でも、沖田くんが自分のことを不当に低く評価していると、私は、即座にそれを否定せずにはいられない。

沖田くんは目をぱちくりさせてから、

「ありがとうよ。クラスの女子に言われると、なんか新鮮だな。気分いいぜ」

少しおどけたように言う。

涼しい風が木陰に吹いた。

ああ、まただ。昨日と同じ。

この時間が続いてほしいと思う。いつまでもいつまでも。

私たちは、食べ終えたお弁当を片づけた。午後の授業の時間が近づいている。

なにか話したい。でも、話せば話すほど時間が早く過ぎてしまいそうで、開きかけた口がまた閉じる。

なにもしないでいれば、どこまでも時の流れが緩まりそうに思えた。そんなはずがないのに。

「衿ノ宮、さ」

名前を呼ばれて、私は、「ひゃいっ?」としゃっくりのような声で答えた。

「……行こうぜ。遅刻になる」

「そ、そうだね。行こう」

また、沖田くんが私の前を歩いた。周りの生徒たちもみんな引き上げていたことに、私はようやく気づく。

楡の木の下には、私たちだけだった。

沖田くんが、背中を向けたまま、「衿ノ宮」とまた私の名前を呼んだ。私は今度は幾分落ち着いて、「なに?」と訊く。

「……おれ、襟ノ宮に、軽蔑されてないか?」

「されてない。全然」

沖田くんの背中が少し伸びる。肩の緊張が抜けたように見えた。ほっとしたみたいに。

軽蔑されてないよな、ではなく、されてないか? と訊かれたことに、私の胸が痛んだ。

もしかしたら沖田くんは、昨日から怯えていたのだろうか。沖田くんがまともだと思ってくれている私に、まともではないと軽蔑されることに。

そんなわけないよ。私は、沖田くんについて知りたいことを、まだほとんど知らないのに。

条件反射のような即座の否定が、今は役に立った。

私のためではなく、沖田くんのために。それは嬉しいことだった。


私たちの高校から、新宿までは電車で四十分ほど。

遊びに行こうと思えば、東京の中の大抵の場所へ一時間かからずに行けるのは羨ましいと、北海道に住んでいるいとこに言われたことがある。

終礼が終わり、生徒が次々に教室を出ていく。