それから二言三言かわすと、電話は切れた。
しばらくは、胸がどきどきして、それを早く静かにさせようとしていた。
けれど落ち着いてみると、最後のやり取りが気になった。
深読みかもしれないけれど。……会いに行くのに、普通よりも元気がいるってこと?
もしかしたら沖田くん自身、ハルキシさんに会うのに不安があるのかもしれない。
でも、今の私にできることはないしな……。
その時、スマートフォンにメッセージが入った。
「神くん!」
『あれから瀬那のやつなにも言わんけど、エリーの方ではなにかないか?』
あります。たった今ありましたよ、神くん! 沖田くんが、ハルキシさんに会いに行きます!
でも、どうしよう。沖田くんのプライベートだし、どこまで神くんに話していいんだろう。
秘密にしなくちゃいけないってほどのことではないと思うけど、かといって私からしゃべるっていうのも……。
とはいえ、私では手づまりなのも確かだし。なにより、ほかならぬ神くんなら、なにかあった時にきっと沖田くんの力になってくれる。
ごめんなさい、沖田くん。
私は神くんへの返信を入れた。
『沖田くん、明後日の夜にハルキシさんに会うみたい』
『マジかー。何時にどこ?』
何時にどこ。
『えっと……場所は歌舞伎町でそのどこなのかは分からなくて……時間も、夜っていうだけしか……』
ついてくるなと言われた時点で、正確な日時を聞こうという意識が乏しくなってしまったことに、いまさらながら気づく。
『いやいや、それだけ分かれば上等。ま、警察に捕まらない程度にふらふらしてみるよ。エリーはどうするんだ?』
『……来ないようにって言われてて』
『だから行かないのか?』
『……もしかして、煽ってる?』
『むしろ君が煽ってほしそうに見えるなあ。この天性のリーダーシップを持つおれの目には』
『リーダーシップというか、勘なのでは……。でも、うん。行きたい、とは思ってる』
『じゃ、一緒に行くか。瀬那に怒られないように、遠巻きに、安全にな』
沖田くんに怒られないように。
ううん、怒られてもいい。
何事もなく終わるなら。
私は神くんと待ち合わせの約束をすると、ベッドに寝転んだ。
ハルキシさんは、沖田くんになにをしようとしてるんだろう。
■
あっという間に、翌々日。
神くんとの待ち合わせは夕方だったので、せっかく新宿に出るということで、私はBL愛好仲間の友達と、午後に世界堂で買いものをしていた。
買い物といっても画材を買うのはその友達だけで、私はもっぱらそれについて回るだけなのだけど。
一通りいるものを買い終わって、西口を出て少し行ったところにある紅茶専門店に入る。
日上木乃香ちゃんという同い年の女子高生は、学校は違うけど、ネット上ではよくやりとりをしている。赤い丸眼鏡がよく似合う、かわいらしい子だった。
そういえば、沖田くんをラブホテルの前で見た日も、こうして木乃香ちゃんと買い物をした帰りだったなあ……などと思い出してしまう。
「燈ちゃん、なんだか雰囲気少し変わったね」
「えっ? そうかな」
「うん。前は、外に出る時もっとなんていうか、構わない感じの服装だったのに」
「構わないってなに!? た、確かに、少しは人目を気にするようになったかもしれないけど」
「もしかして、気になる人とかできた?」
「うっ?」
注文したアイスティーを持ってきてくれた店員さんが、口を開けて固まってしまった私を不思議そうにちらっと見て行った。
「燈ちゃん、分かりやすいねえ……。あたしと違って二次元限定じゃないんだろうから、どんどん好きにやればいいと思うよ」
どんどん……とはなかなかいかないんだけど。
「さては、あたしとのお出かけを夕方になる前に切り上げたいっていうのも、その人絡みなんじゃないでしょーね」
「ううっ?」
「燈ちゃん……」
ふるふると木乃香ちゃんがかぶりを振る。
「あ、あの、言っておくけど二人で会うとかじゃないからね? 全然そんな段階じゃなくて、むしろ全然進展しようがないんじゃないかっていうくらいの」
「相手、男の子?」
「うん」
「燈ちゃんがBL好きなのは知ってるの?」
「……言ってない」
というか、できることなら当分は言いたくない。
なんだか、沖田くんの仕事を知った上で「私、BL好きなんだよね!」と伝えるのは、あてこすりみたいに思われてしまいそうで恐ろしい。
「もし燈ちゃんがその人とつき合うことになったら、BLはどうするの?」
木乃香ちゃんが、わずかに身を乗り出して訊いてきた。
しばらくは、胸がどきどきして、それを早く静かにさせようとしていた。
けれど落ち着いてみると、最後のやり取りが気になった。
深読みかもしれないけれど。……会いに行くのに、普通よりも元気がいるってこと?
もしかしたら沖田くん自身、ハルキシさんに会うのに不安があるのかもしれない。
でも、今の私にできることはないしな……。
その時、スマートフォンにメッセージが入った。
「神くん!」
『あれから瀬那のやつなにも言わんけど、エリーの方ではなにかないか?』
あります。たった今ありましたよ、神くん! 沖田くんが、ハルキシさんに会いに行きます!
でも、どうしよう。沖田くんのプライベートだし、どこまで神くんに話していいんだろう。
秘密にしなくちゃいけないってほどのことではないと思うけど、かといって私からしゃべるっていうのも……。
とはいえ、私では手づまりなのも確かだし。なにより、ほかならぬ神くんなら、なにかあった時にきっと沖田くんの力になってくれる。
ごめんなさい、沖田くん。
私は神くんへの返信を入れた。
『沖田くん、明後日の夜にハルキシさんに会うみたい』
『マジかー。何時にどこ?』
何時にどこ。
『えっと……場所は歌舞伎町でそのどこなのかは分からなくて……時間も、夜っていうだけしか……』
ついてくるなと言われた時点で、正確な日時を聞こうという意識が乏しくなってしまったことに、いまさらながら気づく。
『いやいや、それだけ分かれば上等。ま、警察に捕まらない程度にふらふらしてみるよ。エリーはどうするんだ?』
『……来ないようにって言われてて』
『だから行かないのか?』
『……もしかして、煽ってる?』
『むしろ君が煽ってほしそうに見えるなあ。この天性のリーダーシップを持つおれの目には』
『リーダーシップというか、勘なのでは……。でも、うん。行きたい、とは思ってる』
『じゃ、一緒に行くか。瀬那に怒られないように、遠巻きに、安全にな』
沖田くんに怒られないように。
ううん、怒られてもいい。
何事もなく終わるなら。
私は神くんと待ち合わせの約束をすると、ベッドに寝転んだ。
ハルキシさんは、沖田くんになにをしようとしてるんだろう。
■
あっという間に、翌々日。
神くんとの待ち合わせは夕方だったので、せっかく新宿に出るということで、私はBL愛好仲間の友達と、午後に世界堂で買いものをしていた。
買い物といっても画材を買うのはその友達だけで、私はもっぱらそれについて回るだけなのだけど。
一通りいるものを買い終わって、西口を出て少し行ったところにある紅茶専門店に入る。
日上木乃香ちゃんという同い年の女子高生は、学校は違うけど、ネット上ではよくやりとりをしている。赤い丸眼鏡がよく似合う、かわいらしい子だった。
そういえば、沖田くんをラブホテルの前で見た日も、こうして木乃香ちゃんと買い物をした帰りだったなあ……などと思い出してしまう。
「燈ちゃん、なんだか雰囲気少し変わったね」
「えっ? そうかな」
「うん。前は、外に出る時もっとなんていうか、構わない感じの服装だったのに」
「構わないってなに!? た、確かに、少しは人目を気にするようになったかもしれないけど」
「もしかして、気になる人とかできた?」
「うっ?」
注文したアイスティーを持ってきてくれた店員さんが、口を開けて固まってしまった私を不思議そうにちらっと見て行った。
「燈ちゃん、分かりやすいねえ……。あたしと違って二次元限定じゃないんだろうから、どんどん好きにやればいいと思うよ」
どんどん……とはなかなかいかないんだけど。
「さては、あたしとのお出かけを夕方になる前に切り上げたいっていうのも、その人絡みなんじゃないでしょーね」
「ううっ?」
「燈ちゃん……」
ふるふると木乃香ちゃんがかぶりを振る。
「あ、あの、言っておくけど二人で会うとかじゃないからね? 全然そんな段階じゃなくて、むしろ全然進展しようがないんじゃないかっていうくらいの」
「相手、男の子?」
「うん」
「燈ちゃんがBL好きなのは知ってるの?」
「……言ってない」
というか、できることなら当分は言いたくない。
なんだか、沖田くんの仕事を知った上で「私、BL好きなんだよね!」と伝えるのは、あてこすりみたいに思われてしまいそうで恐ろしい。
「もし燈ちゃんがその人とつき合うことになったら、BLはどうするの?」
木乃香ちゃんが、わずかに身を乗り出して訊いてきた。