「それは困るな。おれの今一番の目標だ」

そう言った神くんの顔は、おどけた口調とは裏腹に、ひどく真面目だった。

「……神くんは、どうして生徒会長になりたいの?」

「瀬那を守れるからだ」

神くんは、よどみなく、私に向かってそう言い切った。

「沖田くんを……?」

「仕事のこともそうだけどよ、あいつなんか危なっかしいだろ? そんな時、一番発言力があって、一番他人から認められていて、一番瀬那を守れる場所にいたい。高校なら、それは生徒会長かなってな。役職自体が面白そうだなってのもあるけど、元々の動機はそれだな。不真面目だなあ、おれ」

神くんがけたけたと笑う。

「……ううん。不真面目ではないと思うよ。ちっとも」

「ありがとう。おれも、エリーが真面目に瀬那のために怒ってくれたの、嬉しかったわ」

神くんが、おどけて眉をいからせる。

私は思わず、指の先で眉間のしわを伸ばした。

「エリー、おれが心配してるのは、平町のことだけじゃない。あの女がそもそもの元凶なら、今以上に瀬那を追い詰めるつもりはないだろう。そうでない場合――今以上に瀬那を傷つけてやろうと思っているやつが関わっていたら、これはちょっと本腰入れて対処しないといけなくなる」

寒気がして、つい、肩を縮めた。

「そんなこと、あるの……?」

「エリーは心当たりあるか?」

私がかぶりを振って否定すると、神くんは一つ息をついて、

「おれはある。一度しか会ったことがないし、顔と名前以外は知らんが、あいつは瀬那に妙に執着してた。エリーと仲良くなってからの瀬那は、少しずつ仕事を減らしているように見える。それが気に食わないのかもな」

「あいつ? 誰? この学校の人?」

「いいや。高校生じゃないし、あれは学生じゃないな。二十歳前後くらいの男で、名前はハルキシという――本名なのか、名字か下の名前かも分からねえけど」

「ハルキシ……」

「おれが会ったのは、半年くらい前だ。夜中の歌舞伎町で瀬那とバッタリ出くわして、その時ハルキシは瀬那と一緒にいた」

「……なんで神くんは、夜に歌舞伎町に?」

神くんはついと目をそらし、

「うんまあそれはいいじゃないかフフフ。で、おれが会った時のハルキシは、銀色のロングヘアで紫のカラコン入れて、布が多いのに露出度の高い、珍妙な白黒の服を着てた。話してすぐに、瀬那と同じ仕事をしてるんだと知れたよ」

服のセンスに関しては神くんも人のことは言えない気がしたけど、ハルキシという人は、また別方向に独特なようだ。

「別に反社とかってんじゃないとは思うが、あまりお近づきになりたくない雰囲気は出してたな。瀬那は平気な顔してたが、ハルキシの方は尋常じゃない目つきで瀬那を舐め回してた。おれにはとっとと消えろと言わんばかりだ。その場は学校の話にかこつけて瀬那を連れて帰ったんだが、あの野郎、視線でモノが切れるんじゃないかってくらいの鋭さでおれを睨んでたよ。瀬那に、仕事絡みでなにか悪いことが起きるなら、こいつが関わってるせいなんじゃないかって……予感めいたものがあった」

その時、予鈴が鳴った。

「おっと、変な話で昼休みが終わっちまったな。さすがにエリーに直接なにかは起きないと思うが、少し気をつけておいてくれ」

「う、うん。分かった。ありがとう……」

私はスカートをはたいて立ち上がりながら、パラソルをたたむ神くんにもう一度お礼を言った。

それでも頭の中は、沖田くん身にこれからなにが起きるのか、その心配でいっぱいだった。



教室に戻り、次の授業で使う教科書を出していると、カナちゃんとヨウコが左右から私を挟んで立った。

「な、なに?」

「燈……。燈は、あの噂が本当かどうか知ってるの?」

カナちゃんに小声でそう言われて、すぐになんのことか思い至る。

でも、私が勝手に沖田くんのことを口にするのははばかられた。

あの仕事をしているのだから、噂は出まかせだと言えば嘘になる。

かといって、本当だなんて言えるわけがない。

肯定するのも否定するのも、沖田くんのためにはならないと思った。そうなると、

「分からないよ。そんな話、しないもん」

私にできる範囲で嘘をつくしかない。ごめん、二人とも。

ヨウコが天井を見上げた。

「そうだよねえ、そんなの思いっきりプライバシーだもの。でも、最近燈が沖田くんとよく一緒にいるの、それはそれで噂になってるよ。変なのに絡まれなきゃいいんだけど」

「へ、変なのってなに?」