百合姫に仕え夢姫を使え

 超能力。それは漫画やアニメ、小説などのフィクションで描かれるものと異なると彼は言う。かなり言葉を選んで話している以上、抽象的な言葉が増えてしまうのは了承願いたい。


 さて、現実の超能力というのは曰くもっと現実的で、そこまでたいそれたことではないのだが、しかし、それは明らかに超常的事象であるのだという。


 事象そのものは状況によって変化するし、それらを分類化することもできないことはないという。わかりやすく言えば、物質の移動・変化、環境・空間の変化、現在から見て未来における事象の把握……などであるという。それは細分化すれば非常に細かくなり、一億以上の名称をつけることができるらしい。一重に超能力とまとめるのには、理由があり、それは現状維持のために行使される能力を超能力と指すからだそうだ。


 現状維持。


 ここで言う現状維持とは、理不尽かつ不可思議、つまり科学的に説明ができない事象・状況が発生し、世界そのものの(ことわり)が狂うことを防ぎ、地球が地球であり、銀河が銀河であり、宇宙が宇宙であることを維持し、世界が置き換わるまたは書き換わる事を防ぐことであるという。修整や加筆は常に行われていることらしく、それ自体は構わないという。生物の進化、大陸移動、超新星爆発、新星などがこれに該当するそうだ。たとえば、人類の誕生や進化は加筆。アイスを買いに道を右へ曲から行くのと、左へ曲がって行くこと。最終的にアイスを購入するのであればこれは修整、といった風にだ。


 しかし、世の中にはこの理から外れることもないわけではないのだという。


 タイムトラベルがいい事例らしく、漢字にすると“”時間遡行“”となり分かりやすい。遡行、つまり“”逆らってのぼる“”のだ。何に? もちろんこの場合は時間である。


 時間遡行することは本来あってはいけないこと、つまり理に反し、世界の現状維持から逸脱するらしい。そしてこの時間、つまりこの時代にそのような人物が現れたのだという。2000年に現れたジョンタイターじゃあるまいし。

 
 超能力者の任務は時間遡行者の取締りだけではなく、多岐にわたるのだと話は熱を帯びてきたのだが、私はこの辺りで話を閉じた。やはり根拠もなく話されては、信じたくても信じられない。信じられるものも信用できない。超能力を発揮できる条件が整った時にまた呼んでもらうことにした。


〉結論:保留。今後も調査を継続する。





 
 地球外生命体の侵略、超能力者の転校生による世界維持について解明した私は、次に未来人だと自称する人物のところへ向かった。何だか順番があべこべになっている気がするが、おそらく気のせいだろう。謎や不可思議を解明するのが我が秘密結社同好会の目的であり、存在理由である。他の不可思議が気になる方はそちらの活躍も見ると、この不可思議への理解が深まるかもしれない。


 さて、待ち合わせは食堂とのことだった。食堂は新・本館の校舎から校庭の左右を通る長廊下を渡った先にある旧・本館校舎内にある。ちなみに、新・旧館校舎と旧・旧館校舎もある。


 食堂にて麻婆豆腐を食して待つ! 


 ……と、本人よりメッセージを受け取っていた私は、すんなりとその人物を見つけることができた。放課後に麻婆豆腐を、しかも大皿で掻き込んでいる生徒は他にいなかったからだ。


「同席、構わないか?」

「ええ。どうぞ……秘密結社同好会のヘイさん」

「……! なっ、なぜ私の名前を」

「簡単よ。私が未来から来たからよ! あっはっはっはっはっはっはっ!」

「……お静かに」

「はい」

「それで、未来人のお嬢さん。お名前は?」

味楽来(みらく)玖瑠実(くるみ)! 年齢は禁止だから駄目! この世界では16歳。高校一年やってます!」

「……お静かに」

「はい」

「ええと、それでは玖瑠実さん。はい、スプーンを振り上げないで、はい。ええと、未来からなぜこの時代に来たのですか?」

「え? 疑わないの?」

「あ、疑うべきだった?」

 首を横に振る玖瑠実氏。まだ麻婆豆腐は二割も食べていない。

「普通信じてもらえないから。頭のおかしな子だな、で終わるから」

「なるほど」

「見ての通り小柄じゃない? 幼く見えるのかな? だからなのか、だいたい撫でられて終わる」


 気持ちはよくわかる。撫でたくなる可愛さでいらっしゃる。


「秘密結社同好会は秘密や不可思議を解明することが目的で活動しています。だから基本的に不可思議を否定することはしません。たとえ真実が嘘でもそれは構わない。事実が異なっていても文句は言わない。私達なりの視点で調査し、判断していますから」

「だれが?」

「姫様です」

「あー、あの人。あの人は厳重注意だね。ヘイさんほどではないけど」

「私ほどではない、とおっしゃいますと」

「ヘイさんは最重視最重要課題人物に厳重に指定されていますから」

「……な、なんて?」

「だ! か! ら!」

「……お静かに」

「はい」

「ええと、最重視最重要課題人物。こないだのやつにメールした。やっぱこの時代不便だな、ううん」

「未来のメッセージのやりとりは違うんですか?」

「それは制限。違うといえば、違うかな」


 なるほど。どうやら話すことができる事柄に各々禁止、厳重注意、制限、などと区分があり、話せる範囲が決まっているようだ。


「すみません、話を戻しますね。なぜこの時代に来たのですか?」


 麻婆豆腐を飲み込んでから、はっきりと彼女は言った。

「未来にとっての不都合をこの時代で解消するため。だからヘイさん、あなたに会いに来た」

 
 ※ ※ ※
「私に?」

「うん。理由は禁止だけど」


 それが最も知りたい。世界変革でも起こすのか、私は。


「それは、未来に重大な事象をもたらす何か原因のようなことを、この時代の私が為すということでしょうか」

「それも禁止」


 ふむ、困ったな。


「では、話を変えます。未来について、なにか証明できることとか、話はありますか? 私はあなたの話を信じたいと思いますが、今のままでは証拠がない」

「証拠?」

「ええ。たとえば2000年に現れたジョンタイターで言えば、2038年問題とか、核戦争の回避のためとか、セルンがどうとか、様々話してますよ。真偽はともかく」

「ああ、なるほど。そっちね」


 彼女はそう言うと、スプーンを置いて話しだした。麻婆豆腐はまだ四割しか食べられていない。


「私が未来についていくら話しても無意味よ。証明にはならない。この時代だと、そうだな、多世界解釈って言って通じる?」 

「ええと、量子力学か。超弦理論とかの?」

「当たらずとも、遠からず」

「シュレディンガーの猫?」

「まあ、それが一番わかり易いかな」


 彼女は再び麻婆豆腐を食べ始める。


「箱の中に猫を入れる。猫は半分の確率で毒によって死ぬが、毒が作動しない確率も同じく半分。蓋を開けるまで猫の生死はわからないってやつ。これは量子力学の観測問題なんだけどーー」

「ごめん、わかりやすく頼む」

「あら、秘密結社同好会さんは世界の秘密は観測してないのかしら」


 ニシシ、と彼女は笑った。


「物理学は専門外。難しいんだよ、なるべく平易に頼む」

「わかったよ、ヘイさん。じゃあ、理論とかすっ飛ばしてちょーう簡単に行くね。矛盾とか抜きで。簡単に。一応未来の話に関わるから」

「お願いします」

「猫の話はとりあえずわかった?」

「箱を開けるまで生死がわからないってやつ?」

「そう。そのとおり。これには幾つか考え方があるのね。古典物理学、ニュートンとかの考えだと結論は初めから決まっていることになる。りんごは熟すと木から落ちる、みたいに猫の生死は初めから決まっている。見ている人間が生死を決める変数を知らないだけ。変数っていうのは、毒ガスが発生する仕組みのことだと思えばいいわ。毒ガスの仕組みがわからないから猫の生死がわからないように思っているだけ。仕組みがわかれば生死わかるでしょ、って考え」 

「なるほど」

「他の考え方もできるよね。りんごは熟したけど木から落ちなかった場合。例えば猿が食べちゃったとか」

「ふむふむ。毒ガスの仕組みがわかっていても、箱の外から救出作戦を行えば、たとえ猫が死ぬという結末に定まっていても変えられるってことか」

「そう。外からの干渉を考えた場合ね。じゃあ、これは? どっちもありって場合」


 どっちも? 生きている場合も、死んでいる場合もあるということ?


「どっちもありのときは世界が最低二つ必要になるの。これが、私が未来を語っても仕方ない理由になる」




※ ※ ※



「世界が二つ?」

「うん。たとえば、私の親とか先祖をこの世界で殺したとするね。そうすると、私は未来に生まれてくることはなくなると思う?」

「はい」

「正解はどっちもあり。生まれない世界もあるし、生まれる世界もあるの。先祖が死んでそのまま時間が経った世界を新しい世界とすると、そっちにあたしは存在しない。この世界だけだと私が世界から消えちゃうわけだけど、現実は私のいる世界もある。それが元の世界。あたしとヘイさんのいる元の世界と、新しく生まれた世界の二つが最低あるって考え」


 なるほど、そうか。つまり、玖瑠実氏の生きてきた世界と時間遡行してきたこの世界が同じでは無いということか。未来について話しても、それは別の世界の話。現実に限りなく近いけど、ファンタジー世界、異世界の話と同じ。でも、だとすると……。


「あたしがタイムリープしてきた意味がないじゃないってね? あたしの未来が変わるのでなく、ヘイさんの世界の未来が変わるだけじゃないかって。うん、これには理由があるけどそれは禁止。言えないの」

「まあ、そうだよなぁ」

「そこは秘密結社同好会の皆さんの想像に任せるわ。理屈は概ね簡単にだけど話したし」

「ええ。ありがとうございました。とても興味深い話でした」

「いえいえ。あたしもヘイさんにはまだまだ用事あるから、これからも連絡するね!」

「最重視最重要課題人物、ですしね」


 話のすべてを鵜呑みにして受け入れたわけではないが、嘘だと決めつけることのできる証明もない。面白そうならば、暫く付き合ってみるのもいいかと思ったのである。


結論:保留。今後も調査を継続する。




 超能力者の転校生による世界維持、未来人による過去改変のための時間遡行の理由を解明した私は、次に宇宙人だと自称する人物のところへ向かった。何だか順番があべこべになっている気がするが、おそらく気のせいだろう。謎や不可思議を解明するのが我が秘密結社同好会の目的であり、存在理由である。他の不可思議が気になる方はそちらの活躍も見ると、この不可思議への理解が深まるかもしれない。


 
 その人物は旧・旧館校舎にて待ち合わせをすることとなった。宇宙人だからどのような通信手段を、と思っていたのがなんてことはない。メールでやり取りができた。日本語も使いこなしている。思ったより馴染んでいるようだ。ちなみにうちの学校には新・新校舎、旧・新校舎、新・旧校舎も存在する。


 旧・旧館校舎は現在文化部の部室棟として使用されている。また、音楽室や実験室等はこちらにあるので、移動授業の際はここまで来なければいけないのが手間である。


 指定された教室を尋ねると、そこは旧第二文芸部であった。文芸部は一時期ものすごい人気があり、部活や同好会活動を必須としている我が校でも一番だったほど。なぜかはよくわからないが、何かのアニメが理由だった気がする。今はその影だけが残り、第一文芸部も人数はかなり少なかったはず。


 元第二文芸部の使われなくなった空き部屋は、鍵も無く、埃がつもり、蜘蛛の巣が隅に張られていて、人による使用感は感じられなかった。


 このような教室は大抵秘め事に使われるというのが鉄板であり、常套大道であろう。若いカップルが人目を盗んでイチャコラし、その先まで。ふむ、けしからん。……と思いたかったが、そのような痕跡は微塵も見当たらなかった。埃がズレたあとも無い。床は紙くずと枯れ葉のみ。タバコなどもなし。ふむ。不良にさえ使われていないのか、不良がいないのか。いないなら、それは良いことだけど。


 待ち合わせ時刻から二十分が過ぎ、これは悪戯だったかなと思い始めた時だった。目線を下げて上げたときには、そこにいた。


 声も出なかった。 


 音もなかった。


 彼女は、そこに静かにいた。


 更に驚く。

 
 人の形をして入るが、足が地についていない。ガスのようにもやが掛かっている。どこか気温が下がり、冷たくなった気もする。これは普通ではないと、そう思えた。


「ごめんなさイ。遅れましタ。ええと、ヘイさんですカ?」


 語尾に違和感のある喋りだったが、意味は通じる。そして、遅れたことと私の名前を出したこと。どうやら、この少女が宇宙人のようだ。


「大丈夫ですよ。はじめまして、黒川要黒(ヨウヘイ)と申します。お名前を伺っても?」


 ああ、と彼女は漏らして、


「挨拶、自己紹介ですネ。こちらではそうするのでしタ。私はエクストラテレストリアル。地球外生命体という意味ですね、略してイーバとかETとか、エデン・レイとか言いまス」


「え、エデン・レイ」

「はい。私の名前です」


 今度はきれいな日本語だった。時折混ざるのかな。いや、それにしてもーー。


「失礼かもしれませんが、エクストラテレストリアルというのは英語ですね。地球における、英語圏で話される言語の言葉。今私達が話している日本語とは違う文化圏のーー」

「ああ、大丈夫ですヨ。地球のことはだいぶ調べました。便利ですね、インターネット」


 呆気に取られていた。私がぽかんとしている間にも、彼女は自己紹介を始めた。


「OGLE-2005-BLG-390Lb。地球に置いてこの名称で存在を確認されている惑星から来ました。長いのでオグルとでもしますカ。地球のだいたい5倍ぐらいの大きさで、太陽のような恒星の周りを地球のだいたい十倍掛けて一周しまス。表面温度はマイナス二百度くらいですかね、文明はここまで発達してなくて、ほとんどが氷と水です。移動は地球で言うワープをつかいまス」

「ワープ?」

「はい。氷と言っても地球の氷と違いまして、オグルの氷は土のような感じです。冷たい土ですかネ、はい。で、そこには鉱石みたいな物質がありまして、鉱石ではないのですが、便宜上鉱石という名前使いますと、テラという鉱石があるのでス。このテラはテラ同士が共鳴と言いますか、こうリンク? しまして、うまく使うとワープできます。テラにもレア度の高い、と言いますか、希少度がありまして、この間未知のテラを見つけましたときにここ、地球へのワープに成功したのです」


 もう、ただ頷くだけだった。知らないことが、不可思議が溢れている。面白い。そう思った。それら不可思議を裏付けるかのような寒さと霊体のような姿。長く足元まで伸びた髪は白色だけれど青に近い。人間のように繁殖するのか、女性らしい姿で胸が非常に豊満に見える。体型は人間界で言うスリムに正しく、百人の男全員が指笛を鳴らす美であった。しかして、どこかあどけなく幼く見える少女という言葉が当てはまる容姿であり、もっと、話していたいほどに好みであった。

 
 これは新たなラブコメ開始か!


 と思った時、終わりは唐突訪れる。


 どうやら彼女にとって地球は暑いらしい。環境に適応できないことはないが、日本という国は暑すぎるとのことで、限界時間があるそう。


「地球を侵略したいと思いますよ。ぜひとモ、弟子にして教えて下さい」


 侵略の意味を理解しているかはともかく、地球にはとても関心があり、多くを学びたいと言ってくれた。地球外の美少女が弟子になるなんて、超萌えるぜ!


 私は次にまた来る予定日を聞き、レイと別れた。



 結論:保留。今後も調査を継続する

 
「ちょーーーっと、ヘイ!」 

「何でしょうか姫様」

「『何でしょうか姫様』じゃないわよ! ぜんぶ保留じゃないの。何しに行ったの!」

「いや、しかしそれはこれから回収される伏線でして…………」

「伏線とかいいから! あと話難しすぎ! 最初の軽いノリはどこいった!? ヘイ! 要黒(ヨウヘイ)!」

「何でしょうか姫様」

「だから、もっと具代的な報告をしなさいって言ってるのよ! 」

「いえ、結構具体的だったかと思うのですが……注釈足りませんでした?」

「ち! が! う! もう、これじゃあ、誰一人正体を明かせてないじゃないの! しかもあなたも巻き込まれてるじゃない。がっつり渦中の中心人物じゃないの。何よ、もう」


 超能力者にいずれ条件が整えば披露してもらえると意味深な言葉を貰い、未来人から最重視最重要課題人物に指定され、宇宙人もとい地球外生命体からは弟子入りされた。確かに、それだけ聞くとまるで物語の主人公のようだ。


「全く、これだけ面白そうなネタを三つも用意したのにほとんど収穫がないなんて。秘密結社同好会が聞いて呆れるわ」


 ちなみに姫様は他にテニスクラブ同好会、姫川桃子同好会、雰囲気カクテル同好会を催している。新たに五つ目が立ち上がる噂もあるほどだ。暇なのですか?


「あっ、そうだ。それはそうと、今日はヘイにお客さんが来ているのよ」

「私にですか」

 全校にファンを抱える姫様ならまだしも、私に来客とは初めてのことだ。任務で人と会うことはあっても、それはあくまでも任務。公的(?)か私的かは会ってみれば分るだろうが。


「ええ、私はいつでも構いません」

「そう。じゃあ、入ってきていいわよ」


 姫様の合図があるやいなや、個室の扉が開き一人の少女が入ってきた。前髪がすっかり目を隠しており、その表情は見て取れない。しかもその態勢。片膝をつけて頭を下げる。まるで主君に仕えるクノイチのような振る舞い。スカートから見るに、当校の学生で、上履きの色から下級生のようだが……。


「黒川要黒です。ええと、はじめまして? かな?」

「はい。お初お目にかかります。夢野(ゆめの)根底(ネネ)と申します。ドリームの夢に野生の野。根っこの底と書いてネネと読みます。よろしくお願い申し上げます」

「はあ、どうも。ええと、私の漢字はーー」

「存じ上げております」

「そ、そうですか」

「この()、ヘイの知り合い?」

「いや、知らないですね。夢野さんは、知ってくれているみたいだけど」


 はじめましてと言っていたし、初対面だよ……な? 


「お会いしとうございました」


 へ?
 

「ああ、私の愛しきヘイ様。この日を待ち望んでおりました。不肖、私ネネはヘイ様の手となり足となる所存にございます。秘してはーー」

「えっ、ちょ、ちょと」

「我が身はヘイ様の領土、我が心はがヘイ様のーー」

「ストップ! それ以上は著作権に関わる」

 
「はい、ヘイ様」


 おいおい、そんな文言どこで知ったのだ。私がライトノベル通でなければ気が付かなかったぞ。いや、もう半分以上アウトな気もするが。



 ふぅ、困ったなぁ。


 いや、自分が相手を敬うとかは全然構わないんだ。しかし、相手からそれを無条件にされるとなると、どうにもむず痒くて嫌だ。しかも人間が嫌いで、人間関係が嫌いで、人間と関係になるということが嫌な私である。他人の秘め事への興味関心が尽きることはないが、それはあくまでも自分が第三者だからだ。当事者となるのは違う。


「姫様、ネネさんは新しい団員ですか?」

「必要ならばそうしてもいいわ」

「私以外に付けるのは駄目ですか」

「本人があなたを望んでいるじゃない」

「私はあまりこういうのは得意ではないというか……」

「ヘイ様。私は如何様に扱われようと構いません。奴隷のように働くのも、お望みならば性奴隷となって奉仕するのも、また、よからぬ敵から守るなどでも構いませぬ。物事のように扱かわれて構いませぬ。お側につけさせていただければ、それ以外は望みません。何もするなと申されるならば、そのようにいたしましょう。命令とあれば一文字残さず遂行してみせましょう」

「いや、だから」



 そんなに急に言われても。友達でも、同好会仲間でもなく、奴隷志望って。常識的な人間関係の作り方じゃ少なくともない。知り合いならまだともかく、初対面だ。何も知らない。何を考えているかわからない。恐怖のほうが大きいかもしれない。


「私が断ったら、ネネさんはどうします?」

「お願いします。ヘイ様。側に付けてください。これは運命なのです、ヘイ様。それ以外は望みませんから、どうかどうか」

「ほら、なんとかしなよ《《ヘイ様》》」


 姫様まで。くぅ、この人に関わるべきでなかったと、つくづく後悔する。面白そうな人だと思ったんだと、好奇心のままに近づいたらばこれだ。使役するだけ仕えさせて、あれやこれやを調査。報告。まだ、謎や不可思議など、興味ある事柄だから良いものの……。


「お願い申し上げます。なんでも好きなようにお使い下さい」


 ここまで頼まれると弱る。無碍にできない気になってくる。しかし、だからといって人を物のように扱えるほど私は人間が腐ってはいない。そんなことはしたくない。うーん、まあ、面倒ではあるが、害がないのなら。


「じゃあ、一時的に。同好会の活動のときなら、まあ、いいですよ。でも、邪魔になるようだったらすぐ関係を絶ちますから。そのつもりで」

「はい、ヘイ様。心してお側付かせていただきます。よろしくお願いします」


 こうして私は、なし崩し的に美少女的宇宙人より先に同好会の弟子を付けることとなった。
 



「地球を侵略したい。手を貸してくだサイ」


 夢野根底、ユメとの初陣は地球外生命体による地球侵略阻止に決まった。私宛にあの美少女的宇宙人からメールが来たのである。しかし、この文面では状況を把握してないといたずらメールかと思っちまうよ、ホント。

「流石です、ヘイ様。ヘイ様は流石でございます。夢野は感服いたしました」

「そこまでではないと思いますが。まあ、どれもまだ信憑性に欠けていてね。超能力者も宇宙人も未来人も。本当ならとんでも無い、それこそ全世界を覆してしまうほどの大事件だが、まあ、そんなことはないと思っている」

「どうしてですか! ヘイ様はすごいです。きっとヘイ様のお力があってその三人が引き寄せられてきたんですよ!」


 三人って。宇宙人は“”人“”でいいのか?


「何って、何でしょう? 私にそのような力? たとえば磁場のような科学的に証明できる力はありませんし、筋力も皆無と言っていいほどにありません。鍛えたことなど、これまで一度もないですから。宗教的な力であれば言葉の意味は変わってきますが、しかし、それは褒め言葉ではないでしょう。はて、それではーー」

「ヘイ様は黒のジョーカーなのですよ!」

「ーーはぁ。ユメ。その話はもう百回近くしたと思います。そんな呼ばれ方をしたことはありませんよ。それこそ、外部、つまり秘密結社同好会外の生徒さんや市民の方々ですが、そのような第三者の方から呼ばれたことも書かれたこともありません。確かに、奇妙な人の目につく同好会なので興味関心を惹くのはわかります。部長の側で、右腕となれるように率先しているのも事実です。部内で私は目立つ方でしょう。名前も特徴あるといえば、ありますし。黒でヘイと読むのは中国語の様ですからねしかし、黒のジョーカーだなんて、そんな事はーー」

「ジョーカーはババではありません。切り札です。秘密結社同好会の真の名前は“”(ヘイ)(オブ)輝石(エンシェント)“”」

 場所は変わらず旧第二文芸部跡。できることなら、誰か他人に覗かれたくはなかったのと、ユメーー夢野と話していて分かったことは、彼女が夢見がちな少女のような奴だということ。だから電波的な意味も含めてユメと呼んでいるーーを外に出したかったので、周囲の索敵と私とレイのいる空き教室へ他者の一切の侵入を許さないように命じた。ユメは素直に「御意」と頷いて任務に就いた。扱いやすくて助かる。
 

 さて、と。


「お久しぶりですね、エデン・レイさん」



 ※ ※ ※



「お久しぶりです。ヘイさん」

 全身より長く、白より青い色の上を靡かせながら、今日も霊体の姿で現れた地球外生命体、エデン・レイ。胸は限りなくないが、貧乳はステータスなのでヨシ。Tシャツ一枚の姿というのは、以前と……違う?


「今日はTシャツなんですね」

「地球は暑いので」 

「なるほど」


 確か、氷の大地出身だから地球は暑くて滞在の限界時間があるんだっけな。


「それに、その胸がーー」

「ああ、これは特に意味はないのですが。私達は人類ではありませんし、人間でもありませんから。ヒトガタの姿であるのは、その方が何かと都合が良いからです」


 ……? なにの話だ。なにの都合がよいのだ?



「え、ええと。レイさんでしたね。その、あまり時間もないと思うので、早速。何を知りたいのですか?」  

「一番偉い人は誰ですか?」

「偉い人?」

「地球を侵略したいと思います。それには一番偉い人に会うのが一番ハヤイ」

 
 すると彼女は武器らしきものを取り出し、私に向けてきたのだった。


 地球を侵略する。



 それを日本語に不慣れな宇宙人の言葉の綾だと思ったのは思い込みでしかなく、文字通り彼女は侵略しに来たのだった。


※ ※ ※



 私に抵抗する意志がなく、また、戦うつもりもないこと。レイに対する興味関心が会って逢いに来ていたこと。地球の一番は事実上存在せず、各国ごとの長はいるということ。できることなら穏便に、という願い虚しく彼女は聞き出すことだけ聞き出し、インターネットを通じて手に入れていた情報と照らし合わせながらその真偽を確かめていた。SNS、メタバース、ネットニュースに、衛星通信から入手した地上波放送。データというデータを、アナログからデジタルまで網羅し、更に私という地球人に接触して裏取りまでしている。自分たちの情報は小出しにし、相手の情報の信憑性を精査。隙がない。

「なるほど、言葉に偽りはなさそうですね。ヘイさん、あなたは武装せずに日々暮らし、そして敵対された今でも対抗する(すべ)はない、と」

「するつもりもないよ、なあ、頼むからその刃物と銃が一体化した武器を下げてくれ。この通り、何もしないから」


 もう、こんなことになるとは。嫌な汗しか出ない。今すぐにでも逃げ出したい。


「情報に嘘も無さそうだネ……。2020年、77億9500万人、2030年、85億4800万人、2040年、91億9100万人、2050年、97億3500万人か……なるほどね、予測まで。5年単位でも出ている。賢いね。利口だ。平均寿命が……ふむふむ……だとすると……65歳以上の人口が1950年5.1パーセントに対して2030年で11.7パーセントにまで向上。人口増加に対して死者は医療の向上かな。君たちの言う大国、たとえばアメリカでは379万人うまれて、281万人死んでいるが、ここ日本では86万人生まれて138万死んでる。なるほどね」


 減ってるね、人間。


「いや、世界的には増えているのカ。出生率は1990年の27パーセントぐらいから2030年で16パーセントの予測かぁ。この間の疫病はまだ集計中みたいだけど、ふむふむなるほどね。自殺者のほうが戦争や病死より多いとは。いやはや、何だこれは。面白い。君たちの言語で言うところの“”興味深い“”出来事ダネ。ふふふ。まったく、何がそんなに命を絶つまでにするんだろうね。ほんとうに興味深い。うまくすれば、掌握するのに役立ちそうだ。そうなると、軍に属する人数と、ゲリラ的にでも武器を取って戦えそうな数は……。なるほどね、勉強になるなぁ! 人間」


 殺傷能力を二倍以上に備えた遠近両用オトクタイプな武器はジリジリと私へ近づいていた。


 アブラ汗。


 冷や汗。


 身体を極限まで縮こませることで何とか接触を回避しようとする私と無情な得物を進ませる相手。刃先が当たる。刺さる。血が滴る。ああ、どうなってしまうのだ。死んでしまうのか? このまま? 死ぬってなんだ? 敵って何? 宇宙人? 地球外生命体? ああ、もう駄目。


 そう目を閉じたときであった。


 迫りくる殺意が無くなった。


 目を開けると、見えたのはさながら仮面○イダーの様にキックを放っている女性、と、その女性のスカートと、その、中のピンクフラワーな下着! 


 見事に蹴りが決まり、私とレイの間に颯爽と現れた彼女は、ああ、見間違えることのない。その姫らしく、可憐で、花蓮で、花恋で、火憐かつ香恋なお嬢様。姫の中の姫。見事なツインカールテールとその笑み。


 我が部長姫川桃子様である。


「まったく何してんのよ、ヘイ。秘密結社同好会の一員なら必殺技の一つぐらい持っておきなさい!」

「姫様!」


 私にとって驚きであり、同時に喜びで、そして何より泣いていた。声は出さずに、静かに。なぜだろう。なぜかすごく長い時間この時を待っていた気がする。何度も何度も、この時を望んでいた気がする。


「さて、と。ヘイの言葉が正しければ、必要なのは私ともう一人らしいわね。さぁそれ、行きなさい!」

 姫様が何か取り出したかと思うと、そこからまた一人女性が現れて、そしてそのままレイを押し倒した。

 物理的に。

 そしてもう一度押し倒した。

 比喩的に。

「さて、次はヘイの出番よ!」

「えっ……な、何をーー」


 言葉終わらぬままに私は吸い込まれた。何に? わからない。光か、空間か、はたまたインチキなマジックか、神の奇蹟か。いずれでもないかもしれないし、どれかが正解かもしれない。分かっているのは、姫様が手にしていた“”モノ“”が関係しているということ。ただ、それだけを忘れないようにして私は旅立った。


「ヘイならできる。なんてったって、このルートが今ここに存在するんですもの。それが何よりの証拠よ。さあ、頑張って頂戴。そして、ーー必ず帰ってきて、ヨウヘイ」


 
「へぷし」


「おい。黒川ヨウヘイ。何をしている。祈っている暇があったら問題を解け。この不届き者」


 え? あ、あれ?

「なんだ、解けんのか?」

「あっ、いえ、そういうわけではーー」

「では、ほらっ!」


 数学の沖田にチョークを渡される。そしてこの問題。


【問】f(x)=x2(1+e−2(x−1))とする。

x0>12のとき、数列{xn}をxn+1=f(xn)で定める。
このとき、limn→∞xn=1を示せ。


 違う。以前解いたのは不等式の証明だったはず。これは、テイラーの定理とか、か? あれ、まだ二年時じゃあ……。


「おい、黒川。東大の過去問だぞ? ちゃんと、予習してきたのか?」 

「え、あっ、はい。すみません……」

「まったく、しょうがないやつだな」


 他にできるやつは、と沖田は次の解答挑戦者を探した。そして、同時に私は窓の外を見て驚愕する。



 観覧車が無くなっていたのである。



 ※ ※ ※


「ヘイ様? 大丈夫ですか?」

「あっ、ああ。少し考えていてな……」

「はい、あーんですよ。ヘイ様」


 ユメに弁当の卵焼きを口に運んでもらい、それを咀嚼しながら考える。ふぅむ。さて、これはどうしたことだろう。何が起きたのだろう、と。

 
 私の記憶に残っているのはエデン・レイが本当の地球外知的生命体で、地球侵略を目的としていたこと。寸でのところで姫様に救われたこと。姫様がなにか手にしていたこと。その手の“”モノ“”から少女が出て、おそらく夢野根底であろう少女がレイにキスをしたこと。そして私が姫様の“”モノ“”によって何かしらの事象が起こり、現在に至った事。今は上履きの色からして第三学年。先程沖田から出されていた課題を見ても、それは明らかだ。私は三年次で、夢野は二年。私が夢野と話す時には敬語ではなく、タメぐちになっていること(これまでの敬語を使用した話し方をしたら、体調を心配されるほど驚かれた)。昼飯の前に秘密結社同好会に顔を出してみたが、既にそこは跡地となっていた。姫川桃子は既にこの学校を卒業しており、時が一年経過した事を示している。この奇怪な現象を聞こうにも、当の本人がいない。放課後に当てを探してみるか……? 


 仮に時間が一年経過した場所へ一瞬で移動したのだとしよう。
 

 そう、つまりタイム・トラベルだ。


 そしてここ数日で時間移動が可能だった人物、モノ・コトは無かっただろうか。ああ、思い当たるのは一人だけである。


 自称未来人の彼女だ。

「ユメ。味楽来玖瑠実はFクラスにいるんだな」

「はい、ヘイ様。間違いないです。この全校生徒リストにもバッチリ載っています」


 ……教員用と書かれているそのリストをどのように入手したのかは敢えて問わないでおこう。優秀な部下……じゃない、後輩を持つとは鼻が高いと思うことにしようそうしよう。


 味楽来玖瑠実はテニス部に所属しており、訪れた放課後は絶賛練習中であった。先生が球出しをしながら指示を出し、列を作った選手たちが次々に打つストロークの練習をしている。フォハンド、バックハンドと入れ替わりながら。


「あれは……」


 球拾いに見知った顔を見つけた。あれは姫様の友人の……そうだ、ブラウさんだ。私と目が合うと、彼女はそっと一礼してくれた。休憩の号令が掛かると私の方へ駆け寄ってくれた。


「こんにちは、ヨウヘイさん。どうかされたんですか?」

「こんにちは、ブラウさん。ええと、味楽来さんに会いに来たんだけど、彼女は忙しそうだ」

「そうですね、玖瑠実ちゃんは次期期待のエースですから。一年ではまだ市民大会しか出れませんが、二年から大活躍されると思いますよ!」

「そんなにすごいのか?」

「ええ。こないだなんて、強豪の高校生相手にストレート勝ち。ダブルスで難しい試合でしたが、お見事でしたわ」


 なるほど、それはすごいな。休憩中にも先生から熱心に指導貰っているようだし。


「仕方ない。出直すかな」

「あっ、ヨウヘイさん。もしよろしければ」


 本当に宜しければなんですけど、と前置きして彼女は言った。

「相談に乗って貰えませんか? 私は今日これで練習終わりなので」



 ※ ※ ※



 彼女からは以前にも相談をされたような気がする。しかし、出会ったのはつい最近(私感覚)だよな。この空白の一年になにかあったのかもしれない。私はそんなことを考えながら、学内にある一番オシャレなカフェに来ていた。外での飲食スペースは英国を思わせるようなシックな雰囲気かあり、内装は古民家カフェに近い木の温もりを感じられる作りになっていた。女子といえばここに来るイメージがある。良かった、学校の施設等に大きく変化はなさそうだ。


「それで、私に相談というのは」

「はい、ちょっと特殊なんですけども」


 本名をアデル・クレア・ブラウと言う彼女は女子寮コースに属しているらしい。女子寮コースというのは共学校である崖の端以下略高校に置いても特殊な環境で、完全女子のみ居住、職員も女性のみ、担当教師さえ女性であり、授業や日常生活全てを特殊環境で送る女子専用コースである。尚、現在の私のように共学内の生徒とは限られた規則の時間内ではあるが、交流を持つことは許されている。


 そんな彼女の周りでは、女性カップルが多いとのこと。私にとってそれは意外であった。男子の妄想でしかないと思っていたからだ。なんでも、他の女子高校ならばありふれた光景であり、また元々通っていた中学が女子校だった生徒も多いそうだ。ブラウさんもその一人で、女子の環境・生活を過ごしている。そのような場所にいると、自然にというか遊び感覚で付き合い出す、交際関係を持つことが珍しいことではないという。稀に本気で将来を、という例もあるらしいが高校卒業後を知る例は流石に無いらしく、その有無は不明。そして今回の相談事がその女性同士のカップルに関する事だという。


「明野瑠衣ちゃんと桜田瑠璃ちゃんのお二人なんです。二人は名前が似ていることと、同室であることから交際をされているらしいのですが、最近その『ルイルリカップル』を悪く言うのが、その、一部で、ほんの一部なんですが流行ってしまいして、その、瑠衣ちゃんとはお友達なんです。なんとかしてあげたいんですが、ちょっと、どうしょうもなくて。それで、そんなときに、ヨウヘイさんが入らしてくださったので、その」

「わかった。わかったよ、ブラウさん。ありがとう。話してくれて、ありがとう。うん、ちょっと落ち着こうか」

「はい……」


 話の語尾が涙になってしまった彼女にお茶を薦めながら落ち着くのを少し待つ。一息ついたところで、優しく聞いてみる。


「その、言いにくいと思うんだけど、具体的にはどういう内容なんだろうか」

「はい。少々お待ち下さい…………あ、これです。これが問題のグループトークに出た裏掲示板でして」


 ルイルリカップルの明野○イは売○奴。毎日中年の親父と円○三昧。金遣いが荒く、夜はクラブやホ○テス通い。夜に身に着けたその高級ブランド品は数しれず。昼の顔と夜の顔の差が……etc.


 掲示板とか未だに存在してるのか……しかも裏とか言いながら簡単に検索に引っかかる表だし……これは……非常に良くない状況だ。


「これはヒドいですね。でも、ヘイ様どうします? おそらく相手も同じ女子寮でしょうし、ヘイ様は殿方。共用スペースでは限られた情報しか……」


 確かにそうだ。おそらくこの周辺、共用場で得られる情報じゃ精々末端を掴めるかどうかだろう。投稿日から三日。あまり悠長に時間は掛けていられない。おそらく目に見えない嫌がらせが続いていることは容易に想像できる。表にさえこうやって顔を出しつつある状態だ。しかし、だからといって誰か他に協力者がいるわけでも無いし……くそぅ、こんな時に秘密結社同好会があれば……あれば……?


「あっ、そうか。秘密結社同好会か」

「ヨウヘイさん……? それは、もう」

「そうですよ、ヘイ様。流石の夢野でもそこまでは」

「いや、ユメ。ここにいるじゃないか、メンバーは」


 私は力強く、しかし丁寧にしっかりと彼女の手を握った。