「もちろん、無責任におだてているわけじゃない。ごめんな、衿ノ宮。おれはおれの主観でしかものが言えない。だけどいい機会だから言わせてくれ。これは気を遣ってたり、お世辞で言っているんじゃなくて、おれは心から衿ノ宮をかわいいと思っている。ここで言うかわいいとはもちろん小さい女の子に言うような意味じゃなく、女子として魅力的だということだ」

死ぬ。

「もっ、もういいから! ありがとう! ねっ!」

「もういいのか? でもそうだな、これ以上言うと大げさになりすぎて、嘘っぽくなるよな。とにかく、おれの意見は今言った通りだ」

充分嘘みたいなお言葉を賜ったと思うけど、こうまで言ってくれたのに、私の方から謙遜したくはない。

「お、沖田くんもう帰るんでしょ!? じゃあまたね!」

沖田くんは立ち上がって、私を気遣うように穏やかな視線を送ってきた。

「ああ。なにがあったかはおれには分からないけど、元気出してくれな。よかったらまた、うちにも来てくれ。もう少しましなおもてなしをするから。……ああいや、それなら外の方がいいか。お互いに考えておこうな。じゃ、またな」

教室を出ていく沖田くんの背中を見送ってから、ようやく私は気づいた。

あの言いよう、もしかしたら沖田くんは、私が容姿のことで誰かに悪口でも言われて、落ち込んでいると思ったんじゃないだろうか。

だからあんな風に言ってくれたのかもしれない。

ほう……と思わず息が漏らした私に、一気に女子三人が組みついてきた。

「燈いいい! なに今の!」と、左肩に顎をのせたカナちゃんが言う。

「あの人があんなこと言うの、初めて見た……」と、右肩のヨウコ。

そして、今の今まで沖田くんが陣取っていた正面から、奥野さんが、

「というか……家って、なに……?」

と光のない目で告げてきた。

「あっ! い、家っていうのは、たまたま! この間、駅でっ!」

「駅で会ったの……? でもそれで家に行くって、なかなかないんじゃない……?」

奥野さんのロングヘアは、うつむき加減にしていると、顔に落とす影と黒い髪が迫力を生んで、上目遣いで見られると割と怖い。

「じっ、実はなんだけど、……私と沖田くんとは、最近いろいろあって」

三人がふんふんとうなずく。

「私……」

これは、もう隠したところで意味がない。

「……私……沖田くんのこと、好きになっちゃった……」

ああ。口に出してしまった。

家に行った理由にはなっていないけれど。

ひとまず、三人は笑って――奥野さんも――、私が抱いた想いを祝福して、応援するよと言ってくれた。



「もしもし、衿ノ宮? こんばんは。おれ、今日ちょっと変だったかな。衿ノ宮、気を悪くしなかったか? ふざけて言ったわけじゃないんだけど」

終業式の夜、沖田くんが電話をくれて――驚いてうまく通話ボタンがタップできなかった――、そんなことを言ってきた。

「気を悪くなんて、そんなわけないよ。私も、その……」

嬉しかったよ。私の方こそ、沖田くんのことを凄くかっこいいって思ってるよ。

さらりとそれくらい言えたらいいんだけど、私にはまだレベルが高すぎた。

「ところで、衿ノ宮。話は変わるんだけどな」

「うん?」

「ハルキシと連絡が取れた。明後日の夜、新宿で会う」

その名前が出た時に、私が浸っていた甘やかな気分はすっと飛んでいった。

とうとう。

頭のどこかで、ずっと見つからなければいいとさえ思っていた。

沖田くんを学校で追い詰めようとした人。神くんが注意していた、沖田くんの、おそらくは「仕事」の関係者。

「その……、大丈夫な感じなの? ハルキシさんて、沖田くんのこと……」

あんな噂流させたりして、よく思ってなかったりしない?

「おれとしては知ってる仲だから、この間のことはなにかの事情があるんじゃないかって思ってる。で、衿ノ宮に言っておきたいのは、その日おれについてくるなよってことだ」

ぎく。

「な、なんで?」

「すでにちょっとその気だったんじゃないのか……。そんなに遅い時間じゃないが、夜に酔っ払いの集まってるところに連れていけるわけないだろう」

「……危ないところなの?」

「前も言っただろ、歌舞伎町だからってイコール危険ってわけじゃないけど、一応な。おれは多少慣れてるってだけだ」

「新宿で会うって、歌舞伎町なんだ」

「そ。店の中には入らないし、酒飲むわけじゃないから短時間なら大丈夫だろ。お巡りさんに見つかったら、補導されるかもしれんが」