今は、感情はどこかに置いてきたかのようにない。
 どこかの部屋に閉まっているのかどこかに埋もれているような……
 俺は職員室に戻った兄貴の背中を見送ってから、学校を後にした。
 学校から出たら、ひたすら駅まで歩いた。誰もいない通りを歩いて、俺は思った。
 兄貴は俺のことも母のことも何とも思っていない。
 ただ、母さんが酒に溺れている事実だけは驚いたと思う。
 それだけだ。それだけの事実だけ。
 逆に離婚した時だって、兄貴は父さんが愛人と出て行って逃げたことを違う理由づけにしようとした。
 本当の理由があるかもしれないが。
 あったとしてもそれは言い訳だ。そう考えながら、俺は歩いて駅の近くで立ち止まった。
 兄貴が父さんは事情があって…というのは本当なのか?
 俺は立ち止まって、父さんが愛人と出て行った時を思い出す。
 昔の俺が見たことは変わりない。
 その事実は事実でしかない。考えても無駄だった。無駄に時間が過ぎるだけだった。
 一時間くらいは立ち尽くしていると、一本の電話が鳴り響いた。
 プルプル プルプル プルプル
 持っていた携帯を取り出して、応答ボタンを押した。
「はい」
 俺は出ると、それは六弥だった。
「兄貴の所に行ってきたのか」
 六弥はやはり俺がどこに行くのか分かっていたのだろう。連絡がきた。
「ああ」
 俺は返事をした。
「…どうだった?」
 六弥は冷静な声で俺に聞いてきた。
「……お前のおかげで会えたよ」
 俺は駅にあったベンチに座り、電話越しの六弥と話し始めた。
「あとは?」
 六弥は俺のことが心配なのか聞いてきた。
「……文句を言って帰ってきた。生活費は兄貴が出すって……それだけ」
 俺は六弥にあったことを話した。
 六弥はなぜか興奮気味に言ってきた。
「それだけ? 僕がどれだけ苦労して工藤の兄貴の居所を手に入れたか分かっているのか」