「たくやお疲れ」


放課後の教室。


チャイムと同時にクラスメイトが騒ぎ出す中で、落ち着きのある声が俺を呼び止める。


カバンに教科書を入れる手を止めて、声に吸い寄せられるように振り返ると、やわらかな表情のしょうがラケットを右手に持って立っていた。


くっきりとした二重に見つめられると、一瞬胸がドキッと高鳴ってしまい思わず目を逸らしてしまう。


再び目を合わせるとその大きな瞳には俺が映り込んでいて、潤いのある目はいつ見ても美しい。



「たくや、今日も部活来るよな? 女子のマネージャーみんなテスト結果が悪かったとか言って、先生に呼び出されてるらしくて」


「あぁ、もちろん行くようにしてる。試合前だしな。俺、しょうのラケットも部室に持っていっとくよ」


「いつも悪い。ありがと」



しょうのテニスラケットには黒の縁取りに黄色のラインが入っていて、トラをイメージしているんだとか。


この前一緒にラケットを買いにスポーツセンターに行った時に、そう説明していた。



「あのさ」



俺が部室に行こうと荷物を持ち上げた瞬間、しょうが何か言いたげな表情を浮かべて、再び呼び止めてきた。



「なに? どうした?」


「俺、たくやがテニス部のマネージャーになってくれて本当に感謝してる。たくやがいるから頑張れるんだよね。俺・・・・・・、たくやがいない部活なんて考えられない。ーーーごめん、変なこと言って」



彼のーーーしょうの声には芯が通っていて、俺の耳の奥まで鳴り響き渡る。


ぎゅっと握りしめられた拳が小さく震えているのがすぐにわかった。


真剣なんだ、俺に心の声を聞かせてくれたんだ。そんな彼の気持ちが、目の前にいるしょうの姿からはっきりと伝わってくる。


俺は唇をギュッと噛み締めた後、ゆっくりと丁寧に「俺もしょうがいないなんて無理だよ」と少し照れくさそうに答えた。


しょうはクラスの中心グループに所属していて、男女ともに人気があるからかいつも周りには自然と人が集まってくる。


休み時間になると席を離れなくてもみんながしょうのもとへやってきて、チャイムが鳴るまで盛り上がっている。


きっと先生のこととか、テレビの話題とか、授業のこととか。


高校生にありがちな話をしているのだと思う。よくわからないけれど。


いつも自分の机から立つこともなく小説ばかりを読んでいる俺とは対照的な人物。


だけど、俺たちは繋がっている。


少しフツウとは違うのかもしれないし、もしかしたらこれもある意味フツウと呼ばれる一種なのかもしれない。


ただ「平均的」というものから、ちょっと外れているだけなのかもしれないって感じる時はある。


だから、フツウだなんてたんなる世間一般論なのかもしれない。


クラスメイトが、親が、世の中が。


みんながどう思うかはわからないけれど、俺としょうの間ではそういった多数的ではないフツウというものが存在している。


それは恥ずかしいことでもないし、隠し通さなければならないことでもないし、負い目を感じることでもない。


言葉に表すのちょっとだけ難しい、特別なフツウ。


そんなフツウの中に俺としょうは存在しているんだ。