何事もなく学校で過ごす半日が終わり、僕は家に帰ると、既に部屋に戻っていた咲千花にただいまと何気なく告げて、自分のベッドに寝転んだ。

 そう、何事もなかった。あの人のお陰で。昨夜、僕と別れてから、もう一度ゴーストを五月女世界に飛ばして、最後のプレゼントをくれたのだろう。

 よろよろと起き出し、机の引き出しを開けた。

 夜になれば、今でも僕は、先輩のゴーストを見ることができるのか、できないのか。どの道まだ日が暮れていない今は、まだ確かめようもない。もう数時間経てば、ここに先輩の指が現れるのか、どうか。

 おや、と思った。先輩の指を入れた小箱の横に、二枚ほどのルーズリーフが置かれていた。几帳面な字で、最後の行まで文章が綴られている。

 一行目の上には、やや大きめの文字で、「五月女くんへ」とあった。

 誰が書いたのか。疑いようもない。

 はやる気持ちを抑えて、ことさらにゆっくりと、文字を追った。

 途中、僕の瞳を水分が覆って、何度か読めなくなった。

 読み終わりたくなかった。この手紙の最後の一文字を読み終わったら、それが先輩との、本当の別れだと思った。

 もう先輩には、そのゴーストにも会えない。でも、そうでなくてはいけない。

 水葉先輩の最後の言葉を読んでしまいたくなくて、でも読まずにいることに耐えられなくて、僕はとうとう、整った数十行の文字列の、終わりを読んだ。

 彼女は、どれだけ人を救えば気が済むのだろう。



 五月女世界の水葉先輩に、早く会いに行こう。

 怪しい真似をしてすみませんでしたと、誠意を込めて謝って、そして少しずつでも傍らに歩み寄ることを許してもらおう。

 そしてすぐにではなくても、全てではなくても、もう一つの世界から僕を助けてくれた、もう一人の水葉先輩のことを聞いてもらいたい。



 やがて日が暮れた。

 けれど僕の机の中には、あの白くて細い指が現れることは、もう二度となかった。

 水葉先輩は、もうゴーストを出せない。

 それが寂しくて、でもとても嬉しくて、その日の夜、僕は何度も涙を落とした。