そう自分を叱咤しても、体の重心はすっかりつま先からかかとに移動してしまったようで、前に出られない。おじさんの拳が固く握られているのが、やけにはっきりと見える。

「よしなよ。怖がってるだろう」

沖田くんが、私の前に立ってくれた。

「なんだお前、ふざけるなよ。さっき合意しただろ。まさかここにきて、本当にやめるってんじゃないだろうな」

「あんた、必死すぎだよ。女子相手に正気なくすようなことじゃないだろう。性欲のせいで暴力沙汰起こして、家庭も仕事もなくしてもいいのかよ」

「なんだそれは。お前ほんとに、ほんとにやらせないつもりか。いや、最初からつつもたせの……」

沖田くんが、犬歯を出して歯ぎしりする。

「ああ、嫌だ嫌だ。本当に嫌になった。あんたとは、金もらっても無理。あと、言っとくけどおれはこの子なんて知らないよ。知ってるやつにおれが似てるみたいだけど、ただの通りすがりだな。ま、一応駅まで送るわ。じゃあな、おじさん。悪かったね」

沖田くんが私の手を引いた。痛いくらいに強く。

「おき――」

「ほら、いくぞ」

私たちはその場を離れた。ほとんど駆け足で、JRの新宿駅へ向かう。いくつか角を曲がって、あっという間にホテルはほかの建物の陰で見えなくなった。

ゲームセンターの横を通り過ぎた時、沖田くんが「あ」と声を出した。

「そういえばおれ、最初に思いっきり衿ノ宮の名前読んでたな。とってつけたように他人の振りしたけど、失敗した」

私もさっきうっかり、沖田くんの名前を呼んでしまっていた。今になって、いけないことだったのだろうかと冷や汗が流れてくる。

「おれと関係があると思われたら、あんな頭おかしい親爺、あとあとなにかあるかもしれないからな。通りすがりってことにしておけば、衿ノ宮は安全かなって。……じゃなくて」

沖田くんが、手首を放して、私と向き合う。

目元まである、少し癖のついた黒髪の向こうから、沖田くんの瞳が透けた。硬質そうな、でも青く濡れているような眼。この距離で、こんなにまっすぐ見るのは初めてだった。身長差があるので、顎を上げてしまう。無防備になった喉元を、ぬるい風がなでた。

「……衿ノ宮は、買い物? それにしては変なところにいたな」

「あ、ええとね、買い物は終わって、たまたま歩いてただけ。沖田くんは……」