのときに提案してみるといいですよ」
この時代はまだ男性優位の社会だしね。紳士と名称したほうがいいでしょうよ。女性は女性で婦人会とかあるんだからね。
「……紳士クラブですか……」
「先を制するってそういうことだと思いますよ」
「…………」
レンラさんが黙っちゃった。どうしました?
「まあ、やるやらないはバイバナル商会が決めたらいいと思いますよ。わたしではどうにも出来ませんからね」
女で子供のわたしには紳士クラブをどうにか出来るわけでもない。男の人が決めて男の人が築いていかなくちゃならないからね。
「……話し合ってみるとしましょう……」
そう言って帰って行ってしまった。がんばってください。
わたしもジェドに飽きたので訓練場に向かってクラブを作り、打ちっぱなしで体をほぐした。
冬が本格的になった頃、例の貴族が馬車を列ねてやって来た。
馬車を見ただけで上位貴族ってのがわかる。伯爵以上って何だっけ? 公爵? 侯爵? まさか王族ってことはないわよね。いや、さすがにないか。それなら護衛の兵士とかもっと来そうだしね。
民宿の正面はわたしたちの家の向こう側なので、どんな人が来たかはわからない。まあ、わたしたちが関わることもなし。いつものように過ごす……ことは出来ませんでした。
「こちらは護衛騎士隊のロックダル様です」
なぜか偉い人を紹介されてしまった。
「キャロルと申します」
「ティナと申します」
「マ、マリカルです」
わたしとティナはお城で教わった上位者の挨拶をする。連れて来るなら先に言って欲しかったわ。
「なるほど。サーシャ嬢のお友達係をやっていたことはありますね」
「ありがとうございます」
何しに来たか教えてもらいたいのですけど。
「ロックダル様に周辺を案内してください。これから民宿はロックダル様の下に入りますので」
なるほど。そういうことか。
「わかりました。ロックダル様。ご案内させていただきます。マリカルは家をお願い」
教育を受けてないマリカルには酷でしょうからね。わたしとティナでやるとしましょうか。
ロックダル様の話からやって来たお貴族様は、上位伯爵様らしく、大臣まで登り詰めた人のようだ。
やっと子供にその地位を譲れたとかで、長年の疲れを癒しに夫婦揃ってやって来たそうだ。
……コンミンド伯爵様ってかなり強い伝手を持ってそうだ……。
「君は、かなり賢そうだね。度胸もある」
「そうですか? 無知なだけですよ」
「本当に無知な者は自分を無知など言ったりはしない」
なるほど。言われてみれば確かにそうね。こりゃ一本取られたわ。
「キャロ」
後ろにいたティナがわたしの前に出た。どうしたの?
「森に隠れているのはロックダル様の配下ですか?」
相変わらず気配を感じるのが凄いわよね。何でわかるのかしら? 何か不思議感覚でも搭載されてんのかしらね?
「ハァー。こんな少女に見抜かれるとは困ったものだ」
「ティナは特別だから気にしないでください」
固有魔法とは違う超感覚? 生まれ持った才能と張り合うなんて無駄だと思うわ。ティナはその感覚を愚直に鍛えているからね。勝てる人はそうはいないでしょうよ。
「森に潜むなら注意してくださいね。いろいろ罠を仕掛けてますから」
安心して夜を過ごせるように家の周りには罠を仕掛けた。ルルの結界もあるから無用に近付くと危険である。
「正面から入って来るのなら問題ありません。他の方にもお伝えください」
「罠を解くことは可能か?」
「五日もあれば。解きますか?」
「いや、そのままで構わない。わたしたちは敷地内に集中するとしよう」
「わかりました。森に入るときは声をかけてください。わたしかティナが案内しますので」
森に入る理由が何なのかは知らないけど、わたしかティナがいるなら問題はないわ。
「何と言うか、用意周到だな」
「子供が山で暮らすんです。用意周到にしなければ安心して暮らせませんよ」
「君らはなぜここに住んでいるのだ?」
「将来、冒険者になるための修行のためです。と言っても周りからは冒険者らしい修行をしているようには見えてないようですけどね」
わたしも冒険者になる修行してんの? って思うときはあるけどさ。
「そうか。小さい頃から将来を見据えるのは大切なことだが、無理するなよ。バイバナル商会は君を大切にしているようだからな」
「はい。ご忠告ありがとうございます」
バイバナル商会との繋がりもありそうだし、印象をよくしておかないとね。
ロックダル様とは家の前で別れた。
「ふー。貴族を迎えるって大変ね」
護衛騎士の人であれなら民宿はどうなっているのかしらね? レンラさんやマーシャさんは大変そうよね。お貴族様、それも上位伯爵様だった人を世話しなくちゃならないんだから。
「まあ、わたしたちはいつものとおりに過ごしますか」
何てことが出来るわけもなく、マーシャさんから応援をお願いされてしまった。
「マレイスカ様が民宿の周りを見たいそうなので案内して欲しいの」
「わたしが、ですか?」
ロックダル様には周辺の見取り図を渡してあるし、そう広い敷地でもない。案内なんていらないでしょう。
「ええ。お貴族様の相手を経験しているのはキャロルさんとティナさんしかいませんからね」
何か他の理由もありそうな感じはするけど、嫌だとは断れないのだから引き受けるしかない。
「わかりました。服はどうしますか?」
「そのままで構わないわ。マレイスカ様も堅苦しいことを嫌う方のようだから」
大臣まで登り詰めた人が堅苦しいことを嫌うものなんだ。破天荒な人なんだろうか?
「わたし一人ですか?」
「そうね。まずはキャロルさんでお願いします」
まあ、案内に二人もいらないか。どうせ護衛騎士も付くでしょうからね。
明日の朝、散歩をしたいと言うので、敷地内の掃除でもしておきましょうか。
歩く場所の枝を切ったり石を退けておいたりと、やれることはやっておき、朝を迎えた。
まだ陽が上がらないうちに起き出し、朝食の用意をしたら民宿に向かった。
民宿も民宿で朝が早い。料理人は五時くらいから動き出している。
「おはようございます。何か手伝いますか?」
「こっちは大丈夫だよ。マーシャさんのほうを頼む」
民宿は二十四時間体制なので、マーシャさんは朝を受け持っており、食堂で朝食の用意をしていた。
「おはようございます。側仕えの人はまだ起きてこないんですか?」
レンラさんの話では四人連れて来ているそうだ。
「ご夫婦が起きるちょっと前に起きるわ。民宿のことはわたしたちでやるからね」
確かにそうね。起きても仕事はないか。
食堂は夫婦しか使わないので手伝いすることもなし。掃除は朝食が終わってからなので、時間まで休憩室で待ち、ロックダル様が入って来た。
「おはようございます。何か飲みますか?」
「ああ、紅茶を頼む」
休憩室にはお茶の道具が揃っているので紅茶を淹れてあげた。
「ロックダル様も朝が早いのですね」
「いや、これでもゆっくり起きたほうだ。旅の間は朝も昼も関係なかったからな。少し気が抜けて困っているところだ」
まあ、護衛しなくちゃならないしね。気を抜くことは出来なかったでしょうよ。
「護衛も大変なんですね」
「なに、役得なときもある。今回は特にな。食事も美味く、風呂にも入れる。護衛を引き受けてよかったよ」
まだ一日も過ぎてないのに表情が柔らかくなっている。確かに気が抜けてるっぽいわ。
マレイスカ様は六十過ぎの白髪のおじいちゃんだった。
第一印象は柔和なおじいちゃん。けど、目が鋭さが一瞬で印象を変えさせた。この人、バケモノだ……。
「この子がウワサの神童か」
神童? わたしが? なんじゃそりゃ?
「はい。本人は至って普通の子供だと思っておりますが」
とはレンラさん。レンラさんもわたしのこと神童とか思ってたの!?
「なるほど。そのようだな」
どうやら顔に出たようだ。マレイスカ様が可笑しそうに表情を緩めていた。
身分の高い人がいるので反論はせず、やり取りはすべてレンラさんに任せている。
「サーシャ嬢の異才はこの子が原因か」
「正しくは、キャロルさんに感化された、でしょう。キャロルさんは、人と考えることが一段、いえ、二段くらい違っておりますから」
レンラさん、貴族と話すの慣れてない? 昔、貴族でも相手してたのかしら? マレイスカ様も自然に相手してるし。
「それにしては場を弁えておるな」
「見極めているのです。キャロルさんは、観察眼もありますから」
ヤダ。わたしのこと理解しすぎです。
「ふふ。それは下手なことを言えんな」
「キャロルさんは、それも考慮しております。しゃべらないことが雄弁に語っていると言われたことがありますから」
え? わたし、そんなこと言ったっけ? まったく記憶にないんですけど。
「ほー。それは恐ろしいな」
「はい。キャロルさんにはウソはつけません」
別に必要ならウソをついてもいいとわたしは思いますよ。正直がいいってこともないんだしさ。
「今さらだが、わたしはマレイスカ・ルズ・ロクラックだ。隠居した身だ。そう畏まらなくともよいぞ」
漫画で読んだ。無礼講と言いつつ無礼にしたら怒られるヤツだ。
「キャロルと申します。よろしくお願い致します」
上位に対する礼を忘れず名を告げた。
「では、案内を頼む」
どうすんじゃ、これ? とは思ったけど、とりあえず外に出ることにした。
「マレイスカ様は、日頃から歩いておりますか?」
「いや、内務が多かったので碌に運動はしておらんよ」
痩せてはいるけど、そこまで病的な細さではない。でも、何か姿勢が悪いな。
「少し失礼します」
地面に足で一本線を五メートルくらい描いた。
「マレイスカ様。この線を目を閉じて歩いてもらえますか?」
「これは?」
「体幹を見るものです」
「たいかん?」
「年齢による衰えや姿勢が悪かったりすると、体の感覚や筋肉が劣るんです」
カカシ立ちしてみせた。
「マレイスカ様、これで立っていられますか?」
「ど、どうだろうな?」
そう言ってやってみると、二秒も姿勢を保っていられなかった。
「やっぱり体幹が弱っていますね。悪くなると体の臓器も衰えてくるので無理しない程度に体を動かすのがよろしいかと」
一本線を目を閉じて歩いてみたけど、やはり一メートルとしてまっすぐ歩けなかった。
「……これほどだとは……」
「これから運動をすれば問題ないかと思います」
この時代で五十歳を越えるのは大変だけど、貴族ならいいものを食べ、医療も受けられるはず。あとは運動すれば長生きは出来るでしょうよ。
「そ、そうか。これから運動するとしよう」
「では、歩きながら敷地内を案内します」
ロックダル様を案内した道順でマレイスカ様を案内して行った。
「山の中もいいものだな」
「王都に緑はないのですか?」
まったく相手しないのも失礼なので軽い質問をしてみた。
「多少はあるが、これぼと緑の臭いが充満するところは初めてだ」
都会暮らしだったのか。それでいきなり田舎に来るってのも極端よね。何かあったのかしら?
「ここは?」
「わたしの訓練場です。わたし、体も小さく体力もないのでここで鍛えているんです」
作業場ではないのであしからず。
「ん? これは?」
道具を入れていた作り掛けのゴルフクラブを発見したマレイスカ様が不思議そうに手に取った。
「玉飛ばしの道具です」
松ぼっくりを置いて、ゴルフクラブで打ってみせた。
「おー」
ナイスショットにマレイスカ様が感嘆の声を上げた。
「おもしろそうだな。やらせてくれ」
やっぱり男の人にはおもしろいものに見えるんだ。世のおじさんがゴルフに夢中になるのもこんな理由からなんだろうか?
松ぼっくりを置き、もう一度手本を見せた。
「うーん。上手く飛ばんな」
「マレイスカ様の利き手はどちらですか?」
「左だ」
だからか。わたしは右手だから左手の人が使ったら上手くもいかないか。握り方も違ってくるよ。
急いで左手用のを削り、握り方を変えさせた──ら、上手く飛んでくれた。
「おもしろい!」
ただ、松ぼっくりを打って飛ばしているだけなんだけどね。
「もうお仕舞いか?」
さすがに何十個も集めてないのであっと言う間になくなってしまった。
「申し訳ありません。明日までに松ぼっくりを集めておきます」
「そうか。これ、借りてよいか? 朝食後に練習したい」
「はい。もっとよいものも用意しておきます」
急造のゴルフクラブだしね。もうちょっとマシなものを作るとしましょう。
「これに名前はあるのか?」
「特にありません。よろしかったらマレイスカ様が名付けてください」
ゴルフと言っても意味は? とか問われても答えられないしね。名付けてもらったほうが他から文句も言われないでしょう。
「わたしが名付けるのか。よし。マラッカと名付けよう。マレイスカは空と言う意味がある。ライカの実を合わせてマラッカだ」
あ、この松ぼっくり、ライカっていうんだ。知らんかったわ。