今日もまたお見舞いに行く。
このことを透真くんはどう思っているか分からないが、これは私の自己満足に過ぎない。
それは分かっていたけれど、どうしても気になって仕方がなかった。
お見舞いには何を持っていこうか。
昨日は手ぶらだったからそれは少し失礼な気がして、持っていくお見舞いの品のことを考えながら病院行きのバスに揺られる。
終点が病院だったが、お見舞いの品を買うためにひとつ前のバス停で降りた。
車内には病院に用事のある人ばかりが残ったためか、薄暗い空気が漂っていた。
私自身何度もバスで通院しているが未だにこの空気には慣れないし、通院ではないのにこの空気の中にいると気が滅入ってしまいそうだ。
全員が全員患者ではないとはいえ、この空気に慣れる前にきっと私がこの空気を創り出す側の人間になるだろう。
いや、既にそちら側の人間だと言われれば否定できないが。
そんなことを考えながら歩いた。
私が向かったのは小さな商店街で、そこには花屋や小さなスーパー、本屋などの店がある。
何かしらいいものがあるだろう、と軽い気持ちからそこで物色することにした。
店があるとはいえ、最近できたような大型商業施設には劣る。
けれど、商店街特有の懐かしさが私を虜にした。
父曰く私が幼い頃に頻繁に足を運んでいたらしいが、私の記憶には本を買ってもらった記憶がかすかに残っている程度で結局は端から端まで歩いて探した。
同年代は最近出来た大型商業施設に引き寄せられるせいか、若者の姿は無かった。
その後も歩き続け、引き寄せられるように、とある店の前でふと足を止めた。
そこでは、ビーズ、ぬいぐるみ、押し花アート等の様々な手芸作品が販売されてあった。
中でも額縁の中に押し花で花束が作られている作品に心惹かれた。
どうやらここは展示スペースのようで、このキットは右奥にあります、と書かれているものがいくつもあった。
「よかったらゆっくり見ていってね」
作品に目を奪われていると、突如現れた店員に声を掛けられて思わず顔が赤くなったのを感じる。
一部始終を見られていたと考えると恥ずかしい。
店員のその言葉を無視して店を後にするのもどうかと思った私は、一度頭を下げて店内を散策した。
店の奥には制作キットが置いてあり、その中にはさっき見た押し花アートのものもあった。
とはいえ、不器用な私には無縁な話だ。
目安時間は3時間と書かれているが、私が作ることになれば、1日は余裕で費やしてしまうだろう。
そのため、渋々諦めて他の商品を探した。
その他にもクマやウサギのぬいぐるみの手縫いで作られたキーホルダーがあり、つい、自分用に、と手に取ってしまいそうになる。
だが、今日は透真くんのお見舞いに使う程度の金額しか持っていなかったために、自分用はまた機会があったときにでも、と思ってその場を離れた。
店内を回りながら透真くんに何を持っていくべきかを考え続ける。
はじめは生花にしようとは思っていたが、そもそもそれを持って行ってよいものかが分からない。
そのため、このお店で決めたほうが良いような気がした。
念のために他の候補を考えてみるも、思い浮かんだのは無難なお菓子だった。
だが、透真くんが食事制限されていたら元も子もない。
そう思った私は悩みに悩んだ結果、何も持って行かないという選択肢を選んだ。
そして、最後にあの押し花アートを目に焼き付けておきたくて、展示スペースに向かった。
「プレゼント用?」
「あっ……友人のお見舞いに」
また店員に見られていたのが恥ずかしくなって、咄嗟に口から出た返事がそれだった。
「じゃあこれはどうかな?最適だと思うんだけど」
そう言って店員が手に取ったのは紛れもなく私が心惹かれていた押し花アートだった。
それは白、ピンク、オレンジ、黄、青の花がブーケのようになっているものだ。
絵のような生花のような、言葉では表しきれないほどの神秘さがあった。
とはいえこれは展示品。
どうやらこの作品は難易度が高いらしく、上級者向け、と書いてある。
そうなると、初心者で不器用な私が作るには不向きなのは言うまでもない。
最悪の場合、完成させる前に、私はこの世を去っているかもしれない。
さすがにそれを買うのは気が引けた。
「展示品だけどもしよかったらタダでもらってくれない?」
私の心を読んだかのように店員はそう言い、私はすぐに頷いた。
「そんな……、申し訳ないです」
「いいのよ、私が作りすぎて展示品がいっぱいあるの」
「じゃあ、買わせてもらってもいいですか?」
さすがに無償で頂くのは申し訳なくて、その後店員がしぶしぶ提示した500円で買わせてもらおうことになった。
それでも、材料費や手間を考慮すると、500円でさえ申し訳ない気がした。
「この花はガーベラなの。最近は花をお断りする病院も多いけどこれなら問題だがないから結構人気なのよ」
会計をしながら店員はそう話してくれた。
私は緊張して、そうなんですね、と言うので精一杯だった。
「最近作ったばかりだけど万が一壊れていたら遠慮なく言ってね」
会計を終えた私を、店員は最後にそう言って送り出した。
目当ての品を手に入れた私は徒歩で病院へ向かった。
心なしか少しだけ速いペースで歩いているような気がする。
出来ないことが増えていく毎日に少しでも成長を実感できることは私にとって生きていると感じられる大切な時間だった。