昨日の光景を思い出して、胸がくすぐったくなる。

今までも沖田くんの後ろ姿を何度も見た。でも、昨日や今日は、それとは全く違うように見える。

私たちが教室を出ると、背中の向こうで、教室の中のざわつきがどよめきに変わる気配がした。

違う、違うんです。私と沖田くんの間で、なにかが始まったわけじゃないの。騒がないで、お願いだから。

ひょいと沖田くんが振り返り、

「少し話したくてさ。放課後に時間とらせちゃ悪いと思って、昼ならいいかと……って衿ノ宮すっげえ顔真っ赤」

「た、体質なの。運動するとすぐ赤くなるんだ」

「歩いただけで!? い、いや、そういうこともあるよな。人ぞれぞれ、うん」

そんなことを話している間に、中庭に着いた。先客がちらほらと、十個ほど並べられたテーブルとベンチに早々ととりついている。

力強い緑が日光を遮ってくれている(にれ)の木の下で、私たちはそれぞれにお弁当箱を広げた。

「襟ノ宮の弁当、かわいいな。小さくて、女子って感じがする」

「沖田くんのは、運動部男子って感じのサイズだね……帰宅部なのに」

「よく知ってるじゃないか。襟ノ宮って、クラスメイトの部活事情に精通してるのか?」

そんなわけないでしょう。限られた人にだけです。

「沖田くんて、そんな風に普通にしゃべるんだね。もっと寡黙なのかと思ってた」

「そりゃ、話す相手がいれば普通に話すだろ。まあたぶん、クラスでは、むっつりしてて気色悪いと思われてるんだろうけど」

「そんなことないよ」

「いや、あると思うけどな。さっきだって、おれが襟ノ宮誘ったらなんだか騒ぎかけてたじゃないか」

「それは、沖田くんが私なんかを誘うからだよ」

「なんかってことないだろ。おれ、昨日、衿ノ宮のことすごいと思ったよ。男二人であんなところ出入りしてるの、放っておくよ大抵は。おっかないだろう、男って」

男子にそう言われると、答えに困ってしまう。

「たまにおれ、よく分からなくなるんだ。なにがいいことで、なにが悪いことなのか。あれを……あの『仕事』を始めた時は、もちろんよくないことだと思ってた」

いきなりデリケートな話になって驚きながらも、私もそれは、もっともだと思う。