君の雨が溶ける

 今宮は屈んで鞄からハンカチを出して、俺の髪を拭いていた。
 俺は拭いてくれている今宮を見ていた。
 今宮は真っ直ぐな瞳で、心底に心配そうにして優しく慰めるようにしていた。
 俺はその姿を見て、冷えきった心が温かくなり始めた。
「…なに黙ってんの」
 今宮は声を発して俺の髪を拭くのを止めてから、俺の様子を窺っていた。
 俺は何も言わずに黙っていた。誰も心配なんてしていない。
 心配をしてくれたのは今宮だけだった。俺は今宮の右手首を捕まえて今宮の目を見据えた。
「…なに?」
 今宮は首を傾げて、聞いてきた。
「………いや、なにも」
 俺はそう言うしかなかった。言う言葉が見つからなかった。
 いや、出なかった。言葉にしようにも、うまく言えないのだ。
 この気持ちを忘れないように、今宮に言葉にして表したいのに。
 そう思った瞬間、俺は今宮を抱きしめていた。
「ちょっと……濡れる」
 俺は今宮の手首を握りしめて、俺の方に抱き寄せた。
 今宮は反対側に持っていた傘は手から離れて、地面に転がるように落ちていた。
「………」
 俺は黙ったまま、今宮を抱きしめた。今宮は離してよと言っていたが俺は強く抱きしめた。
 抱きしめないと本当に俺というものが存在するのか自分自身に分からせたかったのだ。
 今宮はポンポンと一定のリズムで俺の背中を優しく叩いていた。
 そのリズムに俺は目から一筋の涙が溢れて、何もかもどうでもよくなった。
 誰か一人でも味方になる人がいるひともいる。逆に一人も味方がいないひともいる。
 俺は味方がいる。ただ、それだけでも生きていく中で違ってくる。
 俺は今宮とともに立ち上がり、言葉を紡いだ。
「……はい、傘」
 今宮は俺に傘を渡してきた。
「それは今宮のだろ?」
 俺は身体全体を右に向けて、顔だけ今宮の方により、聞いた。