「うん、水葉先輩ともそういう話になって。これからは、夕飯の後くらいの時間に会おうって話になったんだ。それも、先輩からの提案だよ」

 少々、水葉先輩のマトモ振りをアピールしておく。

 母さんは、髪をかき上げて、ため息をついた。

「そう……。お母さんね、凄く怖かったのよ。奏の頭がおかしくなったんなら、いない人間としゃべり出したんだったら、どうしようって。今までそっとしておいたのは間違いで、引きずってでも学校に連れていった方がよかったんじゃないかって……」

 ずるずると背もたれからずり落ちていく母さんを見て、激しく胸が痛んだ。

「母さん、心配かけてごめん。でも、今僕がやってることは、僕にも先輩にも必要なことなんだ」

 僕たちのゴーストが成していることは、僕たち二人にしか見えないのだから。

 信じて欲しい、と言うのは簡単だ。母さんは、無理にでも自分を納得させて、僕を信じようとしてくれるだろう。でもそれは、今の僕が要求するべきことではないと思えた。

「だからもうしばらく、続けさせて欲しい。僕はやっと、」

 ガタン、とドアの方から音がした。

 咲千花が、しまったという顔で廊下に立っている。どうやら、盗み聞きしていたのが、うっかりドアノブに触れてしまったのだろう。

「あ。……ええと。トイレに行こうと思って」

「……トイレに行こうと思って、いつから聞いてたんだ?」

「わりと全部、……かな。てへ」

「ほほう」

 テーブルの向こうで、母さんが小さく吹き出した。

「奏、もういいわ。聞きたいことは聞けたから。改善もされるようだし。遅くに悪かったわね。おやすみなさい」

「うん。母さんも、おやすみ」

 僕は立ち上がると、まだドアの脇にいる咲千花の前に行き、半眼をしてみせた。

 咲千花は引きつった笑顔で、冷や汗など浮かべている。

「ぬ、盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど。ほら、あたしもちょっとお兄ちゃんどこ行ってるのかなーって心配してたし」

「それはどうもありがとう」

 咲千花は、両手の人差し指を立てて左右に振りながら続ける。動作には特に意味はないのだろうが。

「ほら、たまに通り魔とかの話がこの辺でも出るじゃない? お兄ちゃんも先輩さんも、そんなに強いって方じゃないんじゃないかなーって。男子でも、いきなり襲われたりとかしたら、無理じゃない?」

 僕は苦笑した。

「別に怒ってないよ、ありがとうな。ていうか悪かったな、インドア派で。せいぜい先輩のボディガードになれるよう、頑張るよ」

 それだけ言って部屋に戻ろうと、咲千花の横を通り過ぎようとした時、妹の表情が変わっているのに気づいた。口をぽかんと開けて、まばたきもしないで僕を見ている。

「咲千花?」

「……ボディガード?」

「うん?」

 あ。

「……その先輩って、女の人なの……?」

 ぶわっ、と僕の顔に汗が浮かんだ。

「はあ!?」と母さんが叫ぶのが、後ろから聞こえる。

「あんた、先輩とはいえ、女子を夜中に連れ回したわけ!?」

「い、いや違う、違わないけど、でも違」

「親御さんに、向こうの親御さんに連絡を……お詫びをしないと……」

「さっきしないって!?」

「さっきはさっき、今は今! 早く連絡先を教えなさい!」