「い、いいよ、読まなくて。沖田くんが読んだことあるやつだし」

「それはそれ。……ところで、これなんだけど」

沖田くんがスマートフォンを操作し、私の受賞作品のコメント欄を出した。

もちろん私は全部読んでいる。大部分は肯定的な言葉だけど、中にはあまり目にしたくないような言葉での批判もあった。

沖田くんが、コメントのうちの一つを指でさす。

「この、『GOD☆ME NO.1』ってやつさ……」

私もそのハンドルネームは見知っていた。時折書かれる悪口のようなコメントに対し、いつも私を擁護する内容で反論してくれている。

それにしてもなかなかの名前だった。神、己、一……

「うん……本人に確かめたわけじゃないけど、ほぼ間違いなく……」

神くんにも、私が小説を書いていることと、投稿時のハンドルネームは教えてある。

「ミーだよな、これは。しかも、きっちり小説の内容読んでないと出てこない言葉で、煽らないよう建設的に言い返すから、コメント欄が荒れもしない。あいつ、いろいろやってるな……」

神くんと私は、今も以前と同じように自然につき合えている――少なくとも、表向きには。

私こそ、神くんがいてくれてよかったって、何度思ったかしれない。なのに口に出すと傲慢に響きそうで、なかなかうまく伝えられないのが歯がゆかった。

その時ふと、コメント欄に、見覚えのない書き込みがあるのを見つけた。書き込まれたのが今日の午前中だったので、まだ見ていなかったものだ。

<終わった。送った>

「……なんだこれ? 衿ノ宮、意味分かるか?」

私はかぶりを振る。全然心当たりがない。

なにか深い意味があるのだろうかと考え込んでいると、私のスマートフォンが震えた。

何度かメールや電話でやり取りをしていた、出版社の担当者さんからの着信だった。カフェの隅の通話スペースへ行って、電話に出る。

『あ。もしもし。学校終わってます? ちょっとですね、大したことじゃないんですけど、一応聞いておこうと思いまして。実は、ファンレターが二通ほど届いていてですね』

「ファ……!? 私にですか?」

電話の向こうで、微笑ましそうな笑い声が聞こえて、恥ずかしくなった。

『そうですよ。本が出てもいないうちにっていうのは珍しいんですけどね。衿ノ宮さんが現役女子高生だってどこかで聞いたらしくて、同じ高校生の子たちが感銘を受けたみたいで。…で。本題はこちらなんですが。もう一つ、謎のモノが届いていまして』

「謎の、もの」

なんですかそれは。

『特に手紙とかも入っていないので、どうしようかと思いまして。長さ十センチくらいかな? 黒い細長い棒で、なにかの握りみたいな。部品っぽいというか、これだけじゃなくてなにかの一部のような』

――このナイフはまだ持っておく。必要なくなったら、捨てる。多分そうなる――

ナイフの、刃を外した、

(つか)……」

考える間もなく、そう呟いていた。

『あ、本当ですね。なにかの束みたい。よければ、画像送りましょうか。気持ち悪ければ、こちらで処分しますけど』

「いえ。ぜひ、送ってください。私、それを待っていたんです。もっと時間がかかると思っていたんです。だから、凄く嬉しい」

そうですか? と小さな疑問符を浮かべる担当者さんに、お礼を言って電話を終えた。

今聞いたことを沖田くんに伝える。

「本当か? にしても、ハルキシのやつなんでわざわざ出版社に……ああそうか、最寄り駅は知ってても、おれや衿ノ宮の家は、あいつ知らないもんな」

「え、そうなの? ハルキシさんて、沖田くんの家に行ったことは」

「ないんだよな。あいつにしてみれば、わざわざ千葉くんだりまで来るのも面倒だろうし。また駅で張るのもさすがに嫌だろうしな」

そういえば、沖田くんの家でハルキシさんが沖田くんと……っていうのは噓だったんだっけ。

それなら神くんを経由すれば……と思ったものの、後日神くんにそう訊いてみたら、「おれとかとやり取りするのが手間だと思ったんだろ。出版社への郵送なら、エリーのところまで一方通行で、投函しちまえばハルキシにはもう手間はかからないわけだから。それに、おれや瀬那をエリーとの間に挟みたくなかったんじゃねえかな」とのことだった。

人の心情というのは、なかなか複雑で難しい。

「じゃあ、さっきの『送った』ってのはそのナイフの束のことだな。そうすると、『終わった』ってのは……?」

二人で軽く腕組みをして、十秒後。私の口から、その単語がこぼれた。

「手術……?」