【完】桜の降る日、君の隣で死ねますように


「ちょっと……!」


呼び止めようと声を張りあげるけど、柊依は軽やかに笑いながら走るだけ。


小雨とはいえ走るなんて、うそでしょ。

そんな抵抗感があったのは、最初のうちだけ。


気づいたら、傘を差した主婦や学生の何事かという視線すらも気にならなくなっていた。


だって私の視界には柊依の背中しか映っていないから。


「気持ちいー!」


顔に雨を受けながら無邪気に笑う柊依。

まるでまわりの人をあっという間に巻き込んでしまう台風のようだ。


そんな柊依を見ていたら、我慢ができなくなってふふっと笑みがこぼれていた。


もうなんだっていいや。

びしょびしょに濡れたって、髪がぐちゃぐちゃに崩れたって、柊依と走っていられるならなんでも。

だってこんなにも気持ちいいのだから。


雨が体を濡らす感覚に加えて、普段ならやらないことをするという背徳感が余計に気持ちよくさせるのかもしれない。


出会った日の夜を思い出す。

あの時のような、どこまでも走れそうな高揚感が胸を満たす。


出会った頃から柊依は私を、未知の世界へと連れ出してくれる。         


小雨が私たちを包み込む。

これまでずっと雨はこの世界を拒絶する存在だと思っていたけれど、そうではないと思ったのは初めてのことだった。