「僕はあまり社交的な性格ではないので、それまでクラスにはあまり仲のいい友達ができませんでした。ただ、それが問題だとは思いませんでした。僕は本を読むのが好きで、一人が好きで、そういう趣味とか価値観が共有できる人とでないと、友達にはなれないと思ってましたから。高校のクラスメイトって、要は同じくらいの学力を持った、同い年の人間ってだけだと思うんです。別に、誰も彼もが友達候補じゃない」

 先輩は、静かに小さくうなずいている。

「で、その中間試験が終わった後に、ちょっとした事件が起きました。僕の学年は七クラスあるんですが、クラスをまたいで仲のいい友人を持つ人種というのがいまして。ほとんどは同じ中学出身だったためらしいんですけど。そのうちの何人かが、七クラスのうちどこが一番クラス仲がいいかを競争しよう、と言い出したんです」

「……まあ、何だか、新入生って感じ……かな? そういう人って、教室の中でリーダーシップ持つんだよね」

「ええ、まさしくそうなりました。これ自体は、それなりに楽しい勝負事だったのかもしれません。でもそのせいで、槍玉に上がった人間がいました。つまり、友達を持たない人間です。僕の1―Eでは、僕ともう一人の男子が。お前たちのせいで、うちのクラスは他より仲の良さで劣る、というわけです」

「……うん」

「最初は、ただそれを、冗談ぽく責められただけでした。でもこの時、僕を責めたクラスメイトの一部が、気づいてしまったんです。僕やもう一人の彼を迫害しても、怒る者も、悲しむ者もいない。少なくとも、クラスの中心人物とその取り巻きの中には」

 先輩が絶句する気配がした。

「後から分かったことですが、彼らの多くは中学時代、いじめの経験者だったそうです。高校でも、その方法論をそのまま持ち込んで楽しめると、確信したんでしょう。ロッカーの荷物がなくなることから始まり、上履きのシューズが捨てられたり、移動教室の合間にだと思うんですが、机の中の教科書に落書きをされたり。跡にならない程度に叩かれたり、授業の集合場所で嘘を教えられたり。足をかけられたりとか、制服を切られたりもして、縫い方が分からなくて親にも言えないので、ホチキスで止めてました。他にも色々」

 先輩の気配は、怒りに変わっている。

「……ほんとに幼いね。今まで、学校で何習ってきた人たちなの」

「いじめというのは、大人たちも会社でもやることのようなので、人によっては本能的欲求なのかもしれません。僕が怖かったのは、彼らに歯止めのかけようがないことでした。やめろと言ってやめるわけがなし。いじめができる人間というのは、すべからく、暇な人間です。有り余る時間と持て余した活力で、証拠を残さずに、公に罰されない程度のいたぶり方を考え抜いて、心ゆくまで楽しむ。そんなものをどう相手取っていいのか、分かりませんでした」

 虫の声が、僕の言葉の間に差し込まれた。

 ゴーストでよかった。今、僕は、どんなに情けない顔をしていることだろう。

「それで……なの?」

「いえ、確かに、その時点での登校拒否も、選択肢として頭にはよぎりました。でもそれは、僕にとってはそれなりに前向きな選択です。辛かったのは……打ちのめされたのは、その後です。僕が、さすがにたまりかねて、六月半ばに担任に相談に行った時」

 水葉先輩が、音を立てないように唾を飲んだ。

「先生は、最初はまともに取り合ってくれませんでした。僕と、クラスのリーダーとなっている一団では、教師に与えている信頼感に雲泥の差があったんです」

 水葉先輩は控えめに首をひねった。

「聞いている限りは、少し素行が悪そうにみえるけど?」

「彼らはスポーツバイクのサークルとかを作って、活動的なイメージもありましたから。少々の問題児の方が、聞き分けがいいだけの大人しい生徒よりも覚えがいいみたいです」

「そういうものなのかな……。そんなことで差がつくの、なんだか理不尽だね」

「先生は、お前は何か思い違いをしている、子供によくある言い方の問題か勘違いだ、と。噛み合わないんですよね。多分、あの先生の定型文なんです。でも僕も、そう簡単に引き下がるわけにはいきません。すると、食い下がる僕に、先生は言いました」

 思い出したくない。口に出したくもない。でも、そんなことに囚われたくないという思いも、ずっとあった。

 水葉先輩になら、聞いてもらえる。

「もう一人の孤立者の彼についてです。彼はその頃、迫害の対象ではなくなっていたんです。それは好ましいことだったので、あまり深く気にしていなかったんですが、先生が真相を教えてくれました。彼は、……クラスメイトたちに、土下座して頼んだそうなんです。もういじめないでください、と。クラスメイトは、笑って許した、と……」

 いつの間にか地面を見ていた僕は、先輩の方へ顔を上げた。

 先輩の表情は、先生にそう言われた時の僕と、恐らく同じだった。あまりにも想像外のことを、いきなり突きつけられて、感情を見失った顔。

「許すって、何ですか。どうして彼らは笑っていたんですか。どうして先生は、そんな行為による迫害の停止を、まるで問題の解決例のように僕に提示したんですか。僕には絶対にできない、そんな風に頭を下げるようなことは。思春期の辛い思い出になるどころじゃない、この屈辱は、絶望感は、きっと一生僕について回る。自分から屈服するということは、きっとそういうものです」

 いつの間にか、先輩を責めるような口調になっていたことに気がついた。

 少し気持ちを落ち着かせてから、僕は続けた。