君の雨が溶ける

「失礼します。あの工藤要(くどうよう)さんはいらっしゃいますか」
 俺はガラッと扉を開けた。
 ドア近くにいた職員に聞くと、職員室を見渡してから俺の方を見た。
「…あー、今はいないようですね…」
 職員はそう言うと同時にガラッと扉を開けて後ろから入ってきた人がいた。
「あっ、今きました。工藤先生! お客様いらっしゃいましたよ」
 職員はそう言った後、自分のパソコンに向かって作業をし始めた。
「お客さん? 誰だろう」
 後ろにいた職員は近づいてきて俺の元に現れると、目を丸くしていた。
「剛?」
 驚いているのか両手には資料などを持っていて、俺の前で立ち止まった。
「久しぶり。兄貴」
 俺はそう言い放ち、兄貴の目を見て右手を上げた。
「……ここじゃ、あれだから下に行くぞ」
 兄貴は自分の机に持っていた書類を置いて、一緒に職員室を出た。
 一階に行き、お互い向き合いながら黙っていた。
「ここにいるってどうやって突き止めた?」
 兄貴はなぜ俺がここにいるのか不思議でならなかったようだ。
 眉間にしわを寄せた兄貴は、俺がここに来たことが迷惑な様子だった。
「今それは関係ない。兄貴。ここで教師してたんだな」
 俺は上から下まで兄貴のスーツ姿を見て、言い放った。
「……ああ。母さんは元気か」
 兄貴はズボンのポケットに両手を突っ込んで、俺の方を向いて聞いてきた。
「……元気だよ。酒飲んでおかしくなってるけどな」
 俺は自分の靴を見てから、兄貴の方に顔を向ける。
「酒飲んで? 一滴も飲まなかったのに…」
 兄貴は心配そうに眉をひそめて、俺を見てきた。
「…飲まなかったよ、あの時までは…離婚して、母さんがどんな思いでいたか。兄貴は分かるはずもないよね。父さんは兄貴を引き取るって決まって、無表情で家出て行ったじゃないか」
 俺は右拳を握りしめて、悔しそうな表情を浮かべた。