「なんでもない」
 彼は突っ伏したまま、ひそかに答えていた。私はそれから数学の問題を解いていた。
 工藤はそのまま机に顔を付けて、何もしないで学校を終えた。
 彼の後ろ姿は教室で見たのが最後だった。彼はそれ以降、学校に来ることはなかった。
 私が見た彼はあれ以来、最後だったのだ。六弥くんも探したが、どこにもいなかったのだ。                         
 俺は学校や家にも帰らなかった。なんでかって。
 三日後に遡る。俺は家に帰ろうとドアを開けると、そこには母さんの姿がなかった。
 家に入って、お風呂場、トイレ、押し入れなどを開けてもいなかった。
 急いで、俺は母さんを探す。もしかして、またどこかへ行ったのかと思い、俺は外を走りまわって母さんを探した。母さんはどこにもいなかったのだ。
 前は、兄貴が隣にいて、無事なことが分かり、俺は安心した。
 今回はどこにいるんだ。母さん。俺はご近所迷惑なるのを承知に大きい声で呼んだ。
「母さん、母さん!」
 俺は必死に歩き回り、母さんを呼んで叫んだ。
 それでも、母さんは見つからなく、たまたま歩いていたおばさんに声をかけた。
「すいません。母を探しているんですけども、この人見ませんでしたか?」
 俺は携帯を取り出して、母さんの写真を見せておばあさんに聞くと、腰を痛そうに右手を押さえながら言った。
「……あー、この人、見たよ。一時間前に」
 いっててと腰を当てながら、おばあさんは小さな目で俺の見せた写真を見て声を発した。
「見たんですか。誰かと一緒にいましたか?」
 俺はおばあさんに前のめりになりながら、聞いた。
「いたよ。長身の男性でお兄ちゃんって呼んでたよ」
 おばあさんはあー、うん、あっと言ってから思い出したのか俺の目を見て俺に伝えてきた。
「もしかして、この人ですか」