私はコースターを指先でもてあそびながら、

「い、いやだから、全然そんな段階じゃないんだってば。あっなんか、段階っていう言い方、おこがましい? いずれ登って行っちゃうぞって感じする?」

沖田くんは、BLってどう思ってるんだろう。

つまるところファンタジーだからって、気にしないのかな。嫌悪感があるかな。それとも、意外に好きだったり……という様子はないか……。

「木乃香ちゃんとか周りの人たちって、そういうのどうしてるのかな」

「あたしはリアルの男子とは全然だけど、万が一そういうことがあっても、趣味やめろっていうんなら、たぶん別れちゃうんじゃないかなあ。いくら好き合ってても、自分のかたちを変えたくないっていうか、犠牲を払ってまで付き合わなきゃいけないのかなって思う。あ、これオタクっぽいかな」

オタクっぽいかどうかは分からないけど、

「……気持ちは分かる気がする」

「でも、うちらの周りでも、リアルと男子と付き合うことになったからBL全封印って人はいるよ。折り合いつけられるなら、その方がいいんだろうなって思う。燈ちゃんはどう?」

趣味と好きな人。全然違う性質のものが、どうして同じ天秤にかけられる事態が起こりうるんだろう。人生の七不思議かもしれない。などという逃避をしつつ。

「私はできれば、元々好きだったものは、それと関係ない理由でやめたりはしたくないかな……」

木乃香ちゃんが、そりゃそうだよねとうなずいた。

冷房の効いた店内は涼しくて、外からの日光がシェードでやわらげられているのもあり、居心地がいい。

アイスティーに添えられたミントは、夏にふさわしく鮮やかな緑で、明るい琥珀色の紅茶がいっそうおいしそうに見える。

こんなに平和そうな世界に、今の私たちは生きている。

できれば、沖田くんの生活も、そんな風に平穏であってほしい。

沖田くんの場合、あの「仕事」は、平穏とは反対に位置するものだと思う。直接目にした二人のお客さんが、極端だったせいだからかもしれないけれど。

だから――

「もし、沖田くんが、元々やりたくてやってたことだとしても……」

小さい声だったので、木乃香ちゃんが「え?」と聞き返してきた。

なんでもない、と答える。

傲慢だな、私。自分の趣味は、人のために変えたくないって言っておいて。

私は、最近はやっていないという沖田くんの「仕事」を、このままぱったりとやめてしまってほしいと思っている。たとえ、今までは沖田くんが望んでやっていたことだとしても。

それが、ハルキシさんと会うことでぶり返すのが嫌なんだ。



JR新宿駅の中央東口で、周りの誰よりも背の高い神くんを、私はすぐに見つけた。

神くんは黒のシャツにすとんとしたチノパンで、かつてないほど印象の薄い服を着ている。

「おっ、いいねえ。エリー。動きやすい格好で来たな」

「うん、一応ね。神くんも」

「ふっ。次期生徒会長たるもの、服装のTPOくらいはわきまえんとな」

「……神くんて、今期の生徒会長選に立候補してたっけ? 見た覚えがないんだけど」

見れば絶対に覚えていると思う。

「なに、うちの生徒会の任期は半年だろ? 二年の後期、三年の前後期と、機会は三度も残っている」

「三年の、しかも後期に生徒会長やるの……?」

かもな! と親指を立てる神くんと、連れだって歩き出す。

私は木乃香ちゃんとは特に買い物もせず、小さなバッグにモスグリーンのパンツスタイルで、ラフかつ目立ちにくそうな、活動性を優先した服装にしていた。

それでも木乃香ちゃんにはあか抜けたというようなことを言われたのだから、今まではどれだけ地味だったんだろう……と思わずにはいられないけれど。

夕方六時。

お母さんには友達と晩御飯を食べてくると言ってあるけど、そうそう遅くなるわけにもいかない。

歌舞伎町と限定されているのなら対象地域はそんなに広くない――神くんいわく――そうで、探しやすい反面、あまり何時間もうろうろしていて変な目で見られるのもよくない気はする。

「あまり思いつめないで、気楽にな。見つからなくたって、別にそれですぐまずいことになるわけじゃないんだから」

「うん……」

「エリーにそんなに想ってもらえて、瀬那も幸せもんだな」

「そ、そんなことないでしょ」

「そんなことあるだろ。瀬那のどこが特に好きなんだよ?」

「どこって言われると……やっぱり、って、え?」

「ん?」

東口の先の信号は青い。なのに、私の足はぴたと止まってしまった。

「神くん、今、なんて?」