「『君に贈る物語』は途中までは椿が書いたものよ。私はそれを受け継いで加筆修正をしたり、柊依の日記を元にしたりして一冊の小説として完成させた。そうはいっても物語はほとんど完成していたし、柊依の日記も詳しく書いてあったから、私の手はほとんどかからなかった」
そこまでして、どうしてこの物語を……?
言葉にならずに胸の中に生まれた問いかけを、菫は掬い取る。
「『君に贈る物語』を発表したのは私のエゴよ。この作品を出版するのが椿の夢で、それを読むことが柊依の夢だったから。それに椿と柊依の愛の灯まで死んでしまうことが耐えられなかった。この愛をどうにかして形に残すこと、それがふたりの恋を一番近くで見守ってきた私の使命だと思った。だって、ふたりとも本当に……すごく、幸せそうだったから……」
真っ赤になりながらも踏ん張っていた菫の大きな瞳から、ついにこらえきれなくなったように大粒の涙がぼろぼろっと続けざまにこぼれた。
それは膝の上で固く握りしめた両の拳の上に落ちる。
菫はどれだけ苦しかっただろう。
わたしと柊依の関係を唯一知り、時に応援し、時に一緒になって一喜一憂してくれた菫は、どんな思いで柊依を亡くした悲しみを見せないように振る舞っていたのだろう。
どんな思いで、柊依の記憶を失ったわたしを見つめていたのだろう。
その苦しみはあまりにも計り知れない。
登場人物の中でわたしだけ名前を変えたのは、例えわたしが『君に贈る物語』を読んでもすべてに気づかないようにという、せめてもの抵抗だったのだろう。
そうして柊依と共にわたしを守ってくれていた。

