君の雨が溶ける

 繰り返し小声で復唱していたからか、隣にいる工藤が声を出してきた。
「何回も言うんだったら、覚えただろ」
 寝ていると思いきや、工藤が目を開けて私の方を見ていた。
 なに? と私は首を傾げて聞いた。
「聞こえてくるから寝れやしない。一回言ったら覚えるだろ」
 工藤はため息をしてから、私の方を見て眉をひそめていた。
「覚えられないから、何回も復唱してるんじゃない」
 私は自分で書いたものを見ては声に出していたが、もう次の段階まで進んでいたのだ。
「……そうですか」
 工藤は呆れたような表情を浮かべてから、また寝始めた。
「だったら、工藤は覚えられるの?」
 私は苦笑いをしてから、工藤を指をさして聞いた。
「ああ、一回見ただけで覚えられるから」
 工藤は机に横になったまま、声を発して指を1と作っていた。
「じゃあ、今やっていることは?」
 私は黒板に書いていることを指をさして、工藤に聞いた。
 すると、工藤は起き上がって黒板を見始めた。
「……坂本竜馬が率先して動いて、いろんな人を動かした」
 工藤は黒板には書かれていないことを口にした。
「書かれてないよね」
 私は再び工藤に聞くと、工藤は顔を歪めていた。
「さっき先生言ってただろ」
 工藤はまた私の方を見て、ため息をついていた。
「あ、うん」
 私は適当に返事をすると、工藤は机に顔をあてて目を瞑っていた。
 工藤は寝たまま、授業を終えた。
 彼は特に変わっていないけど、前より表情が明るくなった気がする。
 なのに、私は変わり始めたのだろうか。
 自分自身が変わったのか、あるいは考え方が変わり始めたのかも分からないでいた。
 だけど、これだけは言える。人は誰かがいることで変わることもあるのだと。