その数日後、定期健診のために病院に来ていた私は診察も終え、父が医師と話している間に会計前のソファに座って待っていた。


 すると、透真くんのお姉さんらしき人が近くに座っていた。


 女性は見るからに肩を落とし、大きなため息をついていた。


 もし、今後、透真くんの意識が朦朧として、彼がお姉さんと仲直りをする前に終わりを迎えることになると、私まで後悔するような気がして動こうと決めた。


 お節介だと思われようがどうだっていい。


 自分も終わりが近いからかついに吹っ切れた。


 「あの、葉月透真くんのお姉さんですか?」


 「はい、そうです。透真の姉の早紀です」


 その女性は私を見て動揺を隠せないでいる。


 そこで自分が名乗っていないことに気付いた私は慌てて、クラスメイトの東屋蒼来です、と名前を言った。


 「透真からたまに話を聞いています。いつもありがとうございます」


 「いえ」


 話しかけたはいいものの言葉に詰まり、上手く話せない。


 「何かありましたか?」


 私が聞くのは少し上から目線のような気もして躊躇ったが、こんなことで躓いては先に進めない。


 無理矢理自分を鼓舞しながらも続けた。


 初対面の人に突然悩みを打ち明けるなんて高難度だ。


 当然のように早紀さんも、大丈夫です、と言った。


 でも、このままでは一向に2人は仲直りすることが出来ない。


 そう思った私は思い切って、透真くんから話は聞いています、と言った。


 すると、早紀さんは、そうだったんですね、と言ってゆっくりとこれまでのことを話してくれた。

 どうやら、早紀さんは頻繁に透真くんの様子を見に来ているらしい。


 だが、透真くんに来ないでほしいと言われてからは、隠れるようにして見ていたようで、本当の体調はどうなのかが分からずにいた。


 早紀さんはその話の後も続けて話そうとしてくれていて、そこで、話が長くなりそうだと察した私は、彼女と透真くんが鉢合わせてはいけないと思い、父に先に車に戻ってもらうように連絡し、彼女と中庭に移動した。


 中庭には濃緑の木が中央に植えられていて、それは私たちを温かく迎えてくれた。


 「透真は元気ですか?」


 「元気ですよ」


 「なら良かった……」


 「あの、早紀さんはもう透真くんとこのままの関係でいいんですか?」


 我ながら酷いことを言ったと思う。


 このことは一番早紀さんが悩んでいて、自分の思いよりも透真くんのことを考えて、優先しているからこそ、行動に移せないでいるのだと、ある程度の予想はついていた。


 それに、ただのクラスメイトという分際で全てを分かっているかのような物言いの私には早紀さんも頭に来ただろう。


 「いえ。でも、透真の負担にはなりたくなくて」

 私は強く言われることを覚悟していたが、早紀さんは冷静にそう言った。


 「そうですか」


 これには私も何も言えなくなる。


 どういえば説得できるのか、やはり私には分からない。


 でも、ここで引き下がるわけにもいかない。


 どうにかして、2人に話し合うように言っておきたい。


 いつの間にか、この問題が自分の問題のように思えてきた。


 「透真は優しいから、これは本意ではないと分かっているんです。だけど、どうも会うのは違う気がして」


 「あの、これはあくまでも私の意見ですけど、透真くんは早紀さんを待っていると思います。確証はないけど、面会が途絶えてからは空元気のような気がするんです。それはおそらく早紀さんへの言動に悩んでいるからだと思うんです。だから、気が向いたらでいいので会いに行ってあげてください」


 私は無意識のうちにそう言っていたらしく、ふと我に返ると、隣には小さな涙を幾つも流していた早紀さんがいた。


 「すみません、私が言える立場ではないですよね」


 慌てて謝る。


 第三者の私が早紀さんに口出しをした形になってしまっていた。


 私が透真くんのことを語ることのできる立場ではないのにもかかわらず。


 「いえ、そう言って貰えて私も勇気が出ました。ありがとうございます」


 彼女はそう言うと、何かを思い出したかのように慌てて私に背を向けてどこかへ速足で向かった。


 その、どこか、は私には分かるような気がした。


 そして、早紀さんの力になれて心の底から喜びがあふれた。


 病気になってから、ありがとう、をあまり聞いてこなかった。

 きっと、私が病気になってから、いつも私が誰かの負担になってばかりで、誰かのために、とか、感謝されるということさえも忘れていたのだろう。


 そして、ごめん、を言い過ぎてきたのもあると思う。


 そんな自分に今になって気づき、自分の人生の寂しさを感じると同時に、それを気付かせてくれるきっかけの透真くんには、頭が上がらなかった。