「ねぇ、やっぱり蒼来にはこれが似合うと思うんだよね」
デパートの地下で星絆がファッションセンスのない私に服を選んでくれている。
病院や家にいることが多かった私はパーカーとジーパンさえ持っていれば生きていけると思っていた人間だった。
たまにするお洒落は、全て星絆から教えてもらっていることばかりで、上から下までを自分で組み合わせるのは苦手だ。
それに、普段外出しない人間にとってはデパートに来るだけで体力を使い切る。
加えてパーカーを着た人間なんて稀なのか、周囲の視線が痛い。
星絆には申し訳ないが今すぐにでも帰りたい気分だ。
「やっぱり蒼来はカジュアル系が似合うと思うんだよね」
「このカーディガンも似合っているしスウェットもいいよね」
星絆は私の顔色を窺うことなく、私に話す隙を与えないとでも言うようなテンポで似合いそうな服を探しに行っては戻ってきて私にあてて感想を言っていた。
「あ、でもやっぱりこれかな」
そう言って持ってきたのはミントグリーンのスラックスパンツとニットベストとTシャツのセットだ。
私の着る普段の服とはかけ離れたそれに距離を感じる。
ミントグリーンなんてわざわざ英語にしなくても、とそんなことを思ってしまう。
私にとって、この場所は異空間だった。
「絶対似合うから一度着てみてよ」
星絆はそう言うと店員に許可を取り、私を試着室まで連れていく。
ここまで来るといよいよ引き下がれなくなった私は投げやりな気持ちで試着をした。
これが流行りなのか、と着替えて後ろの鏡を見ると、別人にでもなったかのように思えた。
似合わないと思っていたあの色が案外似合っている。
それにしても、身体のラインが強調されて恥ずかしい。
新鮮だけどやっぱり私には似合わないや。
それが感想だった。
「どう?着られた?」
星絆に急かされて試着室の扉を開けると、店員と声をそろえて、似合っているよ、と言った。
これが所謂お世辞というものなのだろう。
照れるというよりもお世辞を言われている自分が恥ずかしく思えてきた。
「そう?いつもの私じゃないみたい」
「たまにはそんな日もあっていいじゃん、ギャップ萌えっていう言葉もあるわけだし」
私の意見を聞き入れようとはせず、星絆はこの組み合わせを絶賛する。
「恥ずかしいよ、着替えて来るね」
星絆の、えー、と寂しそうに言う声を聞きながらもあえて反応はせず、すぐに着替えた。
値札を見ると、値札に割引価格が表示されてあるとはいえ、2着を合わせると一万五千円を優に超えていた。
流石にこの値段には手を出せない。
残念だが大金を使ってまでギャップ萌えを狙おうとは思えなかった。
そもそもギャップを見せる相手なんていないけど。
「受け取りますよ」
着替えを終えて元に戻そうとしたところを店員に声を掛けられ、そのまま商品を渡す。
面倒な掛ける作業が省けた。
あれをしたくなくていつも自分に合わせることも躊躇っているから有難い。
そう思って迷うことなく渡した。
すると、その店員はそのままレジに持っていき、会計を始めた。
「あの、その商品はまた検討させてください」
慌てて駆け寄りそう言うも店員は会計を止めようとしなかった。
悪徳商法かと思い、星絆を見るも彼女は冷静にそれを見て、私に視線をやった。
「これ、私からのプレゼント」
星絆はそう言い、歯を見せてにこりと笑った。
「えっ……でも……」
私が続きを言おうとすると、私の口の前に手を持ってきて、何を気にしているの、と言った。
プレゼントにしてはあまりにも高価な洋服であるために申し訳ない。
一方の星絆は、私を気にすることなく会計を終えると、服の入った紙袋を私に渡した。
「約束していたでしょ?服を買いに行くって。遅くなってごめんね」
星絆はそう言って少し先を歩いた。
私も慌てて後を追う。
大きな一歩を積み重ねながら。