「手術? 性別適合手術ってことか? ああいうのって、予約で何ヶ月待ちじゃなかったか? そんな話聞いてなかったけど」
「キャンセルが出たり、場合によっては割とすぐに決まることもあるんだって。そういうのは日本より、タイとかでの方が多いみたい」
「衿ノ宮、思いっきり調べてるなあ……」
「ま、まあ気になって。……あの、もしかして沖田くん」
「ん?」
「今日の朝、ハルキシさんのこと考えてた……?」
「……ちらっと。というかここ最近、時々な。なんで分かるんだよ」
「ううん。そんな気がしただけ」
どういう心理なのかは、自分でも分からないけれど、変に頬がにやけた形に上がってしまう。やはり人の心情は難しい。自分でさえ。
そして沖田くんの次の一言で、私のにやけは、そのままの形で硬直してしまった。
「衿ノ宮。この後、うちに来ないか?」
■
避けていたわけではないのだけど。
夏休み以来、私と沖田くんは、どちらかの部屋には入らないでいた。
「お邪魔します……」
「どうぞ」
沖田くんに促され、リビングのローテーブルの前に座る。
「そう警戒しなくても、暗くなる前に送っていくよ。制服だしな」
「い、いや、決して警戒しているわけでは」
沖田くんは、私の正面に座ると、小さく息をついてから言った。
「そんなに大した話ではないんだけどさ。おれ、大学に行こうと思って。本当は、なにかすぐに働きたいと思ってたんだけど、勉強したいこともできたから」
「え、そうなんだ。進路かあ……」
「衿ノ宮には、思ったことは言っておこうと思って。これからのことなんて考えるようになったのは、おれの場合、衿ノ宮のお陰だしな」
私はまだ先のことなんて、全然考えていないのに。
「学費は結構負担できるからな。学生にしてはありえんほど稼いだから」
「それは、ご両親に突っ込まれるのでは……」
「だな。今のうちに割のいいバイトしておこう」
沖田くんは少しでも自分で払おうとしているんだな、と思うと、私もしっかりしないといけないという気になる。
「衿ノ宮は、進学するのか?」
「お母さんは、してもいいって言ってくれてるけど……どうしようかな」
「作家にはならないのか?」
「なりませんっ。あんな異常にモチベーション要りそうな仕事、どうやって続けてるのか見当もつかないよ」
「また、おれのこと書いてくれてもいいんだぜ? 衿ノ宮のモチベーションになるなら」
沖田くんは、柔和ではあるけれど真面目な顔でそう言った。
私が沖田くんと神くんに気兼ねして作品を消去したのだと、彼は今でも気にしている。
「実は、……試みたことはありまして。改めて、沖田くんを主人公にしたお話を……」
「おお!?」と沖田くんが乗り出してくる。
「で、でも私、ある程度知ってる実在の人をモデルにして書くとなると、本当にその人との思いでそのまんまの話にしかならなくて。試しに一章書いてみたら、私も神くんもハルキシさんも出てきて、日記みたいになっちゃって」
「それはそれで読んでみたいけどな……」
沖田くんは、少しテーブルから身を離し、
「こんな風にちょっと先の話したくて、静かなところの方がいいと思って今日は誘ったんだ。せっかくだしあれか、卒業アルバムでも見るか?」
「あ、それは見たい」
沖田くんに連れられて、彼の部屋に入り、ベッドに腰かけて、分厚いアルバムを開いた。
中学の制服を着た沖田くんの、一年生の時の文化祭の光景が目に飛び込んできた。
「わあ。凄い。沖田くんが、かっこいいまま小さくてかわいい」
「なんだそれは」
だって、と笑って顔を上げた時、すぐ目の前に、沖田くんの顔があった。
部屋の明かりと西日の混じった光に照らされた沖田くんは一層きれいだな、と思った時には、沖田くんが穏やかに体重を預けてきた。
気がつくと、仰向けになって沖田くんと重なっていた。
沖田くん、と声に出そうとした時、彼の指が私の唇に当てられた。
恥ずかしくてうなずきはしなかったけれど、逃げようとしないのが私の答えだと、沖田くんには理解されてしまった。
初めて、沖田くんと唇が重なった。
呼吸をしていいのかどうかが分からなくて、すぐに苦しくなり、唇がわずかに離れた隙に息を吸い込んだら、その瞬間にまたキスされた。
凄く嬉しくて、この気持ちをどう伝えればいいのか分からず、思わず上半身と下半身を下から沖田くんに押しつけて、そのつもりがなくとも、ただ抱き合うよりもはしたない真似をしたと気づいて、慌てて体を引いた。
「……衿ノ宮」
「……はい」
「腰を使うな。君が危ない」
「腰は使ってないっ!」
「腕も首に回すな」
「キャンセルが出たり、場合によっては割とすぐに決まることもあるんだって。そういうのは日本より、タイとかでの方が多いみたい」
「衿ノ宮、思いっきり調べてるなあ……」
「ま、まあ気になって。……あの、もしかして沖田くん」
「ん?」
「今日の朝、ハルキシさんのこと考えてた……?」
「……ちらっと。というかここ最近、時々な。なんで分かるんだよ」
「ううん。そんな気がしただけ」
どういう心理なのかは、自分でも分からないけれど、変に頬がにやけた形に上がってしまう。やはり人の心情は難しい。自分でさえ。
そして沖田くんの次の一言で、私のにやけは、そのままの形で硬直してしまった。
「衿ノ宮。この後、うちに来ないか?」
■
避けていたわけではないのだけど。
夏休み以来、私と沖田くんは、どちらかの部屋には入らないでいた。
「お邪魔します……」
「どうぞ」
沖田くんに促され、リビングのローテーブルの前に座る。
「そう警戒しなくても、暗くなる前に送っていくよ。制服だしな」
「い、いや、決して警戒しているわけでは」
沖田くんは、私の正面に座ると、小さく息をついてから言った。
「そんなに大した話ではないんだけどさ。おれ、大学に行こうと思って。本当は、なにかすぐに働きたいと思ってたんだけど、勉強したいこともできたから」
「え、そうなんだ。進路かあ……」
「衿ノ宮には、思ったことは言っておこうと思って。これからのことなんて考えるようになったのは、おれの場合、衿ノ宮のお陰だしな」
私はまだ先のことなんて、全然考えていないのに。
「学費は結構負担できるからな。学生にしてはありえんほど稼いだから」
「それは、ご両親に突っ込まれるのでは……」
「だな。今のうちに割のいいバイトしておこう」
沖田くんは少しでも自分で払おうとしているんだな、と思うと、私もしっかりしないといけないという気になる。
「衿ノ宮は、進学するのか?」
「お母さんは、してもいいって言ってくれてるけど……どうしようかな」
「作家にはならないのか?」
「なりませんっ。あんな異常にモチベーション要りそうな仕事、どうやって続けてるのか見当もつかないよ」
「また、おれのこと書いてくれてもいいんだぜ? 衿ノ宮のモチベーションになるなら」
沖田くんは、柔和ではあるけれど真面目な顔でそう言った。
私が沖田くんと神くんに気兼ねして作品を消去したのだと、彼は今でも気にしている。
「実は、……試みたことはありまして。改めて、沖田くんを主人公にしたお話を……」
「おお!?」と沖田くんが乗り出してくる。
「で、でも私、ある程度知ってる実在の人をモデルにして書くとなると、本当にその人との思いでそのまんまの話にしかならなくて。試しに一章書いてみたら、私も神くんもハルキシさんも出てきて、日記みたいになっちゃって」
「それはそれで読んでみたいけどな……」
沖田くんは、少しテーブルから身を離し、
「こんな風にちょっと先の話したくて、静かなところの方がいいと思って今日は誘ったんだ。せっかくだしあれか、卒業アルバムでも見るか?」
「あ、それは見たい」
沖田くんに連れられて、彼の部屋に入り、ベッドに腰かけて、分厚いアルバムを開いた。
中学の制服を着た沖田くんの、一年生の時の文化祭の光景が目に飛び込んできた。
「わあ。凄い。沖田くんが、かっこいいまま小さくてかわいい」
「なんだそれは」
だって、と笑って顔を上げた時、すぐ目の前に、沖田くんの顔があった。
部屋の明かりと西日の混じった光に照らされた沖田くんは一層きれいだな、と思った時には、沖田くんが穏やかに体重を預けてきた。
気がつくと、仰向けになって沖田くんと重なっていた。
沖田くん、と声に出そうとした時、彼の指が私の唇に当てられた。
恥ずかしくてうなずきはしなかったけれど、逃げようとしないのが私の答えだと、沖田くんには理解されてしまった。
初めて、沖田くんと唇が重なった。
呼吸をしていいのかどうかが分からなくて、すぐに苦しくなり、唇がわずかに離れた隙に息を吸い込んだら、その瞬間にまたキスされた。
凄く嬉しくて、この気持ちをどう伝えればいいのか分からず、思わず上半身と下半身を下から沖田くんに押しつけて、そのつもりがなくとも、ただ抱き合うよりもはしたない真似をしたと気づいて、慌てて体を引いた。
「……衿ノ宮」
「……はい」
「腰を使うな。君が危ない」
「腰は使ってないっ!」
「腕も首に回すな」