沖田くんが手を下ろして、私を見つめた。

私は目が逸らせずに、二人の視線が正面からお互いをとらえる。

「いつか、そういう人に出会えると思ってたんだ。でも、都合がいいとも思ってた。少なくとも学校の中では、そんなやついないだろうなって。だから、衿ノ宮がいててくれて……今日一緒に来てくれたのが、衿ノ宮で、本当によかった」

日の光が差し込んで、沖田くんを照らしている。

眩しい。

見つめ続けるのが、苦しいくらいに。

沖田君は泣いているのかと思った。

口元は微笑んでいる。

でも、目元はにじんだように揺れて見える。

「沖田くん。私、沖田くん以外の人からどんなこと聞かされても、沖田くんに勝手に幻滅したり、適当に決めつけたりしないよ。だから、もっとなんていうか……」

「なんていうか?」

「……楽にしてほしい」

沖田くんは、目をぱちくりとしてから、二三回まばたきして、それから吹き出した。

「分かった。楽にね。じゃ、言いたいこと言わせてもらう。今日、おれ、衿ノ宮になにかお礼したい気分なんだ。どこか、買い物に行こう。服とか」

「ふ、服!? いいよそんな」

「大丈夫。今日持ってるのは、普通のバイトで稼いだ金だから」

「いやそういうことを言ってるんじゃなくて」

「当然ここもおごり。まあこれは最初から決まってたことだけど」

「初耳!」

「……衿ノ宮、まさか、男と出かけて金払うつもりでいたんじゃないだろうな」

「つもりだったよ!?」

「律儀だなあ。でもここは、おれの顔立ててくれよ。おれ、本当に助かったんだから」

そう言って、さっきと同じ、濡れたような眼をされると、それ以上食い下がることはできなかった。

結局その日はカフェでおごってもらった後、ハンカチと、ブレスレット――自分でそんなもの買ったことないけど――をプレゼントされてしまった。



家に帰ってからも、私の動悸はなかなか治まらなかった。

沖田くんと出かけるのは楽しい。楽しいに決まってる。でも、時々心臓に悪い。

私は、着替えもせずにノートパソコンを開けた。

ミスタッチを連発しながら、キーボードを必死に叩く。

現実の沖田くんは、苦しんでいる。多分、仕事のせいで。

「やめれば?」と言うのは簡単だ。本心かどうかは分からないけど、彼も今日、そのつもりだと言っていた。でもそれを私の口から言うのは、なんだか、沖田くんを傷つけるような気がしてならない。

ならせめて、私の妄想の中では、幸せになってほしい。

沖田くんを救いうる存在で、私の知っている人といえば、神くんしかいなかった。

私のBL小説の中で、悩み苦しむ沖田くんは、明るくてあけっぴろげな神くんに、たちまち救われた。

どんなにつらいことがあっても、全ての悩みを神くんが聞き出し、受け入れ、そして優しく沖田くんの頭をなでてあげる。

さすがに作中での名前は少し変えたけど、私の頭の中では、主役二人は声も顔も完全に沖田くんと神くんで展開していた。

そして身も心も抱きしめあう二人は、燃え上がるままに、互いを求めて――

い、いや。

いやいやいや。

さすがに、実在の人物をモデルにして、それを書いてしまうのはどうなのか。今までにもついその方向で筆が走りそうになったけれど、いつも未遂でとどめている。

二人のあられもない様子を書いてしまっても、私以外には、誰にも分からないことだけど。でも。

沖田くんと神くんはキスしていた。でも、見たところでは恋人同士という感じじゃない。あれは単に悪ふざけの延長だったように思える。

つまり、私の書いているものは、あの二人にとっては不本意なフィクションなわけだけど。

作中では、沖田くんは「ある内緒の仕事」をしているとしか書いていない。その中身までは書く必要がないし、書きたくないし。

だから仮に沖田くん本人が読んだって、モデルが誰なのか分かったりは……

……するか。さすがに。見た目の描写とかは、そのまんまだし。

そうなると、本人に魅せられないようなものを、勝手に書くのは……と堂々巡りになる。

悩んだ末に、二人の愛し合うシーンは、匂わせるだけにした。抱きしめ合って愛の言葉を告げ合って、次のシーンではもう、ダブルベッドの上で朝を迎えている。

しかし私の頭の中では、服を全部脱いだ二人による、大スペクタクルが展開していた。

沖田くんは安心しきりながらも神くんにベッドで翻弄されて、何度も大きな声を上げている。安心しきっているから、こそ。