「夢見病のニュース見た?」

「見たよ、近くの国立病院に患者いるんだってな」

「まじか」


夏休みを翌日に控えた一学期最終日にも関わらず、クラスは昨日のニュースで大きく取り上げられていた夢見病の話で持ち切りだった。

最近になって、夢見病、という名の病が世間を騒がせていた。


夢見病、それは治療法の確立されていない不治の病。

原因は不明。

症状には個人差があり、現時点で共通するのは長い眠りにつくことだけ。

それは、歩行中や作業中などに前触れなく起こり得るので、夢見病は常に危険と隣り合わせの病だった。

事故死だとか火事による焼死だとか。

夢見病を患った人は、病を間接的な原因とした最期が多いのだという。

というのは、メディアから発せられる一部の情報で、本当のところはわからないけれど。



そんな未知の病を、人は夢見病と呼んだ。

正式名称はなんだったか。

すっかり夢見病として世間に定着してしまった。


夢見病という独特なその由来は、病の代表的な特徴にある。

それは、夢見病患者のみが望んだ夢を見ることができる、というものだ。

それも、ひとつひとつの行動や言動まで選べてしまうので、まるで現実世界のように楽しむことができる。

さらには欲しいもの全てを手に入れたり、人間が持ち合わせていない能力を身に付けたり、と現実ではありえないようなものまで夢の中で体験することができるらしい。

どうやら、その代償に寿命が縮まってしまうようだが、それに見合う価値があるとして夢見病患者からは人気らしかった。

それで、この病は次第に夢見病と呼ばれるようになった。


とはいえ、大抵の人間が夢見病とは無縁の生涯を過ごすのだから、じきにその話題は消えていくだろう。

そう思った私は、迷うことなく夏休みの課題に視線を落とした。
 

両面印刷の更紙をホッチキス止めしている課題は、決まってやる気が起こらない。

数枚ならまだしも、ざっと数えただけで30枚はある。



「ねぇ、今週の土曜日は空いてる?」

課題に先を思いやられていると、友人の藤木星絆(ふじき せな)が切り揃えてある髪を風になびかせて私の席にやってくる。

星絆は何か企んでいるような顔で私をじっと見る。

推しに弱いと言うより星絆に弱い私は仕方なく小さく頷いて口を開いた。

「うん、どこに行くの?」

「それは着いてからのお楽しみ」

「はいはい。でも、」

そう遠くには行けないよと言う前に返事があった。

「わかってる、近くだから」
 
蒼来のことは何でも分かっているんだから、と言いたげな星絆に、思わず頬が緩んだ。

「ほら、ホームルーム始めるぞ」

帳簿を持った担任が教室に入って来るや否や教室は静まり返り、生徒は一斉に席に着いた。


友人関係は狭く深くの私には、友達といえる友達は星絆だけで、学校に行く理由も星絆に会うため

だから、星絆の幸せを私が崩してはいけないと思っている。

いつか星絆を深く傷つける日が来るまでは。





 私が夢見病だと発覚して半年。


 星絆を傷つけることになる、というのはこのことだ。


 徐々に日常生活にも支障が出てきたものの、まだ周りに隠せる程度の症状で抑えられている。


 星絆にも、今は隠せているけどいつまで持つかわからない。


 それまでの間、隠せている間は、私から話すつもりはない。


 それでも必ずやってくる。


 その日は、そう遠くはないうちに。