「あ、えーとだな! ご両親もホモ・サピエンスの未来を考えて必死で研究してたんだろ。立派だよな!」
 まずい。傷つけた。
 高斗がおおいに焦っていると、希望はふるふると首を横に振った。
「ちがうんです」
 涙声だった。
「同じ研究者以外で、あたしを蔑まなかったのは、山内さんだけです」
 高斗は言葉を失った。
 辛い思いをしてきたんだろうな。
 希望が俯いて手で顔を覆う。その肩は震えていた。
 どうしたらいいのかわからず、高斗はその頭をそっと撫でた。
「お父さん……」
 小さな叫びのようなものが聞こえ、高斗は思い出す。
「そうだ、ご両親は? 先に浅間研究都市に着いてるのか」
 ひくっとひとつ希望がしゃくりあげる。
「すなあらしに……っ、まきこまれて」
 嫌な予感がした。
「車、破壊しちゃって、たおれてっ。気がついたら熊鷹が目の前にいて……!」
「喰われたのか」という言葉は胸にしまった。
 何を言ったらいいのかわからない。
 わからないから、高斗はただ黙って希望の頭を撫で続けた。

   ***

「そろそろ行くか」
 頭を撫でてくれている高斗が声を掛けてきた。
 希望はこっくりと頷いた。高斗の手が離れた。
 希望はそっと頭に手をやる。
 撫でて貰った場所が温かい。
「そうだ、ラジオでもつけるか」
 歌うように高斗が言った。それが希望を元気づけようとしてくれているのはわかった。
 希望はにこりと笑った。
「はい! あたしつくばに行くの初めてなんです。どんなところかなあ」
 声を明るくすれば、気持ちも明るくなってくる。
 いつまでも泣いてちゃ、あたしを助けてくれたお父さんとお母さんに申し訳ない。
 あたしのことを希望と言ってくれた、お父さんとお母さんの分も、生きなきゃ。
 にこにこと笑いながら高斗を見ていると、高斗は言いにくそうに「あー」と言って額を押さえた。
「あんまり無理しないほうがいいぞ。辛い時は特に」
 希望は笑顔のまま固まった。すると、高斗は「あ、そうじゃなくてなんて言うかなあ。もちろん、形から入るってのも大事なんだが」とぶつぶつ言っていたが、希望に向き直った。
「なんか、亡くなったご両親の分も頑張らなきゃって必死になってるみたいで」
 なんで。
 希望は泣きそうになった。
 なんであたしの思ってることがわかるの。
 高斗は前を向いてハンドルを握った。
「いや、俺が見てて辛いっていう俺の都合だな。悪い。忘れてくれ」
「悪くないです」
 希望も前を向いた。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
 すると高斗は苦笑した。
「いいや。俺みたいな通りすがりの他人に気を使わなくっていい。泣きたきゃ泣いて、笑いたきゃ笑ってろ」
 あれ?  
 希望は胸を押さえた。
 何故だろう。
 嬉しい言葉なのに、辛い。
 確かに「通りすがりの他人」だけど。
 希望が自分の心に不思議がっていると、カーラジオからニュースが聞こえてきた。
「……次のニュースです。本日午前十時頃。つくば研究都市を中心とする広範囲に激しい砂嵐が発生しました。詳しい被害の状況はわかっておりませんが、家屋の倒壊なども確認されており、行方不明者も出ているもようです」
 ニュースは「被害状況によっては、貴重なホモ・サピエンスの個体数が大幅に減少することが懸念され……」と続けられた。
 希望は顔をしかめて高斗のほうに顔を向けた。
「心配ですね、山内さ……」
「瞳……」
 高斗は真っ直ぐ前を見たまま、硬直していた。
 高斗の額には汗が滲んでいる。
 ーー誰?
 希望が見つめているのに気づいたのだろう、高斗がはっとしたように振り返った。
「悪い。あそこには俺の家族がいるんだ。ちょっと飛ばす」
 真剣な目の高斗に押されて、希望は無言でこくんと頷いた。
 高斗はそれっきり何も喋らなくなった。ただ真っ直ぐに前を見て車を運転していた。まるで希望の存在を忘れたかのように。
 奥さんかな。
 希望は思う。
 まだ希望より五つ年上の二十五歳だって言ってたけど、結婚しててもおかしくないよね。
 希望は知らずに胸をぎゅっと押さえた。
 車は先の見えない道をひたすらに駆けていった。