透真くんが亡くなってからは、星絆はさらに病室を訪れるようになった。



 そして今日も。



 「私にできることはない?」



 星絆が突然そんなことを言った。



 なんとなく星絆には夢見病と無縁の生活を送ってほしいとばかり願っていたから、星絆には頼れずにいた。



 「今は大丈夫かな」



 星絆は心配そうに私を見た。



「私ね、蒼来が私に夢見病と無縁の生活を送ってほしいって思ってるって気づいてた。でもね、蒼来に頼られたい人、結構いると思う」



「頼られたい人?」




「実際ここにもいるわけだし。まぁ、お父さんもそうだと思うよ。最近、揉めたんでしょ?」


まさか、星絆に気づかれているとは思わなかった。 


「気づいてたんだ」


「気づいたも何も、私がお見舞いに来るたびに廊下で電話してるお父さんの姿がないんだもん」 

「電話、してたの?」


電話と聞いて私の頭は混乱する。


そんな父の姿を、私は見たことがなかった。 


「してたよ。電話なのにずっと頭を下げてた。夢見病の治療法、ずっと探したんじゃないかな?」


 まだ諦めていなかったんだ。


 私が学校をやめると言った日に、生きることは諦めないと言ったから。


「ねぇ、お父さん見た?」


「さっき走って駐車場の方に向かってたよ」


「そっか」


「電話、してみたら?」


「うん」

 私が電話をしようとしたタイミングで、父から電話がかかってきた。 


「今、体調はいいか?」


「う、うん」


 息を切らしているのが電話口からもわかる。


 弾んだような声もする。


「今から向かう。部屋で待ってて」


 用件を話し終えると父はすぐに電話を切った。


「お父さん、今から来るって?」 


「うん」
 

「じゃあ私は帰るね」


「もうちょっといてよ」


「ううん、また来る。ちゃんと仲直りするんだよ?」


 星絆はそう言って颯爽と病室を出た。


 入れ替わりで、父が現れる。


 息が切れていて苦しそうだけれど、幸せそうでもあった。


 父の手にはタッパがあった。


「フレンチトースト買えたぞ!」


「これ、」


 風のうわさで聞いていたフレンチトーストが有名な店の……。


「なかなか手に入らなくて困っていたんだ」


 もしかして星絆の言う頭を下げていたって言うのは……。


 というのも思ったけど、それも愛らしい気がした。


 きっと、星絆が見たのは治療法を探していた父で間違いなかった。


 きっと、そうだ。


「出来立てだよ、一緒に食べないか?」


「うん。その前に、言いたいことがあるの。この間はごめんね」


「俺こそごめん」


 無事に仲直りできたところで、フレンチトーストを頬張った。


 まだ温かく、出来立てほどではないけれど、これがちょうどいい。


 温もりに浸りながら、また今日を生き切った。