家の前に着くと、水葉先輩には、さすがに門からは少し離れていてもらった。

「すぐに戻りますから」

 僕は、軽く跳躍した。

 門の脇の塀の上に乗り、さらにもうひとっ飛び。

 二回の僕の部屋の窓の、目の前の屋根の上に降り立った。

 ゴーストならではの軽業だ。

 窓ガラスを、するりと通り抜ける。

 すると、水葉世界の僕は部屋におらず、無人の部屋が無言で僕を迎えた。この時間だと、入浴中だと思われる。

 僕は素早く本棚に身を寄せ、整然と並んだ本の群れの奥に手を突っ込んだ。

 この辺りには、散々読んだせいですっかり内容を覚えてしまい、当分読み返すこともないだろう作品が無造作に並べられている。

 よほどの気まぐれを起こさない限り、わざわざ探すようなことは、そしてなくなっていると騒ぐようなことは、そうないだろう。何しろ自分のことだ、性格の把握には自信がある。

 とりあえず、これがいいだろうと目星をつけて二冊ほど取り出した。

 一冊は斬新なアイディアの作品が詰まった短編集、もう一冊は中学生の時に読んでみて、思わず涙してしまった中編小説だった。好みの差はあれ、質の高さは保証できる。もしこれでだめなら、別のものを勧めればいい。

 机の引き出しをあけ、適当にペンをつまみ出し、以前何かの郵便を出す時に使ったA4サイズの封筒も一枚取り出す。

 僕は入ってきた窓を、今度は鍵を外して少し開け、収穫品を持った手を外に出した。

 次に体ごとガラスを通り抜けて外に出て、それから手だけを室内に残して鍵をかけ、腕を抜く。

 道路に降りると、五メートルほど先にいる先輩に先輩に手を振った。先輩が手を振り返してくれる。

 高校はもちろん、中学まででも、屋外で人とこんな動作をにすることはなかった。待ち合わせをして会うほど親しい知人はいないし、迎えることも迎えられることもない。

 それが、実体を持たずに邂逅した水葉先輩とこうして過ごしているのは、不思議だった。

 ――クラスメイトは、誰も彼もが友達候補ではない。

 ついさっき、自分が口にした言葉を頭の中で反芻する。ただ近くにいるだけで人と仲良くなれるわけがないし、その必要もない。僕のように社交性に乏しい人間は、なおさらそうだろう。

 そんな僕が、ゴーストという共通点を持って水葉先輩に出会えたことは、たとえようもないほどの幸運に思えた。

 どうすれば、この人に報いることができるのだろう。

 小首を傾げなら並んで歩き出した先輩を見て、僕は柄にもなく、そんなことを考えた。

「ん? 何? 五月女くん、何かこっちをじっと見てる?」

「い、いえ。何でもありません」

 相変わらず、ゴーストは実体ほどには、お互いに明確に視認はできない。

 それでも、視線くらいは、どこを見ているのか容易に看破されるようになっていた。特に、僕の方は。

 空には、満月よりはややほっそりとした月が出ていた。確か、中潮というのだったか。

 さっき、色々と告白してしまったせいで、何を話していいのかよく分からなくなってしまった。黙ってしまうのも申し訳なくて、焦って話題を探そうとして、さらに口数が減っていく。

 僕のそういう部分は、先輩にはもう知られてしまっているのだろう。

「持ってきてくれた本は、どんな話なの?」と聞いてくれたので、その話で何とか道中をしのいだ。