いつの間にか、私はもどかしさから、親指を強く握ったり放したりを繰り返していた。自分が男子だったら、一緒に行けたかもしれないのに。いや、私が行ったからって、どうなるものでもないけど、でも……

ん。

男子?

「沖田くん、神くんは? 神くんに一緒に行ってもらったら、心強いんじゃない?」

「ミーか? そりゃ、確かにあいつはおれより体格がいいし、腕っぷしもあるだろうけど。……衿ノ宮、なんだか変だな。なにをそんなに警戒してるんだ?」

分かっている。

沖田くんにとっては知り合いと会うだけで、どうってこともないんだろう。

でも。

「……沖田くん、私が新宿のホテルの前で、沖田くんと鉢合わせた時あったでしょ?」

「ああ。鉢合わせたというか、とっ捕まったというか」

「私あの時、怖かったんだ。沖田くんが、やりたくもないことを、大人にむりやりやらされそうで。そんなの、ひどいでしょ」

「あんな親爺に、好き放題されるほど弱っちかないけどな」

沖田くんは軽い口調で言うけど、私はそうはいかない。

「腕力だけの話じゃないよ。今の時代、やろうと思えば人間一人追い詰めるくらい簡単にできるし、逆恨みされたらなにされるか分からないじゃない。あんなに恥ずかしげもなくぐいぐいくる大人、本気にさせたらどうなるのか……」

沖田くんが、やや真面目な口調になる。

「……そうか。そういう脅威みたいなのって、男のおれなんかは軽く見てるのかもな。その気になれば、おじさん一人くらいどうにでもなるって」

「私はハルキシさんのことを知らないから、そんな風に考えるのも失礼なのかもって思うよ。でも、分からないから怖いの。特にその、『仕事』が関係してるなら、沖田くん一人でどうにかできることじゃないのかもって、つい……」

そこでしばらく、二人とも無言になった。

ややあって、電話越しに、沖田くんがふうとため息をつくのが聞こえた。

「あっ、ご、ごめんね!? 私うざいよね!? 己の領分を超えて首突っ込むなって感じだよね!? で、でもっ」

電話の向こうから、吹き出す音が聞こえた。

「違うよ。衿ノ宮って、おれのこと凄く考えてくれてるんだなって思ったんだよ。おれはハルキシが顔見知りだからって、軽く考えすぎてたかもしれないな。向こうが警戒したら意味がないから、ミーは連れて行かない。でも、おれなりに気をつける。ていうかなんだよ、己の領分って」

武士かよ、と沖田くんはまた笑った。そして、

「衿ノ宮。頼みがあるんだけど」

「私に? なに?」

「ビデオ通話にしてくれないか? 顔が見たい」

……ん?

「え、今? ここで?」

「今。ここで」

「で、でも私部屋着だし、お風呂入ったから髪だって」

「見たいんだ。オフの姿の衿ノ宮を見たら、元気が出そうで」

「なんでっ!?」

「なんでも。おれの自己肯定感が上がって、自分を大切にできる気がする」

「どういう因果関係!?」

「おれも今風呂上がりで、いつもより髪下ろしてるし、オフはお互い様だろ。じゃ、いくぞ」

いうが早いか、電話がビデオ通話に切り替わる。勢いにのまれて、私もビデオ通話をオンにした。

それでもいきなり顔を映すのははばかられて、反射的に、スマートフォンを仰向けにして机に置いた。

「……天井しか見えん」

「だ、だって心の準備が……」

「顔見るだけで? ……女子ってデリケートなんだな。それは、悪かっ……」

私は、スマートフォンの上へ、地面と水平に顔を出した。

画面の中では、いつもよりも髪の癖が大人しい、やや細面に見える沖田くんが目をぱちくりとさせている。

「……で、できたよ、心の準備」

部屋の電気を逆光にすれば、この顔の赤らみを隠せるかもしれないという打算はあった。

でも、焼け石に水だったかもしれない。沖田くんが、

「わー。今おれベッドで仰向けになってるから、衿ノ宮の髪が下りてきてて、押し倒されてるみたい」

なんて言うから、ぼんと音を立てそうな勢いで赤面してしまった。

「もう、そーいうことを言うんなら終わり!」

私はぱっと身を起こして、顔を画面から外れさせる。

すると、スピーカーにしておいたマイクから、沖田くんの声が聞こえてきた。

「ありがとな、衿ノ宮。明日に向けて元気出たよ」

「う、うん。こんなものでよろしければ」

「また連絡するな。行きたいところ、ちゃんと考えておいてくれ。おやすみ」