<エピローグ 分光連星の君たちへ>

十月の朝。

「おはよう。裏切り者」

「う、裏切り者ではないっ! って何度言わせるのっ!?」

カナちゃんが上目遣いに言ってきたので――半笑いではあったけど――、反射的に言い返す。が、全然納得はしてもらえない。

「裏切り者じゃないのよー。自分だけちゃっかり彼氏作って。しかも沖田くんとは」

「私も、まさかこうなるとは思ってなかったんだってば……」

教室に吹き込む風は、段々と秋らしい落ち着きを湛えてきている。

生徒会選挙もいよいよ近づいていて、神くんがここのところ、ひ時わ忙しそうにしていた。

ヨウコと奥野さんが、横でくすくすと笑っている。

「で、今日も一緒に帰るんでしょ?」

「それはまあ……多分」

「明日は学校休みだし、多少遅くなってもいいんでしょうなあ」

「ふ、普通だよ普通! 普通の時間に帰るから!」

そんな話をしていたら、沖田くんが登校してきた。

「おはよう、衿ノ宮。……なんだ、みんなにやにやして」



ヨウコが、「別に、なんでもないよう。ねえ」

「そうか? 衿ノ宮、今日も一緒に帰れるか? 寄りたいところがあるんだ」

私がうなずくと、幸いそれ以上冷やかされる前に、先生が教室に入ってきた。

沖田くんの仕事についての噂は、もう校内ではほとんど聞かれなくなっていた。

夏休みを挟んだのと、沖田くんに彼女――彼女である――が誕生したという事実の方がよほどセンセーショナルだったらしい。

それに、なにかと目立つ人気者の神くんが平気で沖田くんと接しているのを見ると、ほかの人たちも沖田くんに後ろ暗いところなんてないのだろうと思えてしまうようだった。私にはできない助け方で、本当に神くんがいてくれてよかったと思う。

始業のチャイムが鳴った。

沖田くんはどこかぼうっとして、窓の外を見ていた。



「寄りたいところって、カフェだったんだ?」

「まあな」

柏駅から少し離れた、日当たりのいいお店の中からは、外のいちょう並木がよく見える。もう少ししたら、本格的に葉が色づいていくのだろう。

私たちは、ソファの席に並んで座った。

沖田くんはカプチーノ、私は紅茶の注文を済ませると、沖田くんがスマートフォンを取り出した。どうやら、一緒に画面を見るために並んで座れるお店を選んだのだと、ようやく気づく。

表示された画面は、私が利用している小説投稿サイトのものだった。

「衿ノ宮。作家デビューおめでとう」

「さ、作家じゃない! たまたま、BLのコンテストで入賞しただけで」

私が少し前に仕上げた中で、特にお気に入りだった中編小説が、投稿サイトのコンテストで先日佳作に入った。

コンテストの特典として、佳作以上の作品はまとめて本になり、この冬に発売される。

今はまだ投稿サイト上で無料で読める私の作品は、本の発売直前には非公開になる。そんな話を発売元から聞かされた時は、私だって「なんだか作家みたいだな」と浮かれてしまった。冷静に考えると、なにが作家みたいなのかよく分からないけれど。

「ちゃんと予約して買うからな」