兄貴・父さんの身勝手さ、母さんへの感謝の言葉のなさ、人として、どうなのかと思う。
 俺は兄貴にキレた。母さんが俺を忘れたからって、俺たちの思い出まで消えるはずがない。
「はあ。そういうと思ったよ。だけど、お前は高校生で何も出来やしない。俺と父さんに任せた方が早いんだからな」
 兄貴はズボンから携帯を取り出して、何かを検索して、帰っていた。
 俺は家にいて、下を向いていた。すると、母さんが俺に声をかけてきた。
「今日も学校だったの?」
 はいと俺は返事をした。他人のように。
「楽しい? お母さんは心配してない?」
 母さんは兄貴の友達と本当に思っているのだろう。
 自分の子供なのに、他のお母さんのことを心配してるなんて…
 呑気で忘れている母を横目に見てから、俺はまばたきをして目を左右に動かしていた。
 何事もなかったように自分の拳を握りしめて自分の動揺を隠した。
「…はい、心配してないです。俺のことなんて忘れてますよ」
 俺は苦笑いを浮かべて、下を向いていた。
「そんなことないわよ。あなたのお母さんも心配しているわよ」
 母さんは笑顔を浮かべて、輝いていた。
「そうですかね。忘れていると思いますけどね……」
 俺は母さんの様子を窺うように見てから、声を発した。
「そんなことない。親は子供のことは必ず覚えているものよ。親にとって子供は宝だから」
 母さんは力強い声で俺の両肩を掴んで、言う。
「宝?」
 俺は母さんに聞き返した。
「そう、親にとっては存在しているだけで嬉しいんだから」
 母さんは誰のことを考えているのか首を傾けて、少女のように笑っていたのだ。
 俺は素っ気なく、そうですかと言ってから、ドアを開けて外に出た。
 子どもが宝? 存在しているだけで嬉しいし、子供のことは必ず覚えているはずと言っていた母さんは俺のことを本当に覚えているのだろうか。