わたしは生まれつき難病を抱え、六歳から十五歳まで病室で過ごしていた。
そこに幸せはなく、ただ、生かされているだけの毎日。それでも両親はわたしを愛してくれ、いろんなものを与えてくれた。
小説や漫画が死の恐怖を紛らわしてくれたけど、十五歳を迎えた頃から読む気力もなくなり、どきどき意識が飛び始めた。
……あぁ、わたしは死ぬんだな……。
もう恐怖はなかった。ただ、自分の人生って何なんだっただろうと考えるばかりだった。
お父さん。お母さん。こんなわたしでごめんなさいね。もっと早く死んでいたら妹か弟が産めただろうに。無駄に生きてしまってごめんなさい。わたしが死んだら新しい命を産んでください。どうか幸せになってください。
なんて、力がある前に言いたかった。
もう眠っているのか夢を見ているのかもわからない。ただ、自分が薄くなっていくのだけはわかった。
………………。
…………。
……。
「──キャロ! もう朝よ。さっさと起きなさい!」
布団を捲られ、お母ちゃんに無理矢理起こされてしまった。
え? キャロ? お母ちゃん? わたしは……あれ? キャロルだ。でも、わたしの名前は……あれ? キャロルだわ。ど、どういうことよっ!?
「なに寝ぼけてるの。さっさ顔を洗う。もう十歳なんだから一人で出来るようになりなさい」
お母ちゃんに部屋を追いやられ、外に向かった。
ここらわたしの家。お母ちゃんはローザ。お父ちゃんはガロス。あんちゃんはマグス。そして、わたしはキャロル。十歳の女の子だ。
これまでの記憶があるのに、何かもう一人の記憶があった。
その女の子は病気で、いつもベッドに寝ていた。両親が持ってきてくれる小説や漫画を読んでいた。
他にも記憶はあるけど、とても薄い。集中しないと思い出せないほどだった。
「キャロ、おはよう」
外に出ると、あんちゃんが馬にブラシをかけていた。
あんちゃんはマグス。十五歳で荷馬業を営んでいる。
江戸時代? と頭の中に浮かんだが、あんちゃんが着ているものは革のスボンに布のシャツ。そして革のベスト。中世的な感じだった。
「何だ、まだ寝ぼけてんのか? だから早く寝ろって言ったのに、いつまでも縫い物しているからだぞ。ほら、顔を洗ってこい」
ブラシで頭をゴシゴシされてしまった。
「ん? 今日は怒らないんだな」
そうだ。わたしはいつも怒っていたっけ。あんちゃんのバカって。まるで他人事。わたしのことなのに……。
「大丈夫か? 風邪でも引いたか?」
「う、ううん。大丈夫。顔洗ってくる!」
急いで井戸に向かい、水を汲んで顔を洗った。
「……夢でもなければ寝ぼけているわけでもなさそうね……」
毎日見ている小さな手。キャロルの手だ。
「……やっぱり、転生なの……?」
わたしの中にもう一人の記憶がある。名前は……わからないけど、病気で死んだ女の子の記憶があるのだ。
頭がごちゃごちゃして上手く考えが纏まらない。病気で死んだ女の子の記憶に引っ張られていくよ……。
まう一度顔を洗い、記憶を落ち着かせた。
「タオルは……これか」
井戸の横に掛けられた汚れた布。これで顔を拭いていたっけ。はぁー。
病気で死んだ──前世の記憶が抵抗を示すが、キャロルはまったく気にしない。汚れた布で顔を拭いた。
「……よくこれで病気にならないわよね……」
キャロルが丈夫なのか、このくらいで病気にならない時代なのか、どっちにしても嫌な答えよね。前世の記憶が勝ったら嫌な生活になりそうだわ……。
歯は木の枝を石で潰して柔らかくしたもので磨くようで、前世のわたしなら口の中が真っ赤になっていたでしょうよ。
「お風呂もなしか」
まあ、前世でもお風呂なんて入れることなんてなかった。看護助手さんかお母さんに拭いてもらってたしね。なくても……よくはないわね。何だか垢が溜まってそうな肌の色だわ。
「キャロ! いつまで顔を洗ってんだい! 朝食にするよ!」
「はぁーい! 今行くー!」
転生したうんぬんを考えるのは後だ。まずは朝食だ──と、キャロルが急かしていた。
家に戻ると、皆が揃っており、テーブルには煮た芋とちょっとしか野菜が入ってない塩のスープ。いつもの朝食だった。
……久しぶりの固形食だわ……。
前世のわたしは点滴で栄養を摂っていた。固形食を食べたのなんて記憶にもないわ。
芋は煮ただけのもので、スープは薄い塩味。キャロルは物足りない感情が支配しているけど、前世のわたしは感動していた。食べるってこういうことなのね。とっても美味しいわ!
「キャロ。泣いたってそれ以上はないからな」
どうやら食いしん坊なキャロルが少なくて泣いていると思われているようだけど、これは感動の涙だ。固形食がこんなに美味しいものだとは思わなかったわ。
あっと言う間に食べてしまった。けど、わたしは大満足。お腹が膨れるってこんな感じだったのね。
「ご馳走さまでした!」
なんて言ったこともないのに、自然と口から出てしまった。
「何だ、ごちそうさまって?」
「何かの呪文か?」
え? ご馳走さまを知らないの? あ、食べるときも「いただきます」を言わなかったわね。
「お腹いっぱいになる呪文だよ! わたしが考えたの!」
いけないいけない。変な子だと思われちゃう。キャロルと前世の記憶が落ち着くまではキャロルとして過ごさないとね。
そこに幸せはなく、ただ、生かされているだけの毎日。それでも両親はわたしを愛してくれ、いろんなものを与えてくれた。
小説や漫画が死の恐怖を紛らわしてくれたけど、十五歳を迎えた頃から読む気力もなくなり、どきどき意識が飛び始めた。
……あぁ、わたしは死ぬんだな……。
もう恐怖はなかった。ただ、自分の人生って何なんだっただろうと考えるばかりだった。
お父さん。お母さん。こんなわたしでごめんなさいね。もっと早く死んでいたら妹か弟が産めただろうに。無駄に生きてしまってごめんなさい。わたしが死んだら新しい命を産んでください。どうか幸せになってください。
なんて、力がある前に言いたかった。
もう眠っているのか夢を見ているのかもわからない。ただ、自分が薄くなっていくのだけはわかった。
………………。
…………。
……。
「──キャロ! もう朝よ。さっさと起きなさい!」
布団を捲られ、お母ちゃんに無理矢理起こされてしまった。
え? キャロ? お母ちゃん? わたしは……あれ? キャロルだ。でも、わたしの名前は……あれ? キャロルだわ。ど、どういうことよっ!?
「なに寝ぼけてるの。さっさ顔を洗う。もう十歳なんだから一人で出来るようになりなさい」
お母ちゃんに部屋を追いやられ、外に向かった。
ここらわたしの家。お母ちゃんはローザ。お父ちゃんはガロス。あんちゃんはマグス。そして、わたしはキャロル。十歳の女の子だ。
これまでの記憶があるのに、何かもう一人の記憶があった。
その女の子は病気で、いつもベッドに寝ていた。両親が持ってきてくれる小説や漫画を読んでいた。
他にも記憶はあるけど、とても薄い。集中しないと思い出せないほどだった。
「キャロ、おはよう」
外に出ると、あんちゃんが馬にブラシをかけていた。
あんちゃんはマグス。十五歳で荷馬業を営んでいる。
江戸時代? と頭の中に浮かんだが、あんちゃんが着ているものは革のスボンに布のシャツ。そして革のベスト。中世的な感じだった。
「何だ、まだ寝ぼけてんのか? だから早く寝ろって言ったのに、いつまでも縫い物しているからだぞ。ほら、顔を洗ってこい」
ブラシで頭をゴシゴシされてしまった。
「ん? 今日は怒らないんだな」
そうだ。わたしはいつも怒っていたっけ。あんちゃんのバカって。まるで他人事。わたしのことなのに……。
「大丈夫か? 風邪でも引いたか?」
「う、ううん。大丈夫。顔洗ってくる!」
急いで井戸に向かい、水を汲んで顔を洗った。
「……夢でもなければ寝ぼけているわけでもなさそうね……」
毎日見ている小さな手。キャロルの手だ。
「……やっぱり、転生なの……?」
わたしの中にもう一人の記憶がある。名前は……わからないけど、病気で死んだ女の子の記憶があるのだ。
頭がごちゃごちゃして上手く考えが纏まらない。病気で死んだ女の子の記憶に引っ張られていくよ……。
まう一度顔を洗い、記憶を落ち着かせた。
「タオルは……これか」
井戸の横に掛けられた汚れた布。これで顔を拭いていたっけ。はぁー。
病気で死んだ──前世の記憶が抵抗を示すが、キャロルはまったく気にしない。汚れた布で顔を拭いた。
「……よくこれで病気にならないわよね……」
キャロルが丈夫なのか、このくらいで病気にならない時代なのか、どっちにしても嫌な答えよね。前世の記憶が勝ったら嫌な生活になりそうだわ……。
歯は木の枝を石で潰して柔らかくしたもので磨くようで、前世のわたしなら口の中が真っ赤になっていたでしょうよ。
「お風呂もなしか」
まあ、前世でもお風呂なんて入れることなんてなかった。看護助手さんかお母さんに拭いてもらってたしね。なくても……よくはないわね。何だか垢が溜まってそうな肌の色だわ。
「キャロ! いつまで顔を洗ってんだい! 朝食にするよ!」
「はぁーい! 今行くー!」
転生したうんぬんを考えるのは後だ。まずは朝食だ──と、キャロルが急かしていた。
家に戻ると、皆が揃っており、テーブルには煮た芋とちょっとしか野菜が入ってない塩のスープ。いつもの朝食だった。
……久しぶりの固形食だわ……。
前世のわたしは点滴で栄養を摂っていた。固形食を食べたのなんて記憶にもないわ。
芋は煮ただけのもので、スープは薄い塩味。キャロルは物足りない感情が支配しているけど、前世のわたしは感動していた。食べるってこういうことなのね。とっても美味しいわ!
「キャロ。泣いたってそれ以上はないからな」
どうやら食いしん坊なキャロルが少なくて泣いていると思われているようだけど、これは感動の涙だ。固形食がこんなに美味しいものだとは思わなかったわ。
あっと言う間に食べてしまった。けど、わたしは大満足。お腹が膨れるってこんな感じだったのね。
「ご馳走さまでした!」
なんて言ったこともないのに、自然と口から出てしまった。
「何だ、ごちそうさまって?」
「何かの呪文か?」
え? ご馳走さまを知らないの? あ、食べるときも「いただきます」を言わなかったわね。
「お腹いっぱいになる呪文だよ! わたしが考えたの!」
いけないいけない。変な子だと思われちゃう。キャロルと前世の記憶が落ち着くまではキャロルとして過ごさないとね。