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 クリスマスと正月がすぎ、一月ももうすぐ終わろうとしていた、ある日のこと。

「五月女くんはさ、バレンタインのチョコレートとかいる?」

「え? なんです?」

 下校中にいきなり、明後日の方を向いて告げてきた水葉先輩の言葉が、木枯らしのせいでよく聞き取れず、僕はそう聞き直した。 

「だから、チョコレート。簡単なやつなら、あげるよ。それとも何か、別のものがいい? 食べ物以外とか」

「食べ物以外……。マスクとかですかねえ」

 僕は、装備中の緑色の不織布マスクの紐をつまみながら答えた。幸い免疫不全のフィードバックはごく軽いようで、日常生活に支障はなかったけれど、予防に越したことはない。

「いや、そういうんじゃなくて……。私最初、君が死ぬほど謝った後にめちゃくちゃ距離を詰めてくるから、てっきり……なのに全然違うわけだよね」

「? てっきり、なんです?」

「だから、そういうあれかなって、そんな風に思っちゃうじゃない? それでこれはどうかと思うよ……」 

「……今日は、代名詞だけで喋る日なんですか?」

 もういい、となぜかへそを曲げてしまった水葉先輩に、僕は首をかしげる。

 それでも、とにかく元気そうに登下校し、病院へはほとんど定期検査のために顔を出している程度に回復した先輩を見て、なかなかに安堵した。

「あ、でもそれなら、本が欲しいです。先輩が最近読んだ、面白かった本。ホワイトデーにはお返ししますから」

「……でもそれ、つまりは、例のもう一人の私のためなわけだよね? 別世界の」

 じっとりと半眼で睨んでくる先輩に、僕はたじろいだ。

「あの、誤解があるといけないのでもう一度釈明しておきますけど……決して、水葉世界の水葉先輩のためだけに、こっちの水葉先輩と仲良くさせてもらってるわけじゃないですよ?」

「ふん、もういい。どの道、私は私だし。いいよ、本ね。度肝を抜くようなのを贈ってやる」

 どうも……と気圧されながら答えて、早足の水葉先輩を追う。

 校内の不登校問題解決に取り組むためのサークルを新しく立ち上げたせいで、僕も先輩も忙しい。

 冬らしく澄んだ青に、わずかに夕暮れのオレンジを含ませた空は、丸く高く広がっていた。