百合姫に仕え夢姫を使え

「というわけでヘイ、命令よ! ルイルリカップルと枝桜&樹カップルを幸せにしてあげるのよ! 目標は夏祭り! レディ……ゴゥ!!!」

「下世話な命令ですね、姫様」

「ゴゥ!!!」

「……了解」


 この間カップルになった枝桜氏樹氏カップルのおかげで知ることができた観覧車の謎を報告した私は次の命令をこのようにして受けていた。この世界でもルイルリカップルはあるんだな。なんか、ほっこりするわ。全力で応援しよ。


 まず優先的に調べてのは二人に関する噂話だ。β世界線では心無いいじめが横行していたからな。枝桜氏が恋愛にかまけているところを見るに、彼が再び悪事に手を染めることはないだろうと踏んではいたのだが念の為。恋路の邪魔があるならば、それは最優先で排除しなければいけない。それと、肝に銘じるべきことがもう一つ。それは直接干渉してはいけないこと。あくまで間接的に。我々は部外者の第三者であるので、当事者になってはいけない。結果として状況が好転するのは願ってもないことではあるが、しかしだからといって直接人間関係を持つことはご法度である。百合の間に入る男など、存在すら許してはいけないし、百合の人間関係に男が入ることもありえない。部外者を徹底し、観覧者であるべきなのだ。百合好きなんてのはろくな人間じゃないのだから、変質者として通報されぬように見守り、必要とあらば行動する。それが求められる理想像である。しかし、それはそうとーー。


「姫様、ブラウさんとはあれからどうなのですか?」

「あら、ヘイにしては珍しく直接的ね」

「いえ、気になってしまったものですから。つい」

「ふーん、どうだか。まあ、いいわ。あの子とは今までどおり仲良くしてるわよ。友達として。ラブや体の関係にはならなかったわ。残念ながら」

「左様でございますか」


 姫様が友達といえば友達なのだ。姫様の人間関係は定まっており、それ以上にもそれ以下にもなることがない。中途半端な見極め時期みたいなのはない。まずはお友達から、とかが大っきらいだ。交際するか、しないか。もっと言えば結婚するか、しないか。極端にも思えるその人間関係は、然して顔が広すぎる姫様としては当然なのだ。はっきりさせておかないと、悩み事だらけで大変になるからな。名刺に書かれた部署の名前のようにきっちりわける。曖昧な関係は存在しないのが姫川桃子お嬢様だ。

 
「ではいってまいります。…………ユメ」

「お呼びでしょうか、ヘイ様」

「任務だ」

「御意に」



 ※ ※ ※



 
『崖の端祭り』は高校の文化祭に近いが、文化祭はまた別にあるのでまったく別物である。どちらかというと地域のお祭りに近く、盆踊りや縁日、花火大会などが催される。増改築に伴って複雑怪奇と化している学校敷地内も、このときばかりはぼんぼり一色に染め上がる。


「お祭りですか」

「そうだ。毎年やってるやつだな。まあ、夏祭りとか、花火大会何てモノは普通は行くもんじゃない。告白しようとか、好きな子と手を繋ぎたいだとか、同じ時間を過ごしたいだとか、そんなのばかりだからだ。こういうのは一人で行って、大勢の人混みの中に一人でいることを寂しく感じ、そして夏の刹那的切なさを実感する。本来そういう場所なのだよ、祭りというのは」

「そうなのですか?」

「いや、多分違う。私の捻くれていた心が産んだ定義だ。無視してくれ」

「今年は一人ではないですね」

「そうだな。不本意ながら」


 私はユメを見やって、笑みを少しだけ向けた。普段無表情のユメがどんな反応をしたのか見る前より先に言葉を口にする。


「現況悪い噂は」

「確認したところ、ありません」

「それは何より。じゃあ、予定通りに行くよ」

「はい、ヘイ様」

「今回の相手はわかりやすい。大剣を鞘なしで背負っているあの少年だ」


 彼の名前はCH-U-KA。


 とある街を縄張りとする一級虞犯少年だ。


 

 異世界転生。


 本来であれば交差することの無い並行世界で死んだ人物が異なる並行世界にて生まれ変わり人生を始めること。また、魂が輪廻転生から解脱し、異なる新たな輪廻へ転生すること。


 異世界転移。


 本来であれば交差することの無い並行世界から異なる並行世界へと肉体・魂・記憶をそのままに何らかの事象により転移すること。


 今回の件は後者。チュウカと呼ばれし少年が何らかのアクシデントで異世界より転移してきた。彼の名前の由来は背負っているその大剣が中華包丁のようであることから。その他詳細はその世界の同名小説を読んでくれ。


 彼の目的は元の世界へ帰る手段を得ること。そしてその手段はこの“輝石”。ソースは枝桜氏。何でも超能力者の関連の組織や機関からの情報らしく、情報が現地にいる彼へと知らせが入った後、姫様と私へと伝わった。チュウカ少年を返す方法は、触媒として輝石を使用すること以外はすべて不明。それまでの間戦闘の相手をするのが当面の目標で任務内容だ。何でも彼は武力行使を得意としているらしいからな。


「元の世界に転移可能な日。それが夏祭りの当日なんだってさ。つまり三日後だ」


 私は双眼鏡で縁日の準備を生徒として行うルイルリカップルと枝桜樹カップルを目視にて確認しながらユメに説明をしていた。ちなみに数学の沖田もこのときばかりは賢明に働いている。建築材料の角材を肩に乗せて運んでいる。まるでイチ労働者だ。おお、がんばれ、がんばれ。


「さて、と。少年の方は探さなくても見た目だけでわかるだろう。特徴ある得物を持っているからな。それよりもユメ、レイを起こしてくれ」

「使えますかね?」

「死んでいるわけではなかろう。ちょっと働いてもらうのだよ」

「御意に」


 さてさて。それでは、作戦会議を始めますよ。総員戦闘準備を。



 ※ ※ ※

  

 翌日。また同じように学校が始まる。本日は一講義目から国語、英語、倫理、数学、昼休みを挟んで生物と進む。そして六講義目にクラスの時間となる。授業は選択科目制で時間割が個人によって異なる。しかし、ほぼ必修が決まりきっているので文系か理系で大きく違う以外は、受ける順番の問題だった。クラスというまとまりに統一感を出すため、便宜上分けられているクラスでの時間というのが週に三、四回設けられている。放課後には『崖の端祭り』の準備一色となるこの期間である。話題も当然のように祭りの話となり、さらに重大発表として『祭りの演舞・演劇』担当にクラスが任命したことが明らかにされた。『崖の端祭り』は学校祭ではないので、クラス毎の出し物はない。縁日のような出店や催し物を行えるのは精々一部の抽選で当たった部活動が数件程度なのだが、この『祭りの演舞・演劇』担当というのはさらにその中でも全校で一クラスのみが当選可能という、つまり花形担当なのである。


 さて、何をやるか。


 お題目は自由でその当選クラスに一任されている。演劇・舞台・アクロバット・バンド演奏・舞台まるごとお化け屋敷……などなど過去には様々執り行われている。決定の発表にて大盛りあがりになると同時に過去の事例を参考にした案がいくつも出された。しかし、これと言った決定案にはどれもかけているように思え、意見もいくつかに別れてしまう。何せ祭りの色を決めるような事案である。大ステージの大トリ。花火開始のタイミングまで決められる大仕事だ。そう簡単には決まらないし、決められない。下手なことができないからこその悩みであり、意見のぶつけ合いなのだが、しかし私にとってはどうでもいい事案であった。目下最重要課題は異世界転移の少年とその不可思議の起こった謎の解明なのだから。クラスに関して意見を求められる場面もあったが、私はお茶を濁した発言に留まった。ちょうどその頃にチャイムとなり、クラス委員が各自で持ち帰り検討を呼びかけ、本日はこれで解散となった。
 


「今年はヘイのクラスなのね、楽しみだわ」

「私は楽しみではないですけどね。仕事が増えた気分です」

「あ、そういえば《《お仕事》》の方は?」

「ええ。少年の存在は目視で確認しました。今は監視任務をエデン・レイに任せ、レイの監視兼指導、報告をユメに任せています。他人をなにか、こう便利に指示だけで使うなど、実に私らしくないですが、しかし本人たちが望んでいることでもあるので、まあ、好きにやらせてる感じです。扱いやすい点は楽で良いですが」


 私は放課後、姫様と紅茶にてティータイムのお供をしながら話しをしていた。実際、ユメの考えはまだわからないことが多い。読めない、読みきれないところばかりだ。ただ側に付きたいという理由は、おそらくδ世界線における関係が全てなのだろうと推測しているが、これも本人に直接確認したわけではない。元はと言えば、ユメも異世界転移者だ。消滅した世界から転移してきた彼女は、本当は今何を思うのだろう。


「姫様は、ずっとこの世界ですよね」

「? そうよ。どこかの誰かさんみたいに時間や空間を移動したりしていないわ。生まれて、育って、そのままよ」

「それにしては、その、物わかりが良すぎるというか、ええと、不可思議なこと……つまりエスエフチックな出来事に関して許容が早すぎるように思えます。まるで体験したかのように理解されてる。そのように私には見えます」

「ふーん。なるほどね。ヘイにはそう見えるんだ。ああ、そういえば、最初の三人に会う課題の理由。あれをまだ話していなかったわね」

「そうですね。それについては、私も()いていませんでした」


 確かに。それは前々から気になっていた。ぜひとも知りたい。


「あれはブラウから聞いた話だったのよ」


 ブラウ。姫様のご友人。確かフルネームが『アデル・クレア・ブラウ』さんだっけ。


「それでね、この間彼女から話をよく聞いたらブラウはあなたから話を聞いたそうなのよ。ね、不思議よね」


 なんと。それは初耳。まさか、え、私?


 確かに不可思議の最初はあの三人からで、後の全てに宇宙人と未来人と超能力者が関わっているのだが、そのきっかけが私? え、どういうことだ。私は姫の命で三人に会いに行ったが、その紹介は結局私であったというのか。わからないことが増えた。謎はますます迷宮へ向かって進んでいる。


「私はヨウヘイのことを疑わないの。大好きで、結婚したいほどに大好きだから」

「は、はい」

「どれだけ天変地異なことを言われても、何も不思議じゃないわ。私はゼロから百まであなたの行動と言葉を信じる。それでこれまで損したこととか、騙されたことないもの。間違いないわ」
 

 いつもの。いつもの言葉。いつもどおりの言葉である。そして、いつもいつも、いつものことながら、ここまで全面的に信用されると改めて言われると、ええと、そのーー。
 

「ありがとうございます。桃子お嬢様」

「いいえ。当たり前のことよ。疑うよりも、まず信じてみなさい。意外と大事よ、信じること」

「はい。肝に命じておきます」


 いつからだろう。こんなにも疑い深くなってしまったのは。私はこの時とても自分が小さく情けなく思えた。そして今までなにか思い上がるように自分が大きくなっていた虚像を見ていたのだと、そう思った。特別でもなんでもない自分自身が、なにか特別な存在ではないかと勘違いをしていたのではないか。ちょっと風変わりな同好会に身を起き、周りで幾ばくかの不可思議が起きただけで、私自身は何ら取り柄のない普通の人間だ。考えることをやめないのは大切なことだが、異変を疑って掛かり信じることまで辞めるのは違うだろう。少なくとも、タイムトラベルする前の私は周りの人間を信じていたし、大切にしていたはずだったのに私は虚像を見ていたのだと、こうしてひとり反省しているが、それすらも姫様には見抜かれているような、なんかそんな気がしていた。


 姫様とのお茶会を終えた私はそれからすぐに枝桜氏から連絡があったので、そちらへ向かうことにした。どうやら急ぎの用らしく、しかもそれはいよいよ超能力者関係のことだという。


「すいません、おまたせしました」

「ああ、黒川さん。こちらこそお呼び立てしてすみません。実は事態はあまり良くなく、急を要するもので」

「私はタイムトラベルも経験しているので、概ねのことなら理解できると思います。大丈夫です。気兼ねなく話してください」

「わかりました。では、少しあるきながらで」

「はい」


 私と枝桜氏の二人はあるきだす。目的地はまだ彼のみが知る。ユメも姿はまだ見えない。


「異世界転移者の話はご存じですか」

「ええ。背中に大きな大剣を背負った少年のことなら」

「そうです、それです。実はその原因がわかりまして」

「原因?」

「彼がこの世界に来た理由です」

「なるほど」

「彼は世界の重複により発現した、と述べるのが正しい我々の見解です」

「世界の重複?」

「はい。我々超能力者の組織や機関はこの事態を確認するや否やすぐに調査に当たっていました。そして導き出した結果は並行した二つの世界の重複です。つまり、少年のいた世界線と私達のいるこの世界線が重なったことにより、それぞれの世界の登場人物が同じ世界に存在する状態になったのです」

「それってーー」

「ええ。ありえない事態です。二つの世界が重なるなんてことはあってはならないし、ありえない話です。しかし、それは現実に起きている。そして、二つの世界が一つの世界に同時に存在するということはこれもまた矛盾を生じている。結論から言えば、どちらかの世界が消えなければいけません。最悪の場合、私達の世界が消えます」

「ええっ、それじゃーー」

「はい。その世界の人間の命は、いえ、存在そのものが無くなる可能性が高いです。どちらの世界が残るかは50/50。二つの世界が一つの世界に完全に統一するその前に手を打たねばなりません」

「それで、私」

「そうです。ヨウヘイさんが時空を渡れる可能性があることを、すみません。勝手ながら我々は情報を手にしました。夢野さんやレイさんは関係ありません。手も出していないので、ご安心を。もっと異なる別ルートです」

「大丈夫。枝桜心さんのことは私信じてますから。それに、姫に他人をもっと信用しなさいってさっき怒られたばかりで」

「そうですか。ありがとうございます」


 彼は立ち止まり。深く頭を下げた。


「行きましょう。時間がないのでしょう?」

「ええ、はい。助かります。ーーそれでは、続けます。現在のヨウヘイ様は我々超能力者とは異なり、ごく普通の一般人でいらっしゃいます。超能力者ではない。ですので、たとえ“輝石”があってもタイムトラベルはできないはずです。そこで、あの少年です。あの少年とエデン・レイ様が戦い、その戦闘によって生じた異世界転移エネルギーを源として時間移動を行っていただきます。しかし、これは仮のタイムトラベル。一定時間でまた元の世界に戻されてしまう」

「じゃあ、できるまで繰り返すってことだ」

「左様でございます。クリア条件まではわかりません。おそらくヨウヘイ様に関わるなにかが鍵だとは思いますが、これ以上はなんとも」

「なぜ、タイムトラベル? 行き先は過去? 未来?」

「過去です。ただ、そこまで昔ではありません。ごく最近だと思われます。詳しくはなんとも言えないのですが」

「なるほど」

「タイムトラベルを使用するのは世界が重なる前に行くためです。そこで要因を取り除く。それが目的です」

「わかりました。枝桜さん。任せてください。こう見えて私はひとりじゃないんです。ーーユメ」

「お呼びでしょうか、ヘイ様」

「!? い、いつの間に……」

「ふふ。超能力者も欺くとはな。さすがユメだぜ」

「お褒めの言葉光栄に」

「ユメ、細かい説明は省くけど、タイムトラベルする必要ができた。また手伝ってくれるか」

「御意に。私はどこまでもお側に仕える心意気でございます」

「夢野さん……あなたは、どうしてそこまで……」

「ヨウヘイ様は切り札的存在。チームの希望そのものでした。そして、私の命の恩人でもあります。世界違えど、ヨウヘイ様のいるところに仕え尽くすのは前世からの使命なのです」

「私も……俺も感謝してるよ、ユメ姫」

「…………」


 夢野は少し涙を浮かべ、ぐっとこらえて。小さく「はい」と、それだけ言った。


「急ごう。レイは少年と一緒だな?」

「はい。命令があるまで“姿眩まし”して待機しております」

「よし。より具体的な作戦を組み上げたら、即行動といこう」

「はい! おねがいします!」


 こうして三人は話を詰めながら、目的地である祭りのメイン会場、“”屋台メインどおり“”へと急いだのであった。

 チュウカの肩からカラスが飛び立つ。それを見て彼はそういえば、『カラス』だなんてあだ名のときもあったなと昔を懐かしんだ。今はなんだっけなと思い、ああそうだチュウカ、か。そう思ってニヤける。


 電信柱と電信柱の間の電線にしゃがむように立ち、チュウカは周囲を眺めていた。ここは街であることは変わりないようだが、表でも裏でもない。俺の街じゃない。そう思っていた。


「面倒なのもうろついてるしよー、なんだかね。けけ」


 姿を現したり消えたりする超能力者のような人間がさっきから周りをうろついている。こっちに来て以来、何やら動きを監視されているようであった。


 監視。


 この異世界に来る前もそうだった。その日も軍の監視から逃れるどころか、喧嘩を吹っ掛けていた日であった。それはいつものことで、軍の連中のドンパチを偽中華包丁一本で押し返していた頃合いだったと記憶している。


「おりゃあああ!!」

「撤退! 撤退ー!」


 戦車の装甲にどうやってか穴をあけるほどの衝撃を与え、大破・走行不能にさせたチュウカは雄叫びを上げ、逃げ惑う軍へ追撃を喰らわさんと、次の攻撃として手にしていた立て看板を投げた。看板には「飛び出し注意」と小学生のイラストが書かれている。


「くそっ、腰抜け共。逃げ足だけは早いぜ……あっ?」



 瞬間。


 刹那。
 

 光。

 
 それは軍のものではない、宙のどこかが光ることで視界を手で遮らざるを得なかった、その次の時であった。チュウカが目を開けるとそこは見知らぬ街だったのだ。ぐるりと一周見渡す限り、先程の軍も、大破した戦車もなく、そして見覚えのない観覧車が見える。一瞬にして違う街に来たらしいかった。



「それで、俺はあいつを倒せば返してもらえるんかな」


 宙には一人の髪の長い少女。辺りは急に人払いされたように人がいなくなり、チュウカと少女以外は誰も生きていなかった。


「まだ喧嘩の途中だったから、いろいろ困るんだよなぁ!」



 少女は百もの数にその姿を増やし、行く手を阻もうとする。


 ……が、そんなことはわかっていたかのようにチュウカは飛び上がると偽中華包丁を一回転させながら着地。出現したばかりの分身を二体倒し、片手で刀を相手に向け直した。


「手荒い歓迎じゃないか、けけ。いいぜ、全て乗ってやる。思惑通り動いてやるから、やることきちっとやれよ、誰かさんよぉ!」


 チュウカはそう叫びながら三(たび)飛び上がり、次の目標へ切りかかっていった。
 


 

 戦いが始まった。


 想定通り、チュウカ少年はレイの分身を次々に倒している。


「ヨウヘイさん、夢野さん。おまたせしました、準備完了です。一時的ですが、元の世界から私達だけを切り離しました。これで、私達とヨウヘイさん、夢野さん、チュウカ少年とレイさんは並行異世界に一時移動した形になります。これなら周りの人間に被害が及ぶこともありませんし、他人の目を気にする必要もありません。しかし、一時的です。すぐに世界は元通りになります。その前に決着をつけましょう」

「はい。確認ですが、チュウカ少年がレイの分身を倒す。その時発生したエネルギーを使用してこれも一時的な仮タイムトラベルを行う。飛来先は世界が重複する前の時間。そこで要因を取り除き、事態解決を図る……間違いないですか?」

「ええ、概ねそのとおりです」

「あとはレイがどれだけ粘るか。私が早く解決できるか」


 世界が消えて無くなるのが先か。


 その前に再び世界をそれぞれに分断することができるか。


 一体何が原因だというのか。


 まったくこれではゆっくりと百合カップルや男子カップルのイチャコラを見学することも敵わないじゃないか。観覧車をゆっくり眺めていた方がどれだけ幸せか。そもそも、世界を救いたいわけでも世界を変えたいわけでもないのに。なぜ私なのだろうか。いや、それは願いの結果だと私の中で既に結論づけている。結論は出ている。だが、しかし。やる気はあまりない。だって、そうじゃないか。いきなり世界が滅亡の危機です、あなたの力が必要です、助けてください、タイムトラベルしてください、なんて言われても、ね。世界の危機です、プラスチックを減らしましょうと言われても翌日にはペットボトルで飲み物を飲んでいるだろうし。世界の危機です、二酸化炭素排出を減らしましょうと言われても、そのニ秒後には火力発電の電気をスマホやテレビで消費するだろう。『世界』と言われると、急に分母がでかすぎて実感がわかなくなるのだ。


 たとえば、『同性愛を認めましょう』


 これであれば、私は自分ごととして捉えられる。なぜなら興味本位のベクトルが向いているからだ。


 たとえば、『ダイバーシティを勧めましょう』


 これであれば私はどこか他人事だと思うのだ。多様性を認めることは同性愛を認めることにもつながるのだが、しかし、分母がなにせでかい。そうするとベクトルが分散してしまって、やる気に繋がらないのだ。誰か他の人がやるだろうって。


 今回の世界の危機もまさにこれに該当する。もちろん、大変な事態だし、自分にしかできないことならば、全力で努力する。しかし、しかしだ。一方で世界なんてどうでもいいという自分もいる。世界のすべてが同性愛に寛容ではないのだ。むしろ最近声が大きくなったぐらいで、急に常識をひっくり返された人間にとってはどうだろう。どうでもいいことこの上なく、ベクトルは分散してしまうに違いない。大事だけど、自分のことじゃない。ならばそんな世界を守る必要がどこにある? なぜ世界を守るのだ? そもそも世界ってなんだ?


 結論は一つ。


 δ世界で百もの花弁にチームをたとえ、先頭で戦った私の婚約者たるひとりの姫と、そんな前世に近い世界でも現世でも私程度の人間のそばにいてくれる友情以上の関係にあるひとりの姫のため。この二人のために、私は世界を救う。


 百合姫に仕え夢姫を使え。


 自分の世界を守りたければ。


 自分の世界を救いたければ。


 行こう。


 仮のタイムトラベル、開始ーー。

 選択肢


 仮タイムトラベル開始……


 世界が三つに、分岐している……


 どれを選ぶ。



〉10-1へ向かう…… 宇宙人 

〉10-2へ向かう…… 超能力者 

〉10-3へ向かう…… 未来人  





 
10-1

 超能力者よりも、未来人よりも、私はまずはじめに宇宙人だと自称する人物のところへ向かった。何だか記憶があべこべになっている気がするが、おそらく気のせいだろう。謎や不可思議を解明するのが我が秘密結社同好会の目的であり、存在理由である。他の不可思議が気になる方はそちらの活躍も見ると、この不可思議への理解が深まるかもしれない。……他の不可思議?




※ ※ ※




  繰り返し、繰り返す。


 何度だって繰り返す。同じように見えて、わずかにズレた世界。そう。これは違う世界。繰り返し繰り返して世界線を少しずつづらしていけば、やがて大きな世界線移動になる。まったく異なる可能性が生まれる。それに賭けるしかない。


「愚かね、地球の生命体は」


 これで2回目。

 エデン・レイ。彼女の言葉を聞いた回数。あと何回聞くことになるのだろう。


「姫様! 早く撤退を! お下がりください、危険です!」

「……ヨウヘイ」

「はい、姫様。ここです。私はここにいます」


 硝煙や鉄の焦げる匂いも既に感じなくなり、敵も味方も判別がつかなくなってきた。五感を犠牲にして使う奥義もすでに五発放っている。おかげで最後の視力も尽きてきたようで、辺りが薄暗い。声も出ているか怪しい。聴力も僅かだ。
 

「……ごめんね」
 
「ーーっ……! 姫様。丈夫ですよ。私がここにいますから」

「……分かった。あとはよろしくね」

「はい……。姫様」
 
「これで頼りのお姫様がお眠りね」

「……エデン・レイ……!」

「ヘイ様! 下がって」


 宙から無動作で放たれた爆撃を(すんで)のところで夢野に助けられた。シールドを張って防いだようだ。

「ありがとう。夢野、姫様を」 

「……御意に」


 冷たくなった身体を夢野に託し、すぐに下がっていく彼女を見送った。


「この地球(ほし)も、もう終わりね」

「そりゃ、あれだけ核撃ったしな。当然だろ。おかげでさっきから地響きと熱がすごい」

「他はほとんど死んだぞ。おまえはよく生きているな」

「まあね。色々とバフ掛けてもらってるから。……二人のお姫様に」


 背の二倍もの刀身のある刀を召喚、抜刀。これも夢野の能力の一つ。彼女の恩恵だ。思いが詰まっている。感情の一撃にしてやる。


「人間甘く見るなよ……。最低でも道連れにする……!」

「良かろう。来るが良い」


 武器の刀身は電子的な青白い光を帯び始め、それを地に叩きつけて勢いつけて宙へ飛翔。空浮かぶ一人の少女へ向かっていく。会敵したその刹那の光が、二人の姿を消し去った。跡には爆音と爆風のみが残った。








「……戻った」

「大丈夫ですか、黒川さん!」

「あっ、ああ。済まないが、今はいつの時代の何時だ?」

「大丈夫です。今の世界はあなたのおっしゃる元の世界です。α世界と名付けた世界です。しっかり! ヨウヘイさん!」 


 仮のタイムトラベルとはいえ、とてつもない既視感だった。まだ胸がぞわぞわしている。剣の感触が、姫様の死体の重さが、今も残っているかのような気がする。わかっている。あれは幻。いつかあった世界の幻だ。


「少年が、次のレイさんの分身と戦闘をはじめました。時間がありません。何がありましたか?」

「あ、ああ。宇宙人と出会う選択をしたが、他の二人には会わなかった。そうしたら、世界が滅亡の危機になり、姫が亡くなって、私が剣を持って、それでーー」

「ヨウヘイさん! しっかりしてください! あなたが体験したのは過去の幻想です。仮の世界で、現実ではありません。いいですか、チュウカの少年がエデン・レイさん本体と会敵したときに生じるエネルギーが世界の最終決定になります。それまでの間、分身が消失すると同時に放たれたエネルギーをもとにタイムトラベルを繰り返すしかありません。最終決定エネルギーの前に、世界が消えて亡くならない方法を見つけるのがあなたの使命です! ヨウヘイさん! おねがいですから、しっかり!」

「あ、ああ。大丈夫。少し混乱してしまった。ありがとう。記憶も元に戻ってきた。すまない」

「ヘイ様! 申し訳ありません、私は飛べませんでした。私が仮のタイムトラベルするには試行回数を要するようです……残り回数は?」

「残りは三回が限度ですが……いや、それならレイさんに頼んで回数を増やしてもらいます。長期戦になるかもしれません。ああ、大丈夫ですか、ヨウヘイさん」

「私は大丈夫です。所詮は巻き込まれていく私自身のこと。何度繰り返しても、全然違うことが起きても私は私です」

「ユメもがんばります!」

「ああ、よろしく頼む。たぶん、一人だと飲み込まれておしまいだ。冷静になれる時間が必要なのに。時間そのものがぐちゃぐちゃで、正常に流れないのが一番困るな。よし、もう一度!」


 途端、レイの分身が一体チュウカの大剣によって倒された。その姿が欠片となって消えると同時に、私は再び光に包まれてタイムトラベルを開始するのであった。


 



10-2


 宇宙人よりも、未来人よりも、私はまずはじめに超能力者だと自称する人物のところへ向かった。何だか記憶があべこべになっている気がするが、おそらく気のせいだろう。謎や不可思議を解明するのが我が秘密結社同好会の目的であり、存在理由である。他の不可思議が気になる方はそちらの活躍も見ると、この不可思議への理解が深まるかもしれない。……他の不可思議?




 ※ ※ ※





「愚かですね! 我々能力者に生身で立ち向かうからですよ! さあ、終わりにしてしまいましょう!」


 くそぅ。


「我々能力者の能力は異世界から異世界への空間移動。それは凡人には見えなくなるも同然であり、つまり透明人間を相手にしているようなもの。夢野(なにがし)の武器召喚には驚きましたが、結局はただの大剣。鉄の塊にすぎない」


 くそっ、くそぅ。


「異世界空間を自由に行来可能な能力者数百人を相手にするからですよ! 同性愛など、そんなものを認めるのが悪い」



 くそっ、くそっ、くそぅ。


「そんなものは性の別れた貴様らにお似合いの低俗な思考だ! 両性具有たる私こそ人間の中の人間を超えし者……!! 人知を超越したる存在っ……!!! ふははははっっ!!!!!」



 くそっ、くそっ、くそっ、くそう……。



 選択を間違えたのだ。選択肢を間違えたのだ。あのとき宇宙人か未来人を選ぶべきだった。超能力者だけはだめだった。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した。間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた。しくじったしくじったしくじったしくじったしくじったしくじったしくじったしくじったしくじった。くそっ、くそう……。


「ヘイ様っ!」

「……! ユメ!」

「まだ諦めてはなりません……まだ可能性は残されています。他の選択肢を、他の可能性を……」


 日本刀がユメの体を貫通した。


 一本。


 二本。


 ……三本、四本、五本……。


 だめだった。見ていられなかった。私へ投げられた刀をすべてその身で受け止め、私へ危害がないように。たとえその命に代えても。


「……お怪我は、ありませんか……?」


 この選択肢を選んだ自分をひどく叱責する。ひどく責追する。


「ごめん。ごめんよ、ユメ」

 
 必死に抱きしめる。ああ、傷口が、ああ、夢が。夢野根底が。
 

 その時、光が私を包み始めた。


 この結果を無駄にはしない。


 私は仮タイムトラベルを終え、元世界線の現世へと戻っていった。

 
 
 
10-3


「残念だけど、この選択肢も正解じゃない。まだ、足りないかな最重視最重要課題人物さん」


 顔をあげると、そこには味楽来玖瑠実がいた。


 場所は食堂。長く白い机があり、椅子に座っていて、今は昼過ぎぐらいだろうか外が明るい。がやがやとした雑踏は、懐かしさすら感じる。気がつけば、二人の前にそれぞれパフェが置かれていた。彼女はパフェを食べながら、時折その長いスプーンで私のことを指しながら話を進め始めた。


「私が注文したの。今は三時のおやつの時間だからね」

「ここはーー」

「あら、あなたの方から訪ねてきたんじゃない。私達と同じ方法を使って」


 仮タイムトラベル。何度目かの成功でやってきた時空。いまはいつだ?


「ついさっき、秘密結社同好会のあなたにあって話をしたわ。お昼の時間だったかしら」


 私に会った? それは初回の三択を意味するのか?


「だから遅かったのよ。少し戻る時間が遅すぎた。あなたのやりたいことをするためには、あなたが私に会う前に行かなきゃ」


 私が味楽来氏に会う前? いや、そもそも何で私の状況をこいつは把握しているんだ?


「そんなの簡単よ。私が未来人だから。過去に起きた自分のことぐらいはわかるわよ」


 なに? 味楽来玖瑠実は未来から来たばかりのハズじゃ……。だから、その後の出来事がわかるわけなんてーー。


「誰が初めてなんて言ったかしら? これでもう十数回目よ。具体的な数字は教えてあげられないけど」


 ……え?


「だから何回もあなたの前で麻婆豆腐を食べて、何回もこうしてパフェを食べてるのよ。あなたにとっては初めてかもしれないけど」


 そ、そうか。そうなのか。


「私が未来から来た理由。まだ話してなかったでしょ」


 確か禁止事項だったはず。今この時点では許されるのか。


「世界が無くなるのを防ぐため。未来のために過去に来て、世界重複によって世界そのものが無くなるのを防ぐため。私だって住んでいる世界が過去のせいで無くなりました、なんて許せないからね。意外と愛着あるのよ、この世界に」


 味楽来玖瑠実はそう言うと、「ニシシ」と笑い、パフェを美味しそうにたべるのだった。



※ ※ ※



 味楽来玖瑠実は女の子である。小柄で、背が小さく、いわゆるロリっ子で、でも高校一年生で、実年齢は秘密で。未来のメッセージ手段はメールやSNSでもない、もっと別の形をしていてすごく便利らしい。これも秘密。そして味楽来玖瑠実が過去へ来た理由。これも当初は秘密だった。そしてその理由は今話したとおり、今の状況のわたしに会うこと。未来を世界滅亡の危機から救うこと。過去を変えて未来を消し飛ばした私から。


「多分自覚とかないんでしょうけど、でも残念なことにあなたは巨大な時空間移動を引き起こした張本人なの。犯人なの。だから最重視最重要課題人物。最初に会ったときに話したとおりよ」


 パフェはすでに半分以上無くなっていた。私のパフェは一口も進んでいないというのに。


「あなたを消せばそれで済むかと思ったんだけど、それじゃ駄目だった。そうしたら今あなたは世界を救うために頑張ってるらしいじゃない。それはいいことよ。協力しなきゃね」

「わ、私は。私は一体何をすればーー」

「ごめん。それは言えない。また巨大な時空間振動でも起こされたら困るからね。でも協力はできる。私の目的とあなたの目的は同じだものね」


 彼女は極めて冷静だった。そうだろう。それだけの経験をしてきたのだ。繰り返してきたのは彼女の方だったのだ。私など、その回転の一部に過ぎず、パズルのピースとして当てはめられただけだ。タイムトラベルによる時間輪廻の当事者はまさに彼女で、世界変革の犯人は私で、そして目的は過去改変による未来改変によって滅亡から世界を救うこと。そうなのか。そうだったのか。


 私はどこまでも凡人なのだと、思い知らされる。



「それじゃあ、質問ね。あなたの嫌いなものは?」

「? ……ええと、トマトジュース?」 

「違う違う。何言ってるの。もっと考えて。はい、あなたの嫌いなものは?」

「……人間」

「正解。他には」

「人間関係」

「正解。結論。つまり、今のあなたは?」


 今の私?


「人間、嫌いじゃなかったの?」



 他人の日常ほどどうでもいいことはない。説教、昔話、苦労した自分の自慢話。この三つは特に聞きたくない。基本的に人間は嫌いだし、人間関係は苦手というか嫌いだし、つまり他人のことなど興味も関心なければ、好きになることもない。つまり嫌いだ。そうだ。そのとおりだ。では今の私は? 人間関係だらけだ。宇宙人に、超能力者に、未来人。姫様に、ユメに、βやδ世界線の人たち。いつの間にか関係ができていて、そしてその関係が心地よかった。好きだった。自分自信の性癖から恋愛はありえないと言いながらも、婚約者はいる。ああ、確かに矛盾だらけだな。俺の人生。


「世界重複、オーバーライドが発生した理由は二つ。一つは世界線の移動。これはこの時間軸における後の時間において宇宙人との共存を選択したことによるモノ。あなたの言うδでもβでもない。何も起こらない通常ルートでもなく、共存のα世界線。本来存在しない可能性を生み出したあなたによってα世界線は異なる世界を呼び寄せてしまった。もう一つの理由はあなたの問題。人間関係かもしれないし、記憶かもしれないし、行動かもしれない。タイムトラベルによって起きた問題だもの。タイムトラベラーであるあなたに問題があるのが大抵よ」


 私の問題。私の引き起こした問題。あるとすれば、それはひとつしかない。


「あっ……体が」

「あら、もう時間ね。パフェは私で食べておくから安心しなさい。それじゃあ、今度は違う形で会えることを楽しみにしてるわ。それまで何度でも頑張ってね、最重視最重要課題人物さん」