誰かが見てくれて、分かってくれるということが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
「おれには衿ノ宮のことが分かるなんて、偉そうなことを言うつもりはないよ。同じ目に遭っている人がほかにいるとしても、そのつらさを救ってやれるとも思わない。でも、衿ノ宮はさ――」
鼻の奥が痛い。
目の熱がさらに増していく。
「衿ノ宮は、歌舞伎町で、おれのために勇気出してくれたんだろ。立場が逆なら、おれなら放っておいたかもしれない。それが普通だとさえ思っただろう。でも世の中には、ただのクラスメイトのために、事情が分からなくても見知らぬ男に対して踏み込んでいける人がいて、……おれもそうなりたいと思った。おれ、学校からはちょっと浮いてるというか、高校に在籍はしてるけどつながりは薄いっていうか、そういう生徒だろ」
「神くんがいるのに……」
「あいつはあいつで、生徒会長になるとか言ってるけど、どうも浮世離れしてるしなあ。とにかくおれは、教室にいてもいなくても、そんなに皆が困るような存在じゃない。生活の重心が学校の外にしかないのは、悪いことではないんだろうけど、ある意味で寂しいことだなとは思ってたよ。それが、衿ノ宮のお陰で、……大袈裟かもだけど、世の中とおれって地続きなんだなって感じがした。だからおれも、衿ノ宮のためになにかできたらなって思ってたよ」
「そんなこと……充分してくれてるよ。沖田くんといるの、楽しいもん」
息を細かく止めながら、なんとかそう言葉にする。
「衿ノ宮。さっきも言ったように、おれには君のことが分かるわけじゃない。だからこれは、なんとなくそう思っただけで、君が答える必要のない質問だ。でも、聞いてほしい」
「いいよ。なに?」
「衿ノ宮は、その女友達のことが、好きだったんじゃないか」
沖田くんは、早いうちから、その可能性に気づいていたのかもしれない。
私なんかが下手に隠していた沖田くんへの好意は、当の沖田くんなら察してしまっていたんじゃないかと思う。それでも沖田くんが、私が彼を好きにはならないだろうと言っていたのは、私のそうした部分を感じ取っていたからかもしれない。
自分は女子しか好きにならない人間なのではないかと、小学生のころからぼんやりと思っていた。
中学に上がって朝比奈さんへの気持ちを自覚した時、これはもう決まりだと思った。
そして、このことは隠し通さなくてはいけないと思った。どうしてかと訊かれれば、どうしてもとしか言えない。
彼女の役に立ちたかった。私なんかの気持ちが報われるよりもずっと、朝比奈さんに幸せになってもらいたかった。
だから頑張ろうと思った。でも、だめだった。
せめて伝えたかった真実は、決して口にしてはいけない――口にすればもっと悪いことが巻き起こる――という恐怖と一体だった。
それから、人を好きになることが怖かった。
だから高校生になって、男子である沖田くんに抱いた気持ちを見つめ直した時、自分がひどくいい加減で、節操のない生き物のように思えた。
けれど、私が人生で二番目に好きになった人は――
「おれ、衿ノ宮のことを泣かせるようなことだけはしたくないって思ってたんだ。本当、衿ノ宮の言う通りだ、うまくいかないもんだな」
――この人を好きになってよかった、と思わせてくれる人だった。
私が首を横に振ると、とうとう、温かい雫が頬を伝ってほろほろと落ちた。
朝比奈さんの時と、沖田くんとで、同じ想いなのかどうかは私には分からない。
でも、もう一人で内緒で抱え込むには、この気持ちは大きくなり過ぎてしまった。
「沖田くん」
沖田くんが、ハンカチを取り出しかけて動きを止める。
「ん?」
「好き」
「衿ノ宮」
正面の表情は、にじんでぼやけて、よく見えない。
おれのことを好きになったりしないだろう?
衿ノ宮はそんなんじゃない。
ごめんなさい。
嘘でした。
ずっと嘘でした。
「好き。沖田くんのことが、好き」
「おれには衿ノ宮のことが分かるなんて、偉そうなことを言うつもりはないよ。同じ目に遭っている人がほかにいるとしても、そのつらさを救ってやれるとも思わない。でも、衿ノ宮はさ――」
鼻の奥が痛い。
目の熱がさらに増していく。
「衿ノ宮は、歌舞伎町で、おれのために勇気出してくれたんだろ。立場が逆なら、おれなら放っておいたかもしれない。それが普通だとさえ思っただろう。でも世の中には、ただのクラスメイトのために、事情が分からなくても見知らぬ男に対して踏み込んでいける人がいて、……おれもそうなりたいと思った。おれ、学校からはちょっと浮いてるというか、高校に在籍はしてるけどつながりは薄いっていうか、そういう生徒だろ」
「神くんがいるのに……」
「あいつはあいつで、生徒会長になるとか言ってるけど、どうも浮世離れしてるしなあ。とにかくおれは、教室にいてもいなくても、そんなに皆が困るような存在じゃない。生活の重心が学校の外にしかないのは、悪いことではないんだろうけど、ある意味で寂しいことだなとは思ってたよ。それが、衿ノ宮のお陰で、……大袈裟かもだけど、世の中とおれって地続きなんだなって感じがした。だからおれも、衿ノ宮のためになにかできたらなって思ってたよ」
「そんなこと……充分してくれてるよ。沖田くんといるの、楽しいもん」
息を細かく止めながら、なんとかそう言葉にする。
「衿ノ宮。さっきも言ったように、おれには君のことが分かるわけじゃない。だからこれは、なんとなくそう思っただけで、君が答える必要のない質問だ。でも、聞いてほしい」
「いいよ。なに?」
「衿ノ宮は、その女友達のことが、好きだったんじゃないか」
沖田くんは、早いうちから、その可能性に気づいていたのかもしれない。
私なんかが下手に隠していた沖田くんへの好意は、当の沖田くんなら察してしまっていたんじゃないかと思う。それでも沖田くんが、私が彼を好きにはならないだろうと言っていたのは、私のそうした部分を感じ取っていたからかもしれない。
自分は女子しか好きにならない人間なのではないかと、小学生のころからぼんやりと思っていた。
中学に上がって朝比奈さんへの気持ちを自覚した時、これはもう決まりだと思った。
そして、このことは隠し通さなくてはいけないと思った。どうしてかと訊かれれば、どうしてもとしか言えない。
彼女の役に立ちたかった。私なんかの気持ちが報われるよりもずっと、朝比奈さんに幸せになってもらいたかった。
だから頑張ろうと思った。でも、だめだった。
せめて伝えたかった真実は、決して口にしてはいけない――口にすればもっと悪いことが巻き起こる――という恐怖と一体だった。
それから、人を好きになることが怖かった。
だから高校生になって、男子である沖田くんに抱いた気持ちを見つめ直した時、自分がひどくいい加減で、節操のない生き物のように思えた。
けれど、私が人生で二番目に好きになった人は――
「おれ、衿ノ宮のことを泣かせるようなことだけはしたくないって思ってたんだ。本当、衿ノ宮の言う通りだ、うまくいかないもんだな」
――この人を好きになってよかった、と思わせてくれる人だった。
私が首を横に振ると、とうとう、温かい雫が頬を伝ってほろほろと落ちた。
朝比奈さんの時と、沖田くんとで、同じ想いなのかどうかは私には分からない。
でも、もう一人で内緒で抱え込むには、この気持ちは大きくなり過ぎてしまった。
「沖田くん」
沖田くんが、ハンカチを取り出しかけて動きを止める。
「ん?」
「好き」
「衿ノ宮」
正面の表情は、にじんでぼやけて、よく見えない。
おれのことを好きになったりしないだろう?
衿ノ宮はそんなんじゃない。
ごめんなさい。
嘘でした。
ずっと嘘でした。
「好き。沖田くんのことが、好き」