俺はその男を見ても、誰だか分からなかった。
「あそこの近くに駄菓子屋をしてるおじいさん」
 自分のことを指でさして、俺はある男の顔を見つめた。ある男には口元にほくろがあった。
 それを見て、思い出した。公園の近くにある駄菓子屋さんの店主をしているおじいさんだ。
 俺は思い出して、店主に返事をした。
「駄菓子屋は今もやってるんですか」
 俺は立ち上がって、店主の所まで行き、駄菓子屋について聞いた。
「ああ、やってるよ。子供たちが昔と同じように来るよ」
 店主は目を見開いて、おでこに皺を寄せて、どこからビールを出してきたのか片手に持って笑顔で答えていた。
「そうですか……」
 俺は素っ気なく返事をした。
「君、あのお菓子のことで僕が言ったこと覚えてる?」
 店主は真面目な表情で俺に聞いてきた。
「お菓子……。はい、覚えてます。あれから俺は生き方についてどうすればいいか考えてきましたから」
 俺はあるお菓子のことはずっと覚えていた。それであの子と俺を引き合わせてくれたから。
「君、もしかして感じてる?」
 店主は怪訝そうに俺を見つめて、聞いてくる。
「何をですか?」
 俺は聞き返す。聞かないと分からなかったからだ。
「………いや……そうか。まだ感じないのなら、まだ溶けてないのか」
 店主は俺の表情で勘ぐったのか、困った表情を浮かべていた。
「…溶けてないです。あれ以来、机の中に閉まってますから」
 俺は現在、お菓子がどこにあるのかを店主に報告した。
「なら、いいんだが。君溶けてないからって油断はしちゃだめだよ。あれは最高で10年だ。君に会って十年の時が流れてる。だから、君は覚悟しておいた方がいい」
 店主は俺の肩を優しく一回叩いてから、持っていたビールを一口飲んで帰っていた。
 俺はもう時間がないんだ。そんなこと前から分かっていたはずなのに、俺は忘れていた。