生きていたいと願うべきだと分かっている。

 でも心からそう思える瞬間が、生きているうちに、何度あるだろう。



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 十一月になって間もない、新月の日の夜。

 僕――五月女奏さおとめそうが住むこの町では、雨が降っていた。

 部屋の窓から空を見上げる。月はもちろん、星も雨雲に隠れて見えない。

 黒色と、闇がかった藍色にまだらに染まった夜空は、空と言うよりも深海のようだった。

 ただ、雨が街灯の明かりをまとって、細い糸を引いて目の前を流れていく。

 日曜日が間もなく終わる。そしてまた一週間が始まる。――僕が学校に行けないままの一週間が。

 町外れにある二階建ての一軒家。二階には、高校一年の僕の部屋と、中学二年の妹の部屋。

 兄妹は、二人して引きこもっている。

 父親はとうの昔に、この家だけを残して出ていった。

 母さんは、何を思って毎日を暮らしているんだろう。

 やりきれなくなって、僕は足音を殺しながら玄関へ向かった。

 夜、それも雨で人目が少ないだろう今日のような日なら、僕にだって外出はできる。

 特に行くあてはない。でも、少しずつでも外へ出ることに慣れていくのは、必要なことに思えた。

 スマートフォンを見ると、もう夜の零時を回っていた。……月曜日になってしまった。

 コンビニくらいしか開いていないだろうけど、あまり人には会いたくない。

 静かに門を出て、傘を差し、とりあえずいつもの病院へ向かった。

 歩いて十五分ほどのところに、この辺りで一番大きい市立病院はある。

 当然、中に入る気はないので、適当に病院の外周を回った。靴の裏から響く水音が、まるで小さく頬を叩かれ続けている音のように聞こえて、雨の日の外出もいいことばかりではないなと嘆息する。

 ふと、奇妙なものが見えた。

 雨は、豪雨というほどではないものの、傘がないと出歩けない程度には降っている。その雨の中に、やや小柄な人影が見えた。

 僕と同じくらいか、少し低い背丈。それだけなら珍しくはない。奇妙だったのは、それがまさに「人影」だったからだ。

 髪は長いように見える。そして、スカート姿のように見える。女性だろうか。しかし、その人影の向こうの風景が透けている。透明人間の輪郭だけが、うっすらと見て取れているような光景だ。

 病院の方を向いているらしい人影を、雨粒がいくつも通り抜けていた。見間違いかと目をこすっても、半透明人間は消えない。

 ふと、人影が身じろぎをした。そしてすぐに動きが止まる。

 僕は直感した。今、こちらを向いた。――目が合っている。

 わずかに、人影が後ずさりしたのが分かった。

 僕はきびすを返し、家への道を小走りに帰った。

 なんだあれば。

 幽霊? 妖怪?

 いや、違う。

 僕が知っている限りの知識の中で、最も正解に近いと考えられるのは。

 あれは、僕と同じ人だ。

 でも。

 なぜ、「この世界」にいるんだ? まさか……。

 僕は足を止めた。再び、病院へ駆け戻る。

 雨にけぶる道の上で、あの人影を探した。

 けれど、もうその姿を見ることはできなかった。