「でも来る客来る客、みんな大喜びでおれを褒めたり、お礼言ったりしてくるんだよな。そうすると、あれ、これってむしろいいことしてんのかなって、おれの中に確かにあったはずの……なんて言うのかな、『みんなと同じ枠』みたいなものの境目が、あいまいになってくるんだ。それは、自分でやっといて変なんだけど、おれには結構怖いことで。だから、あんなふうに止めてくれると、安心する。ああおれ、衿ノ宮がいるような、まともな世界にすぐ戻れるんだなって思うんだよ」

「まとも……」

まともかな。

私の頭の中で、沖田くんは、別の男子に、けだものみたいにキスされたりしてるんだけど……。

昨日止めたのも、悪いことだとかまともじゃないからとかじゃなくて、「そんなおじさんより、沖田くんならもっと別にいい人がいるでしょうって思っただけなんじゃないの?」と言われれば、否定できない気もする。

箸を持った手から力が抜けて、取り落としそうになった。

「ああ、悪い、食事時にする話じゃなかった」

「ううん、全然平気。沖田くんのしたい話、なんでもしてほしい」

ようやく私たちは、お弁当箱の中身を口に運び始めた。

口の中に物が入っているのと、考えてみれば私たちの共通の話題は昨日のことしかないのだということに気づいてしまったせいで、なにを話せばいいのか分からなくなってしまう。

私はただ黙々と、お米や、ソーセージや、ミニトマトを噛んでは飲み込んでいく。

「衿ノ宮」

「うん?」

「衿ノ宮って、髪型かわいいな」

「はあっ!?」

危うく、喉に卵焼きがつかえるところだった。

「女子の誉め方って難しいんだよな。顔がかわいいとか、スタイルがいいとかっていうのは、あんまりよくないって聞くし。でも、それ、ハーフアップってやつだろ、髪型は遠慮なく褒められるからな。……え、まさか、気に入ってない?」

「き、気に入ってるよ。でも、そんなこと言われたことないから」

「ああ、そうか……おれが、お客やそれ系の知り合いからよく言われるから、ずれてたかも。かわいいとかかっこいいとか、結構言われるんだよ、あの界隈。それが礼儀というか、挨拶みたいなもんなのかもな。おれこの程度なのに」

「界隈関係なく、沖田くんはかっこいいよ」

言ってしまってから、はっとして、そして顔が熱くなるのを自覚する。