「あたしたちも帰るところだったんだけどさあ。ちょうど、燈の話してたのよ」

「私の?」

「燈、最近、なんかいつもにこにこしてない? 表情が明るいっていうか、全体的に晴れやかっていうか」

「へっ!? そ、そうかなっ!?」

確かに、ここのところ、沖田くんや神くんといることでいままでにない刺激をもらえて、毎日に張りがある感じはしている。そのせいで知らず知らずのうちににやけてでもいたのだろうか……と思わず頬を指で押さえた。

ヨウコも私の顔を覗き込んできて、

「なーんか、人生楽しいですって雰囲気が出てるよねー。これはもしかして、あれ? 彼氏でもできた?」

「できてないっ!」

これは本当のことなので、きっぱりと言い切る。

すると、ヨウコが「あっ」と言って体を固まらせた。続いて、私を見ていたカナと奥野さんもぎょっとした表情になる。

いや、今の三人は、私というよりその後ろを見ている。教室のドアを。こんなことが、ついこの間、奥野さんといた廊下であったような気がするけれど。

「お、今日も四人で仲いいな」

響いてきたのは、やはり、沖田くんの声だった。

「ひゃあっ?」と叫びながら、私は振り返る。そこにはまごうかたなき、さっき別れたばかりの沖田くんがいて、片手を上げていた。

「よう、衿ノ宮。さっきぶりだな」

「う、うんっ。どうしたの、沖田くん。帰ったんじゃ?」

「それが、ミーのやつが、今日は用事があったのを思い出したとかで先に行っちまってさ。衿ノ宮がまだいれば、と思って教室くんだりまできたんだ」

「くんだりって言うほどの距離では……」

「一度出た教室に戻るのって、おっくうじゃないか?」

そんなやりとりをする私たちの脇から、かしましい女子三人――正確にはかしましいのはカナちゃんとヨウコだけだけど――が、「ええっ?」「おおっ!? これはっ?」と奇声を上げる。

「……と思ったんだけど、衿ノ宮は友達と帰るのか? じゃ、おれはソロで帰宅するかな。今日はバイトもないし」

バイト、というのはホテルに行く「仕事」ではなくて、この間言っていた「普通のバイト」のことなのだろう。

きびすを返しかけた沖田くんに、カナちゃんが慌てて声をかけた。

「ちょおっと待って! 沖田くん、燈のことで訊きたいことがあるんだけど!」

「カ、カナちゃん!?」

沖田くんは緩く曲げた人差し指で自分を指し、

「おれに?」

「そうなのっ! 沖田くん、私たちちょうど今さっき話してたんだけど、燈、最近かわいくなったと思わない!?」

「ちょ、ちょっと! カナちゃん!」

さっきとは若干ニュアンスが変わっているんじゃないかという苦情と、沖田くんに向かってなんてことを言ってくれるんだという文句が同時に口から出そうになって、どちらも言葉にならずに喉で詰まってしまう。

「衿ノ宮がか? ……なにかあったのか?」

心配そうな顔になる沖田くんに、カナちゃんがぶんぶんとかぶりを振り、

「ううん全然! ただ、純粋な意見を聞いてみたいなーと思って!」

「お、おお? よく分からんけど、おれは純粋? に、衿ノ宮がかわいいかどうかについて答えればいいんだな?」

「いいの!」というカナちゃんと、「よくない!」という私の声に挟まれて、どうやら沖田くんはカナちゃんの要望を受け入れることにしたらしい。

「分かった。衿ノ宮、そこ座ってくれ。……こないだの今日でなんだが、これは、どうやら必要あってのことだからな……やむを得ないだろう」

謎の呟きを漏らしながら、沖田くんも私の目の前に、傍らにあった椅子を引っ張ってきて座った。

「衿ノ宮、右向いてみて。そう。次、左。そう。次は、いったん後ろ向いてからこっちに振り返ってくれ。そう」

私は言われるがままにくるくると首を動かしてから、ようやく正面に向き直って静止した。

沖田くんがじっと私の目を見つめている。

「あのー……沖田くん?」

「ああ。一応確認したけど、やっぱり間違いないな」

「はあ」

「やっぱり衿ノ宮は、抜群にかわいい」

「へっ!?」

真顔で真正面からそう言われて、一気に顔が上記した。

横にいたカナちゃんたちも、一様にのけぞったのが見えた。

「人の好みはそれぞれだというのは、百も承知だ。その上で、衿ノ宮はばっちりかわいいとおれは思う。そうじゃないってやつは、ちょっとデカ目の眼科にでも行った方がいいな。もしくは美的センスが欠落している」

沖田くんは真顔のままだった。その整った顔立ちで、突拍子もないことをとうとうと言われると、私はひとたまりもなかった。

「あ、あの沖田くん、もうその辺で」