【完】桜の降る日、君の隣で死ねますように


すると隣に立った柊依が口を開く気配があった。


「ビーナスベルトは寒い日にしか現れない。でも紫苑とだから奇跡が起きた気がする。俺ひとりじゃきっとこの景色は見られなかった」

いつもより優しく、いつもより凛とした切実さをもって響いた柊依の声が、耳の奥で反響する。

なぜだか私はそれを、いつまでも大切に自分の中にしまっておかなければいけないような気がした。


「柊依の目は綺麗だね」

「え?」

「こんな景色が映ってるなんて」


心も瞳も綺麗な柊依の隣にいると、曇っていた自分の目も視界がクリアになって景色が美しく見える。

そして空っぽだった心も、豊かになったような、そんな錯覚さえ覚えてしまう。


すると柊依は、唇に微笑を乗せたままゆるゆると首を振る。


「そんなことねぇよ。紫苑と一緒だから、世界はこんなに綺麗なんだよ」


私は返す言葉につまった。

いつだって柊依は私の身の丈に合わないきらきらと輝かしい言葉をくれるから、受け止めきれなくて持て余す。


その横で柊依は、空に向かってしなやかな両腕を伸ばした。

そして息をひとつ吐き出す。


「なんだかさ、息ができる気がしないか?」

「……たしかに」


伸びをする柊依に私は同調する。

そうして柊依にならって深呼吸をすれば、澄んだ空気が肺を満たす。

ようやく人間らしく呼吸ができた気がする。


「こんなに綺麗だったんだね、朝って」


感嘆の色に染まった声が、空気の中に落ちていく。

目を突き刺すほどに眩しかった夕焼けが、徐々にじんわりと目になじんでいく。


今目の前にあるこの色が、私の世界で一番綺麗な色だと言えると思った。


あんなにも怖かった朝は、こんなにも綺麗だった。

そのことに、私は今日まで気づかなかった。


私は隣の柊依を見た。

この景色をまさに今、共有している柊依を。


「朝も悪いもんじゃないだろ」


すっと通った鼻筋を見せながら、柊依が静かな声音で囁く。


その横顔は、なぜか言葉とは裏腹に儚く脆く感じられた。


柊依にも、寝られず夜に逃げ込んで迎えた朝があったのだろうか。

そうしてこの景色をひとりで見ていたのだろうか。