工藤は自分の足元を見てから、前髪を触りながら私に微笑んでいた。
 前に、工藤の澄んだ目を見たことがあったが、こんなにも笑う姿の工藤の目は柔らかった。
 その笑みは、私に何かを感じているのか…。私にはその笑みに違和感を覚えた。
「…そうなのね。うん、私も気にしないように話しかけるから。じゃあ、行こう」
 二人で学校に向かっていたが、話していたらあっという間に学校に着いていた。
 学校に足を踏み出して、玄関先に向かった。
 玄関には高校生の声が響き渡る。今日は、数学だ~ 嫌だ~。イエーイ、おはよう。おはよう! と朝なのにテンション高めの声が私の耳の中で騒ぎ始める。
 私はため息をついて、自分の下駄箱で靴を替えていた。
 替えた瞬間、私の耳は何も聞こえなくなった。
 後ろを振り返ると、工藤が私の両耳を塞いでいた。
「な、なにしてるの」
 私は目を丸くして、黒目だけ後ろにいる工藤を見た。
「耳塞いでる」
 顔色を変えずに私の耳をただ塞いでいた。
「見ればわかるよ。なんで」
 耳を塞いだまま私は目をパチパチさせた。
 いきなり私の耳が工藤の大きな手で覆われて、ロウソクが付いたかのように心が温かくなった気がした。
「…今宮さんが辛そうに見えたから」
 工藤は私の気持ちを読み解くように私を見てから両耳を工藤が塞いでいた両手が離された。
「……っ」
 私は自分の両耳を手で触ってから、後ろを振りかえり、工藤と面と向かった。
 工藤と向き合った瞬間、私は工藤と目を合わせて、その場で立ち去った。
 これからが始まりだった。
 私たちの想いの先には、まだ闇が潜められていることを知っていたのに隠れていたから。
 闇の先に見えるのは……なにか。知らなかった。辛そうなのわかって、耳を塞いでくれたのに私は驚いた。なんで顔を見るだけで分かったのか、不思議だった。