【完】桜の降る日、君の隣で死ねますように





そこまでの文字を追ったわたしは、ありえないはずで、でもそうとしか考えられない現実に直面していた。


「はぁ、はぁ……」


呼吸が荒くなる。

指が震える。

小説『君に贈る物語』を持っていた手から力が抜け、がくんと下がる。


ターミナルに差し込む光が、項垂れたわたしの輪郭を映し出す。


『君に贈る物語』を架空の物語だと思って楽しみ、時に泣き時に共感しながら読んでいた。

……でも、違う。

物語として俯瞰で覗いていたはずの世界が、急に現実という名の正体を露わにしていく。

これは創造上のキャラクター、紫苑じゃなく――現実のわたし、椿の物語だ。


実際には、この物語に書かれている8割以上が身に覚えのある話ではない。

だけど。

もし仮に未来日記というものが本当にこの世のどこかに実在して、そのなんらかの力によってわたしの彼に関する一切の記憶が消されていたとしたら。

すべてがすとんと、腑に落ちてしまうのだ。


胸の中の大きな部分が抜け落ちたような、なにかが常に満ち足りないような。

そんな漠然とした喪失感と空虚感を、今日までずっと抱いていた。

それはちょうど高校2年生の夏頃から。


わたしはその頃、交通事故に遭った。

なずなくんという4歳の男の子を助けるため道路に飛び込んで、大型トラックに撥ねられたのだ。

その時頭を打ったせいか、高校2年生の春から夏にかけての記憶が曖昧になった。

だからわたしが抱える名前のないぽっかりとした感情も、事故が関係しているのだろうと、深く考えたことはなかった。


そういえば、入院先の病院で先生に言われた。

『ありえないほどの奇跡的な回復をしたようです』と。


『奇跡が起きて助かったのよ。神様が助けてくれたんだわ』

そう言うあの子の笑顔は、心から嬉しそうにしながらも涙に濡れ震えていたっけ。