週末の昼過ぎに車を走らせること1時間。
今日は父と隣県のキャンプ場に来ていた。
先日はピクニックと言っていたからてっきり日帰りだと思っていたが、1泊2日だったし、まさかのグランピングに驚きを隠せなかった。
流行りに疎い父が私のために調べてくれたのだと思うと、そんな父を微笑ましく思った。
そう言う私も流行りに疎いために名前しか知らなかったのだけど。
父が最後の思い出作りとして立てたであろう計画。
私にはこの計画を潰さないようにしなければならない。
そして、精一杯楽しまなければならない。
受付を済ませ、今日宿泊するキャビンまで向かいながらそんなことを考える。
「着いたよ」
そこには、プレハブのような一面藍色の壁で大きな窓が複数あるだけの無骨な外装のキャビンがあった。
見るからに高価で2人には勿体ないとさえ思う大きさだ。
それに驚きを隠せないまま、父に続いて室内に入った。
目の前には四人掛けのソファや壁掛けテレビがある。
窓からはバーベキューグリルが見え、豪華なウッドテラスも見えた。
現実離れしたその場所に少し落ち着かない。
だが、興奮して子供のようにはしゃぐ父の姿を見ていたら、自然と私まで楽しみの気持ちが勝る。
そう思うと改めて、ここに母も含めて三人で来たかったな、と思った。
今それを望んだところで不可能な話だけれど。
「蒼来、L字型のキッチンもあるぞ」
父は興奮気味に言う。
「そうだね」
私はそう言って笑って見せた。
何より父の幸せに出会えたことが嬉しかった。
きっと、この先この笑顔を見ることは無いだろうし、益々迷惑をかけるようになるだろう。
そう思うと、この時間を噛みしめておきたい、との気持ちばかりが湧いてきた。
「蒼来、何か飲むか?」
「うん。私がするからお父さんは座っていて」
私は置いてあったスティック飲料のミルクティーを作った。
私がミルクティーを作りながら考え事をしている間、父はソファに座って、キッチンに立つ私を心配してじっと見ていた。
それが気になって仕方がなかったが、あえて気付いていないふりをした。
過保護なのか病気が心配なのか、おそらく両者だと思うが、父の優しさゆえの行動に嫌な気はしなかった。
「はい、ちょうどいいかは分からないけど」
そう言ってミルクティーを父に渡す。
少し照れ臭くなってそう言った後、向かい合っている状態から逃げるように隣に座った。
「ありがとう」
「いえいえ」
「蒼来も大人になったんだな」
「このくらい昔から出来ていたよ」
「そっか、そうだよな」
突然父がそう言うものだから私もどう返していいのか分からず、平凡な返ししか出来なかった。
改めて考えてみれば、父が言いたいことはなんとなくわかるような気がする。
私はこれから出来ないことが日に日に増えていくことになる。
ミルクティーを作ることも、自分で飲むことさえも。
そんなことを考えたくはなかったが、いずれ訪れる話だから受け入れなければならないと思うと複雑な気持ちになってふと考えてしまった。
「ちょっと休んでくるね」
夕食はウッドテラスでバーベキューらしく、それに備えて一度身体を休めておきたくて、ひとり寝室に向かった。
シングルベッドがふたつ、隙間なく並んでいた。
私は奥の方に横になり、布団をかけると静かに目を瞑った。
全くと言っていいほどに眠気はなかったが、先に睡眠をとることで夜に症状が出ることを避ける狙いだった。
こういう時に限って寝られないんだよね、とそっと呟く。
枕に顔を埋めて大きく息を吐いた。
今日と明日くらいは無理に笑ってでも暗いことを考えないでいようと思っていたが、それは私には不可能だった。