翌日、
「ねぇ、あんた珈琲好きなんでしょ。良さげな店見つけんたんだけど、今日行ってみようと思うんだよね。一緒に来ない?」
と誘ってみた。なぜ初回を装うのかというと、あんな薄暗い店の常連だなんて(一応)花の女子高生の私にはあまりにハードルが高かったからである。彼は一瞬考えると、少し考えるようにして「いいよ」と答えた。周りは「お?デートか?」という感じで揶揄(からか)うが、彼はやんわりと野次を退けて、それきりだった。

喫茶店に入ると、昨日と同じところにでぶねこはいた。「よう」というようにこちらに視線を向けると、知らない男に驚きでもしたのか、のっそりと動き出してレジ裏に行ってしまった。
いつものカウンター席ではなく、テーブル席に向かい合って座ると、彼はそそくさとメニューを見始めた。私は、どのタイミングで言い出すべきかわからず、緊張で体がこわばった。冷え性でもないのに、手が冷たくなっているのに気づいた。すると、でぶねこがいつもみたいに私の膝上にきた。それほど暖かくはないが、ぬるい腹が膝上にあるだけで少し安心した。尻尾が顔に当たりそうなので少し下げて欲しい、と思った。彼はメニューを折り返し読み始めた。
私はいい加減、野暮ったくなり、あの、と声をかけた。彼はびっくりしたようで少し飛び上がり、どもった声で「な、何?」と返した。
私は
「猫、触る?」
と手招きした。彼が撫でようとすると、でぶねこはすっくと立ち上がり、彼から逃げるようにテーブル下に潜り込んだ。あちゃぁと声を漏らした彼が、私と顔を見合わせて、お互いに吹き出した。なんだかバカらしくなり、私はそのまま愛の告白をつげた。彼は一瞬固まると、
「猫に好かれる人は好きだ。俺も猫に好かれる方だと思ってたんだけどなぁ…初めましてで赤よくなれるのはすごいなぁ」
と言って誤魔化すようにOKをくれた。その後、彼は鈍臭いわけではなく、好きな人が話しかけてくるのが嬉しくて、にやけを抑えるのに必死であったことがわかった。ちなみに、店主が何かいいそうだったので、睨みつけて何もしゃべてくれるな、とお願いしておいた。多分通じた。
初めて行く、というのは嘘だったが、その嘘のおかげで彼と結ばれたような気がする。

おい、でぶねこよ、お前のおかげで私の初恋がかなったのだ。また今度お礼に何かおやつでも買って行ってやろうか。
退店時、でぶねこは相変わらずカウンターにでんと寝転び「また“二人で”こいよ、貴様ら」というように一瞥してなうと鳴いた。