それから少しして力が入るようになったのか、透真くんの病室にあった車椅子を持ってくると、彼は自力でそれに乗り、ベッドまで戻った。
一時的に力が抜けるというのも夢見病の代表的な症状のひとつだ。
研究では、この時間は夢に身体を乗っ取られかけている状態で、どうやらこの症状は病気の進行とともに増えていくらしい。
なんて、詳しいことは何もわかっていないんだけど。
「ごめん」
ベッドに仰向けになると透真くんはすぐにそう言った。
私は初めて透真くんの弱った姿を見た衝撃でこれが現実ではないような気がした。
透真くんの家や病院に何度かお見舞いに行っているが、その時もこんなに弱った様子の透真くんは見なかった。
それもあってか、透真くんが夢見病だということを忘れかけていたのかもしれない。
「俺、持ってあと一か月なんだ」
透真くんの発言にこれは夢だと自分に言い聞かせる。
夢見病が、都合の良い時だけ夢を見られる病気ならいいのに、と思った。
「本当だよ」
信じられない、といった顔で透真くんを見ていた私に透真くんは付け加えた。
もって1か月……?
「こんなの突然言われても迷惑だよな」
透真くんは隠すように笑って言った。
「迷惑じゃないよ」
咄嗟に言ったのはその一言で、正直この発言が正解だったのかは私には分からない。
ただ、そんなことを考えられるほどの冷静さは私にはなかった。
夏休み中は透真くんの方が元気そうだったし、それも踏まえるとあまりにも信じがたい話だった。
とはいえこれが嘘とは到底思えず、受け入れられなくても信じるしかなかった。
「俺、家族に当たってばかりなんだ。今日もまた姉ちゃんにきついことを言った。つい思ってもいない事を言ってしまうんだよな」
透真くんの発言を聞いて、廊下ですれ違ったあの女性が、透真くんの姉だと理解する。
彼の発言が本望ではないことくらい、お姉さんは分かっているだろうし、それでもその言葉通り本当にお見舞いに来なくなるのだろうかと考えると自分のことのように切なくてたまらない。
透真くんがどうしたいのか私には分かるはずもないが、喧嘩したまま最期を迎えることはだけは避けたいと思っているだろう。
仲直りのために、私が出来ることはないか、と考えてみる。
透真くんのお姉さんの連絡先は知らないし、葉月家の問題に第三者の私が土足で踏み込むこともできるはずがない。
そんな状況を踏まえた上で頭を抱えたが、良い案は思い浮かばず、最終的には透真くんの話の聞き手に徹するだけだった。
「だから、もし蒼来にまできついこと言っていたらごめん。その時はすぐに俺から距離を取ってくれないか?」
透真くんは俯いて言った。
「何を言ってるの、離れられるわけがないよ」
間を置くことなくそう言った。
今まで前向きだった透真くんが弱音を吐きだすものだからどう返していいものかが分からない。
彼は相当ショックを受けているのだと思う。
それに、あまりにも急な出来事に彼自身がまだ自分の状況を受け入れられていないのだろう。
私はただ話を聞いて前向きな言葉をかけることしか出来なかった。
そうはいっても私が発するひとつひとつの言葉で透真くんを傷つけないかばかり気にしていたから力に慣れた保証はない。
それでも帰り際に透真くんは私に何度も、ありがとう、と言ってまた涙を流してくれた。
この時、初めて透真くんが私に心を開いてくれたような気がして、自然と幸せに包まれた。